68,たかが人間じゃないの。
──ダコタの視点──
〈暗闇荒地〉は、文字通りの荒地。
この地域には魔物が蔓延り、それ以上の生命体ともときに遭遇する。
命令でも受けなければ、単身で行きたがるようなところではない。
マイリー様の行動速度UPバフによって、私は〈暗闇荒地〉までは世界記録で到着。
そこからさらに進み、オーガ大樹のとなりに、確かに小さな家を見つけた。
なるほど。ここがマイリー様の師匠が住まう家。
メッセージを伝えるため、長い道程を踏破してきた。不在でなければいいけど。
家に近づくと、ふいに気分が暗くなった。
もともと私はポジティブな性格ではないけれど。
これから先も、マイリー様にこき使われるだけの人生──マイリー様への忠誠心に疑いはないけれど。
とはいえ、こうも睡眠を削って働き続けると、いつか限界がきそう。
あぁ、もう生きるのが嫌になった。
見ると、いい感じの大樹の枝に、首つり用ロープがかかっている。
踏み台もある!
というわけで、私は自殺するため踏み台に乗ろうとしたところ、家のほうから声がした。
「あー、こらこら。ごめん、悪気はなかった」
とたん、気持ちが戻った。
ぎょっとして、踏み台から離れる。
もともとポジティブではないけど、少なくとも、自ら命を絶とうなんて考えたことは一度もなかったのに。
家のほうから、眠たそうな、小柄な女性が歩いてくる。
「最近、この近くを盗賊団が荒していると聞いてさ。対応するのも面倒だから、トラップ式のデバフを設置しておいたんだぁ~。自殺したくなるくらい気持ちが落ち込む、精神ダウナーデバフの」
どうりで首つり用ロープが複数あると思った。盗賊団の人数分ということか……
というか、なんという悪質なデバフ・トラップを仕掛けているのだろう。
「……エレノラさま、ですね?」
「そう。君は、ピザの配達の人だよね?」
「……違います」
「違うの? じゃ、いーらない」
エレノラが右手を振る。
瞬間。
気づけば、私は〈暗闇荒地〉の外に立っていた。
強制的な空間転移???
それは、一体どのようなデバフ能力だろう。
とにかく、こちらはまだマイリー様の速度UPバフがかかっている。
全力で走って、エレノラの自宅前まで戻った。
ポストを確認していたエレノラは私を見るなり、面倒くさそうな顔をする。
「あー。君、バフがかかっているのか。ということは、君はマイリーちゃんの友達だね」
「マイリー様の部下です」
「ふーん。で、なんか用?」
「はい。現在、マイリー様は中立都市レグにて、使命を遂行中です。その過程で、アンガスという男と対決するかもしれず、師匠であるあなたの力をお借りしたいと」
「アンガス? 知らない」
「ガルバル派の元モンクです。いまはコア機関の〈四鴈〉を務めていますが、人殺しをなんとも思わぬ性格破綻者──」
そういえば、このエレノラという人も、盗賊を強制首つりさせようとしていたような。
「つまり、善人も殺すということです。悪人だけならまだしも」
「ふむ。で?」
「モンクとは修道僧であり、かつ氣を使う僧兵、すなわち格闘家でもあります。その中でも、ガルバル派は、氣の極意を極めたとされています。そしてガルバル派の僧兵であったアンガスは、一門の者を皆殺しにし、ガルバル派そのものを終わらせた」
「へぇ。で?」
「その実力ははかりしれません。ある者によれば、人間という種では最強格とも。ですのでマイリーさまも、念のため、師であるエレノラさまのお力をお借りしたいと」
するとエレノラはあくびをして、
「くだらない」
「はい?」
「氣の使い手? 人間で最強格? そんな雑魚相手に苦労するようじゃ、バッファーとしての将来はないよ。だからね、君。マイリーちゃんに伝えておいて。人間ごときで、師匠の手を借りようとしないのって。ルシファーでも蘇ったら、私を呼びなさいと」
「あの、」
「はい、以上。『いるべき場所にいられない』デバフで──」
直観的に、また強制空間転移されてしまうと分かった。
「お待ちを──」
「ばい、ばい」
刹那。
私は、どこかの滝つぼに落ちていた。
「………仕事やめたい」




