52,サンダルばきのおっさん。
「マイリー。お前、もしかしてヒマなのか? ヒマだから、わざわざこんなところまでおれを追ってきて、余計なことに〈王〉の手下を伸しているのか?……殺してないだろうな?」
スゥがとなりで、「やっぱりストーカーだった」とぼそぼそ言っている。
一方のマイリーはウンザリした様子で、
「尾行者たちは、骨を十本ほど折っただけよ。それに、あたしはヒマじゃない。師匠からの手紙がなければ、あたしだって、あんたのところには来ちゃいないわよ」
「師匠の?」
「要約すると、弟子は二人しかいないのだから、『強いほうが弱いほうを守れ』ということよ。つまり、あたしにあんたを守れって」
「いや、半分は嘘だろ。師匠は、おれたちに優劣をつけることはしなかった」
なぜならば──それは平等精神とかではなく、単純に、弟子二人がより仲たがいすると面倒だったから。
「あのな、マイリー。こっちは忙しいんだよ。お前に構っている暇はないんだ。問題は山積みなんだから」
「じゃ、親切なあたしが問題を追加してあげるわ」
「それのどこが親切だ」
「あんたたち、神聖聖女から〈封魔〉スキルを移譲されたでしょう? こっちの評議会はバカじゃないの。それくらい見破られているのよ」
「〈封魔〉スキルの移譲だと? なんのことかな」
おれのとぼける技術。我ながら賞賛したいね。
ところがマイリーは、おれのとなりを指さして。
「あんた、嘘つきたいときは、同行者に注意することね」
見やると、スゥが「あわあわ」している。
お前、お前……
「いいだろう、認めてやる。おれが〈封魔〉スキルを所有している」
「ふーん。じゃ、実際に〈封魔〉を所有しているのは、あんたの相方の雑魚剣士というわけね。あんたの思考なんて、お見通しということよ」
妹弟子というのは、これだからな。
「……しかしよく分からないな。コア機関が〈封魔〉スキル移譲の件を嗅ぎつけて、お前を寄越したんじゃないのか?」
「あいにく、コア機関が送り込んだのは、あたしじゃないわ。〈四鴈〉の一人、アンガスというおっさんよ。しかもコア機関は、あんたと相方の捕獲条件に『生死は問わず』としている。つまり、死体でもいいというわけ。ならアンガスなら、あんたたちをまず殺すでしょう。だから、あたしが救いにきてあげたのよ。師匠のために。感謝しなさい」
そこまで言われると、さすがに自尊心が傷つく。
「あのな。おれとスゥは雑魚じゃないんだよ。おれたちが組んでいれば、そう容易く負けるものか」
スゥも強くうなずいて、
「そうだよ、そうだよ」
「……ま、どうなるか見てみましょう」とマイリー。
「ところでアンガスという男、容姿の特徴は?」
「40代の中年、頭はハゲ気味、冴えないわね。あとなぜかいつもサンダルばき」
「強そうに見えないんだが?」
「そうよね。だけど、鬼強いから問題なのよ」
──中立都市レグより北西72キロ地点、盗賊団の拠点にて──
都市国家間には、灰色の領域が多い。
どちらの都市領域なのか判然としない場所が。
そういう地域こそが、盗賊団の活動領域となる。
コリーを首領とする盗賊団が縄張りとしているのは、中立都市レグと歓楽都市ヴィグの中間。
ここで旅商団を襲っても、レグもヴィグも、大がかりな討伐隊は送れない。
どちらの支配領域か曖昧であるため、下手に討伐隊でも送ろうものならば、相手の都市を刺激しかねないからだ。
だから盗賊団は、襲いたい放題。
旅商側も護衛隊などを雇うが、こっちは待ち伏せできる強みがある。
今回も首尾よく護衛隊を皆殺し。旅商からは物資をいただくが、さらに旅商には家族連れが含まれていた。
そうなれば若い女は、盗賊員たちの餌食となるのが当然だ。
首領コリーは、拠点に戻り、満足していた。
今回の狩りは、豊作だ。大量の金と物資、さらに上物の性奴隷までゲットできるとは。
ふと視線を転ずると、この盗賊団拠点の中央に、サンダルばきのおっさんが佇んでいることに気付く。
そのおっさんは、タバコをふかしながら、中年太りの腹をぽりぽりとかいている。
コリーはウンザリして、部下たちに怒鳴った。
「おい。あのおっさん、なんで殺してねぇんだ!? あんなのは生かしておいても、なんの得にもなりゃしねぇぜ!」
盗賊団員たちの視線が、冴えないおっさんに集まる。
一方、そのおっさんは吸いさしを捨てて、歯をむきだしにして笑う。
「やぁ、若いってのはいいもんだねぇ。実は、これからレグに狩りにいくんだがね。ちょっとした雑用係が、何人か欲しいと思ったんもんでね。だからこうして、スカウトしにきたわけだよ。だが何人もいらないんだ。三人くらいかな。早い者勝ちだよ、君たち」
盗賊団員たちが爆笑しだす。
コリーもにやにやしながら、これはとんだ道化だぜ、と思った。
「おい、あの笑えるおっさんを始末してこい」
と、巨漢の部下に命じる。
その部下は、「へい、お頭」と言って、斧を持ち、おっさんに近づいていく。
「おい、間抜け野郎。これでもくらいな」
そのおっさんの脳天が叩き割られるものと、コリーは信じて疑わなかった。
だが次の瞬間には、巨漢の部下の頭部が消滅している。
新しいタバコにマッチで火をつけながら、おっさんが言う。
「君はいらんなぁ」
しばらく何が起きたか分からず、盗賊団員たちは呆然としていた。
はじめに動いたのは、コリーだった。
だが戦うためではなく、逃げ出すため。
(よく分かんねぇが、あのおっさんはヤべぇ。あのおっさんは──)
だがコリーの意識は、そこで消えた。
巨漢の部下と同じように、頭部が消し飛ばされていたので。




