53,不運も使いよう。
──リク──
何か、次から次へとトラブル続きじゃないか。
頭痛が痛い。
こういうときこそ、わが師匠の教えを思い出す。
──「メンドクサイときこそ、ひとつひとつ解決するしかないよ。だたでさえメンドクサイんだからね」
「函を追いかけ、破壊工作を阻止する。そして大至急、この中立都市レグから退避だ。〈四鴈〉のアンガスも、ハーフ・ディアブロのルテフニアも、わが地元デゾンまでは追ってこられないだろう」
マイリーが顔をしかめて、
「ハーフ・ディアブロも? 連中にも命を狙われているわけ? あんたって、トラブルを吸い寄せるのが好きなのね」
「そんなわけがあるか。もとはといえば──」
もとはといえば。
人生ラクして暮らしたいと思って、師匠の弟子のデバッファーになったせいな気がしてきた。
が、これを深く追求して考えると、『うげっ』という気分になるので、やめておくー。
「函の追跡をするにあたって、エンマ──エンマはどこだ?」
「リッちゃん。そこのゴミ箱」
スゥが指さした先では、ゴミ箱に半身を乗り入れているエンマの姿があった。
「なにしているんだ、あいつは」
「引きこもりたいという心のあらわれかと思う」
「ああ──なるほど」
マイリーの登場で、エンマの引きこもりトリガーが押された、ということか。
尾行者たちの骨を折りまくったマイリーを怖がる気持ちは、分からんでもないが……。
エンマを引きずりだし、ヴェンデルからもらった『函の目撃情報の一覧』を見せる。
「一人ずつあたっていくから、案内してくれ」
観念したエンマは、マイリーを恐る恐るとちら見しながら、指さす。
「はぁ……あの、最寄りですと、このリストの三番目の住所のターさんですね」
というわけで、おれ、スゥ、マイリー、エンマの四人で向かう。
はからずも、アタッカー(スゥ)、アタッカー兼バッファー(マイリー)、デバッファー(おれ)、エンマ(ヒーラー)がそろったパーティとなった。
ターという人は、下層エリアの集合住宅に暮らしていた。運よく在宅していたので、ヴェンデルの紹介と話し、目撃情報を確認する。
ターの証言。
「おれは解体業の会社に勤めているんだがな。下層エリアの一部を、上層エリアの金持ちが再開発しようとしている。んで、そのための廃屋解体を、しもじものおれたちに依頼してきたわけだ。まぁ、それはいいんだが。あの日は、誰も住んでいない廃屋のひとつを解体するはずだった」
「ところが、誰かが住んでいたとか?」
「ああ、そうだ。実は、その区域には行き場を失った奴らが住み着いていたんだが、あのとき潜んでいた男たちは、そんな感じじゃなかったな。あんたに雰囲気が似ていたぜ」
「おれに?」
「つまり、その服装がな」
都市ごとで、服装も少しは感じが異なってくる。
それだけで決めつけられないが、『潜んでいた男たち』は、おれと同じよそ者なのかもしれないな。
「で、そいつらが函を持っていたと? ぷかぷか浮かんでいる函を」
「ああ。ただ浮いているならともかく、とんでもなく真っ黒い函でなぁ」
「その廃屋、いまはどうなっているんだ?」
「解体は済んだが、まだ再開発工事ははじまってないはずだぜ」
現場百篇ともいうし、念のため、函が目撃された場所に向かってみる。
ターの話のとおり、いまは更地になっている。
ところで、なぜこの場所が、再開発区域となったか分かった。
上層エリアとかなり近いところにあるのだ。
仮にここを下層エリアに留めるにしても、上層エリアの市民からしたら、廃屋が並んでいるような景観がなくなるので、メリットがあるのだろう。
ここから追い出された者たちからしたら、たまったものではないだろうが。
「これだと埒があかないな。仕方ない──スゥ。ちょっといいか?」
「うん? なに?」
「……よし、いいぞ」
「?」
スゥはふと、何か思いついた様子で、上層エリアに向かって進んでいく。
その途中、検問所があり、都市警察に呼び止められる。
下層エリアの市民は、理由がなくては、上層エリアに上がることもできないわけだな。
こっちは、冒険者出張所のエンマがいたので、すんなり通してもらったが。
そのまま上層エリアに入る。
下層エリアとはがらりと雰囲気が変わる。
この都市の経済形態に興味はないが、ここまでひとつの都市内で明確に格差が分かれるというのも、興味深い。
一説には、かつての貴族制度が尾を引いているのだとか。
マイリーが苛立たしそうに、スゥに向かって言う。
「あんた。何か目的があって、ここまで来たわけ?」
スゥは小首をかしげる。
「うーん。なぜか、こっちに行くのが正解な気がしたんだよね。なんでかな?」
さらに進んでいくと、上層エリアの繁華街に出た。
身なりのよい市民が行き交う、賑やかなところだ。
みなを先導したスゥは、きょとんとした顔だ。
マイリーが疑わしそうにスゥを見ていたが、ふいにハッとした。
それから、おれを見やる。
「あんた、この雑魚剣士に、デバフをかけたわね?」
「あー。まぁな」
デバフ殺法:第十九の型【悪い運がこびりつく】。
デバフ効果は、マイリーの幸運バフと、正反対。
これを付与されたものは、とても不運を引き付ける。
または、自ら不運のもとに向かう。
函が、破壊工作に使われるならば──
その場にいるのは、とても不運だろう。
瞬間。
エンマが、ある一点を指さした。
「あの、皆さんが探している函って、あれですか?」
「え?」
漆黒の函が、ぷかぷかと浮遊している。
行き交う市民のあいだをゆっくりと進んでいき、ふいに展開しだした。




