60,陰謀くるくる。
──マイリーの視点──
〈四鴈〉たるもの、情報管理が重要。
そして、そういう面倒な作業は、優秀な右腕に任せるのがベスト。
中立都市レグを出て、街道を外れたところで、右腕のダコタと会う。
あたしより五歳ほど年上で、同性のあたしから見ても、見惚れるくらいの美人。ただいつも目の下にくまがある。
うーん。そんなにこき使っている記憶はないのだけど?
「マイリーさま。元気そうで何よりです」
「なんかいつもそれ、皮肉っぽく聞こえるのよね。というか、あんた、ちゃんと寝ているの?」
「35時間ほど前に少し。2時間ほど眠りました」
「ふーん。ま、過労死だけはしないでね。あんたほど有能な副官、そうそういないのだから」
「でしたら、仕事の量を減らしていただければ──」
「はいはい。冗談はさておき」
「冗談……」
「アンガスの行方はつかんだ? 本当にリク……デゾンの冒険者を仕留めるつもりはあるの? 標的を討つならば、レグが格好の場所でしょう?」
手帳を開き、疲れた目でなにやら確認するダコタ。
「あのですね、マイリーさま。何か情報の食い違いがあったようです。〈四鴈〉のアンガスさまは、確かに中立都市レグへと派遣されました。ですが、指令を出したのは評議会ではなく、コア機関独自の動きです」
「……すると、誰が?」
コア機関に明確なトップはいない。
これは評議会の考えで、つまりコア機関を己の裁量で動かせるものが現れれば、評議会など有名無実となってしまうからだ。コア機関には、それだけの力がある。
「その点はまだ調査中です」
「まって。〈封魔〉スキルはどうするの? デゾンの冒険者が所有しているかもしれないのよ」
「評議会側は問題としているようです。ですが、少なくともアンガスさまは、そのために動いているわけではありません」
この手のことは、思考するのも面倒だわ。
だけどリクなら、ちょっとは考えるのでしょう。
あいつに劣るのは癪なので、あたしも仕方なく思考を働かせる。
「すると、アンガスがレグに向かった目的は、リクたちではない。そもそもアンガスは、レグに向かったの?」
「はい。それは確かです」
「リクたちが目的でもないのに、レグに向かった……。リクたちは、ただ居合わせただけ。師匠のためリクを追いかけて来たあたしも。では何に巻き込まれたというの? ……」
レグで起きている異変といえば、考えるまでもない。
『ガーディアン召喚函』による同時破壊工作。
それの黒幕が、アンガスだったというわけね。
「……それでダコタ。アンガスはいまどこに?」
ダコタの視線が、あたしの後ろへと向かう。そこには警戒と恐怖の色があった。
「あぁ、いま後ろにいるわけね」
神出鬼没にも程がある。
刀の柄に片手を添え、あたしはあえて動かずに言う。
「アンガス。あんた、誰の指示で動いているわけ? まさか独断じゃないのでしょう?」
背後から、ねっとりした声が言う。
「マイリーの嬢ちゃん。お前さんこそ、誰の許可を得て、ここにいるんだい?」
明確な殺気が放たれる。
まずいわね。
幸運バフ、速度UPバフを、自分とダコタに付与する。
それから目で合図を送る。一斉攻撃の。
刀を抜き放ち、一撃を仕掛けようと振り向いたときには、アンガスの姿は消えていた。
「……あのおっさん、マジで嫌い」
「ですがマイリーさま。あのかたは、人間という種の中では最強とされていますが?」
「それ、誰が決めたのよ………………………………」
とはいえ、ダコタの言うことも一理あるのよね。
アンガスは得体の知れない『氣』を使うので、戦ってみないと、バッファーたるあたしとの対戦相性が分からない。
そして、アンガスの進めている策略は、あたしの気にいるものではない。ので、近くの激突は避けられない。
こんなときは師匠に頼るのが素直というもの。
「ダコタ、次の指令を送るわ」
「はい」
「〈暗闇荒地〉のオーガ大樹のとなりに、小さな家があるの。そこのエレノラという人に、言伝を頼みたいのよ。大至急に」
「どのような内容を伝えましょうか?」
「そうね──弟子のあたしとリクがレグにいることを。それと、『もしかすると弟子が0人になるかもしれない』ともね」
「はぁ。マイリーさま。その伝言を伝えると、エレノラというかたはどうされるのでしょうか?」
「うーーーん。それが読めないのが、師匠なのよねぇ」




