59,ダチ。
居酒屋に行くと、臨時休業の札がかかっていた。
というより、さすがに上層エリアでとはいえ、あれだけの大規模な破壊工作が行われたのだ。
下層エリア全体も、普段通りとはいかないだろう。
店内に入ると、ヴェンデルがビールを飲みながら、こちらが来るのを分かっていたかのように迎えた。
なんかデジャヴ。あー、〈王〉もこんな感じで待っていたか。
「どうも、ヴェンデルさん。まさか、あんたが〈紫陽夢〉のリーダーだったとは。そしてエンマがそのことを知っていながら、いままで黙っていたなんて」
「エンマのことは許してやれ。おれが黙っているように頼んだんでな」
おれが冒険者ギルドのうるさ型だったら、エンマに『お前の忠誠心はどこにあるのか?』と問うところだな。
実際のところ、おれはうるさ型ではないので、
「別に怒っちゃいない。そんなことより、ヴェンデルさん。さっそく本題に入ってもいいだろうな。聞きたいことは一つ。函の正体をどこまで知っていた?」
ヴェンデルが枝豆を口に放ってから、面白そうに言う。
「〈紫陽夢〉が第一容疑者なのかと思ったがな」
「あの分かりやすい犯行声明で? いや、あれは〈王〉側と〈紫陽夢〉の衝突を避けられなくするための策略だろう──それが黒幕の第二段階」
第一段階が、『ガーディアン召喚函』による破壊工作。
で、第三段階は──なんでしょうね。
「で、函のことをどこまで知っていた? 何かしら怪しいと思ったから、おれたちに追わせたんだろう?」
「まぁな。だが正直、ここまでのものだとは思ってもみなかった。ところでデゾンからの客人。おれのさっきまでしていた推理について、聞いてもらえるか? 〈王〉と〈紫陽夢〉の衝突のトリガーとするための破壊工作だとして、では黒幕は誰か──?」
「誰だ?」
「おたくらだよ」
スゥが自分の後ろを振り返っている。
いや、後ろには誰もいないからな。
おれは頭をかいた。
「……あー、なるほど」
確かに、筋が通る。
黒幕が中立都市レグ内での内乱を煽っているのならば、部外者である可能性が髙い。
つまりレグからしたら、『よそ者』。
おれとスゥもよそ者だし、しかもおれたちが現れてすぐに、このガーディアンによる破壊工作が行われたのだからな。
「だが、おれたちじゃない」
ヴェンデルはにやりと笑った。
「そのようだな。黒幕なら、ここにのこのこ現れないだろう。『のこのこ現れないだろう』と思わせたいのかもしれない、が。そこまで手の込んだことをする必要性もない」
おれは肩をすくめた。
「お互い無実ということが分かったな。これで少しは進展があったといえるか」
「ところで、デゾンの客人。〈王〉と謁見したようだが、あいつには側近がいただろう? 眼鏡をかけた女が」
「ケイさんのことか。ああ、それがどうかしたか?」
「お前たちが知らないのも無理はない。だがひとつ教えてやろう。ケイのスキルは、〈影偽り〉。すなわち、影の中を移動するスキルだ」
瞬間。ヴェンデルの手から包丁が投げられる。
その包丁は凄まじい勢いで、スゥの影に突き刺さる。
そこから影の塊が跳ねて、開いた窓から外へと出た。
窓辺に駆け寄ると、路地に転がったケイが立ち上がり、駆けていく。
影の中を移動できるスキルか。
今回、〈王〉の尾行がいなかったわけだな。
いや尾行はいた。スキルを知らなければ、まず見つけられない形で。
ヴェンデルがどうでもよさそうに言う。
「逃げたか」
「すまない、ヴェンデルさん。あんたが〈紫陽夢〉のリーダーであることを知られてしまった」
「いや、すでにあいつは知っているさ。ハーランの野郎はな」
「〈王〉のことだな……まるで、個人的に知り合いのような口ぶりだな?」
「まぁな。奴とは、むかしはダチだった」
「そうか……は?」
〈王〉と〈紫陽夢〉のリーダーが、かつては友だった?
みんな、おれを驚かせるのが好きなのか?
「もしかして、あんたたちは、結託しているのか? 〈王〉は統治者の立場から、あんたは下層エリアから、このレグの格差構造を変えようとしている、とか?」
「そんな出来た話じゃないな。いや、たしかにそういう理想の形を思い描いたころもあった。だが、おれたちの道はとっくに違ったのさ」
「〈王〉になって、ハーランが変わってしまったということか? まぁ、やる気はなさそうだったが」
ヴェンデルは感情の読めぬ調子で言う。
「結局、〈王〉になったことで、奴は多くのしがらみを得てしまったというわけさ」
ふーむ。ところで、何か引っかかる。
おれはさっき、黒幕の正体について、かなりいいところまで推論で辿り着いていなかったか。
つまり、えーと。
あ、そうなるのか?




