65,定義の問題。
普通ならば、化けネズミが存在するか確かめる必要などはない。
が、おれたちはいま、暗号解読器の鍵が必要。
この鍵は、工作員の誰かが肌身離さず持っていた可能性がある。
そしてその死体はいま、化けネズミ(?)が巣まで持っていってしまった可能性がある。
ただ念のため、この死体の残骸を漁ってみるが──
「やっぱり、唯一残っていた死体の残骸に鍵がありました──みたいな運のいい展開はないか。マイリーの幸運バフでもあれば別だが」
まぁ、あのバフも現実改変はできないから、『後出し』効果はないがな。
「仕方ない。ここから化けネズミの巣に向かうぞ」
とたんスゥがとんでもない拒否反応を示す。
「無ぅぅぅ理、リッちゃん! ネズミはぁぁぁぁぁ、無理!」
「恐怖に打ち勝つときだぞ、スゥ。冒険者魂を見せてみろ。な、エンマ?」
エンマはエンマで化けネズミは怖いらしく、現実逃避の顔で彷徨っている。
「ゴミ箱はどこですか? 引きこもれるゴミ箱は?」
ルテフニアが呆れた様子で言った。
「冒険者というのは、臆病者の集まりか?」
「……仕方ない。スゥ、エンマ、お前たちはここで待機していろ。おれとルテフニアで、化けネズミを退治してくる」
「うん……ありがと、リッちゃん! ルテさん、リッちゃんをお願いねっ!」
狭い通路だったので、ルテフニアが先頭で進む。
時間が惜しいので移動しながら、ルテフニアにデバフの説明と、武器への『デバフ発動準備状態』の付与の許可を求めた。
だが断られる。
「デバフだかなんだか知らないが、そんなものは不要だ」
「……まぁ確かに。あんたほどの剣の腕があれば、デバフ付与など無用かもしれないな」
やがてルテフニアが立ち止まる。
「行き止まりだ」
「変だよな?」
とたん、床が消えた。
可動式だったらしい。
そのまま、おれたちは十メートルほど落下。
ルテフニアが華麗に着地し、こっちは無様に着地した。
だが問題は、着地場所にある。
少し開けた空間。そこに、身の丈2メートル前後の、巨大なネズミたちが蠢いている。
通常サイズのネズミでも、何百と蠢いていたら、ゾッとするが。
こっちは数はそのまま、サイズがでかい。
「とんでもないところに落ちたんだが!」
「見ろ、死体だ」
ルテフニアが示した先には、拠点から引きずられてきたらしき死体が、転がっている。
かなり食べられているが──まてよ。化けネズミに、鍵が食われてしまっている場合は? 今度は、化けネズミの死体の胃袋を裂くのか?
「うえっ。想像しただけで気持ちが悪い」
「まずは生き延びることを考えろ」
周囲から化けネズミが襲いかかってくる。
ビー玉射出器を乱射しながら、凍結デバフと、拡散デバフを付与。
これで、ビー玉が命中した化けネズミは即凍結。
その近くの化けネズミは、拡散デバフによって、凍結が拡散されるため、やはり凍結状態となる。
「悪くない攻撃だ」
そう言いながら、ルテフニアの戦剣〈畜蛇〉が、蛇の剣筋で踊る。
スゥも歯が立たなかった剣技だ。
化けネズミなどは敵ではない。次から次へと血祭に上げていくが──
次第に劣勢となっていく。
いうなれば、ルテフニアは単体アタッカータイプ。一対一ならば、どんな強敵でも勝利をものにするだろう。
しかし、たとえ敵一体が雑魚でも、こうも何百と四囲から襲いかかられては勢いを殺される。
それはこっちも同じ。デバフは、単体の超難敵にこそ、真価を発揮する。
ついに一体の化けネズミにタックルをかまされ、おれは倒れた。
右手からビー玉射出器が滑り出、転がっていく。
「あー。ルテフニア、余裕があったら助けてくれるか?」
同時に十体を相手にしながら、ルテフニアが苛立たしそうに言ってきた。
「自力で、どうにかしろ」
「やっぱり?」
化けネズミの、板切れのような牙が迫ってくる。
マジか? まさか化けネズミに殺されるのか? こんなことなら、マイリーに殺されてやるべきだった。
瞬間。
化けネズミの頸が斬り飛ばされる。
「大丈夫、リッちゃん!」
助けてくれたのは、飛び込んできたスゥだ。
戦剣〈荒牙〉を振るい、周囲にいた化けネズミたちを刃の餌食にしていく。
「スゥ! ついに、ネズミ恐怖症を克服したのか!」
「うーん。ちょっと、違うんだよね。エンマちゃんが言ったんだけど──『人間サイズのネズミって、もう化けネズミというか、ただの魔物ですよね』って」
「で?」
「わたし、魔物なら、怖くないよっっっ!!!」
……えー。そういう問題なのか?




