6,【デバフ殺法】。
「あ、リッちゃん、やっぱりわたしダメだ。下水道とか、無理。だって、あれがいるじゃない。下水道っていったら、アレが」
サボり癖のあるおれでさえも、いまだけは使命感を抱かざるをえない。
都市デゾンを守ることができるのは、いまやおれたちだけ。
罪のない市民たちを守ることができるのは──
というテンションで下水道に向かおうとしたら、なぜかスゥが立ち止まり、思いつめた様子で言い出したわけだ。
「………………は? 何がいるって? アレって、なんだ?」
スゥは恐る恐ると口を開いた。
「ね、ず、み」
「ねずみ……」
確かにドブネズミは大量にいるだろう。しかも子犬サイズの奴らが。
おれだってドブネズミの群れとか遭遇したらゾッとするが。
「スゥ。いまは、そんなことを言っている場合か? デゾンの危急存亡のときだぞ?」
「ここだけの話だけど、わたし、ネズミが怖いの。ちゅんとした理由があるんだよ、リッちゃん。幼少期、お昼寝していたとき──ネズミに耳を噛まれたの!」
「は?」
「ほら、左耳のここ、耳たぶ、いまも齧られた痕があるでしょ!」
確かにスゥの左耳の耳たぶには、2ミリほど齧られたように、肉が欠けている。
「………だから?」
「わたし、ネズミがいるところは、行けない。無理」
「……」
おれはスゥの頭に片手を置いて、師匠直伝のデバフスキルを発動した。
「悪く思うなスゥ」
「どうしたの?」
「デバフ殺法:第五の型【昼下がりの温もり】」
デバフ付与には、一応は『攻撃』をする必要がある。
もっというならば、『デバフに対応する攻撃をした』という手順を踏まねばならない。
この第五の型【昼下がりの温もり】はデバフの中でも上位にある分、『接触する』という発動条件がある。
その効果とは。
「グゥ───ZZZ…………」
爆睡しだしたスゥが倒れないように抱きとめる。
これが【昼下がりの温もり】の効果。
行動阻害系のひとつの頂点、睡眠デバフ。
おれが解除指示を出さない限り、数時間は眠り続ける。つまり、その間は攻撃し放題。
なぜならば師匠直伝の睡眠デバフには、『ダメージを受けたら目覚めてしまう』などという、弱点はないからだ。
爆睡中のスゥを抱き上げて、近場の下水入口から、デゾンの地下へ。
いいところに見取り図が貼られていたので、これをMAPがわりに回収。
作業用の道があるおかげで、汚水に入らずに済みそうだ。臭いは酷いがな。
さて。下水道は一本道。これがダンジョンだったら、単調すぎると文句が出るところだな。
下水処理場の方向へ向かえば、その先がデゾンの外の下流へとつながっていく。
読みどおり、ゴブリン精鋭パーティがやってくるならば、まさしくこのルートだろう。
スゥを抱えたまま、先へと進む。
灯りは、用意してきた腰に装備できる小さなカンテラ。
そして足元は、ドブネズミたちがちょろちょろと歩きすぎていく。
あー。この読みが外れていてくれるといいんだがなぁ。
ゴブリンの集結が陽動であり、精鋭のゴブリンたちが下水道を通って侵入してくるなんて。
そんなことが考えすぎならいいんだが。
行方不明のボブは、ただ不倫相手のところに転がりこんでいるだけ、とか。そういうことならいいのに。
しばらく進むと、汚水を漂っている肉の塊があった。
よく見なくても、これは腐敗をはじめた死体だ。うーん、ボブさんじゃないか、これ。
さらに進むと、向こうから複数の足音が近づいてくる。
さらに、人間の言葉ではない、烏に似たような声が会話している。
読みが、当たってしまったか。
おれはスゥをおろしてから、デバフ殺法第五の型の睡眠デバフを解除した。
とたんスゥが飛び起きる。
「え、なに、どうしたの? なにごとなの?!」
「スゥ。冒険者として、仕事をするときだぞ! デバフで支援するから、アタッカーは任せた。剣の腕を見せてくれよ」
「きゃぁぁぁぁ! リッちゃん! ネ、ネ、ネズミが乗っている、わたしのお腹に! リッちゃぁぁぁん、助けてぇぇぇぇぇぇ……………!! がくっ」
白目をむいて気絶しやがった。
で、このタイミングで、曲がり角から、武装したゴブリンたちがやってきた。
「……………マジか」