5,侵入ルート。
「もし本当に、これがすべて敵の罠だとしたら──いま、このデゾンで戦える冒険者は、わたし一人。わたしがやらなきゃ、だよね!」
と、覚悟を決めるスゥ。
おれはそんなスゥをひしと抱きしめて。
「お前のことを忘れないからな」
「リッちゃん! ……なに、自分は一抜けしたみたいな感じなの? もちろんリッちゃんも、一緒に戦うんだよ。死ぬときは一緒だよ!」
「……やっぱりか」
とはいえ、ただの取り越し苦労ということはある。
昔聞いた話では、心配事の97パーセントは実際には起きない、とか。
「冷静に分析してみよう。ゴブリンたちが集結しているのは事実だ。あまりに分かりやすく集まったものだから陽動かもと思ったが。この地域のゴブリンがそっちに集まっているのなら、一体、誰がこのデゾンを攻撃する?」
「うーん。残りのゴブリンとか?」
「いくらゴブリンでも、無尽蔵ということはないだろうからな。仮に、ゴブリンの精鋭どころを送り込んだとしても、せいぜい十体前後だろう。で、たかだか十体で、どうやってデゾンの城壁を超えるんだ?」
人類都市デゾン。
その都市の周囲は、10メートルの城壁で囲まれている(デゾンには城はないので厳密には『城壁』とは言わんかもしれないが)。
「冒険者たちが出払って、出入り口はすべて封鎖されたはずだ。とすると、精鋭ゴブリンが来ても、侵入することはできない」
スゥは大きく安堵の吐息をついた。あんまり豊かではない胸が上下される。しかし、貧乳というわけでもないが。
「じゃ、仮にすべてが敵の計画だとしても、デゾンは安心だね♪」
「そうだ。デゾンの護りは固いぞ!」
というわけで、ひとまずスゥと別れることにした。
スゥがギルド本部で待機している中、おれはいったん集合住宅に借りている自宅に戻る。
なにを隠そう、師匠のもとで修業するにあたり、半年分の家賃を前払いしておいたのだ。
師匠が。
だから半年ぶりに帰っても、部屋の私物が売られて、別の者が住んでいる、なんてことはない。
集合住宅の入口で、顔見知りのおばさんと遭遇。
「おやリクさん。久しぶりだねぇ。長らく顔を見せなかったけど」
「ええ、ちょっと仕事で」
「冒険者のかい? それはさすがだねぇ。ところでリクさん。冒険者のあんたに伝えておきたいことがあるんだけどねぇ。ほらボブさんを知っているだろ? 102に住んでいる」
「あー、ボブさん。八百屋で働いている人ですね」
「違う違う。それは八百屋で働いているのはロブさんだよ。ボブさんは、下水処理場で働いているんじゃないか」
「あー、そうでしたっけ」
デゾンの下水道は、微生物を利用した地下の下水処理場を通ってから、都市の外を出、近くの河の下流につながっている。
「そのボブさんが、どうかしましたか?」
「それがねぇ。先週から行方不明なんだよ。仕事に行ったきり。ボブさんの奥さんも心配して、冒険者ギルドに届けを出したそうなんだけどねぇ」
「はぁ。じゃ調べてみます。ちゃんと失踪届が受理されているかどうか」
「そうかい。じゃ、頼むよ」
厳密には、スゥに頼むことになるだろうな。おれ、解雇されている身なんで。
「はやくギルマスに会って、解雇無効してもらわなきゃだなぁ」
部屋に入り、トイレに入る。
都市に住む有難みはたくさんあるが、この上下水道の設備があることも含まれるだろう。
「…………………あっ、」
慌ててギルド本部に戻る。
そわそわしているスゥを見つけ、できるだけ冷静に言った。
「うんちだ!」
「……………リッちゃん。五歳の子供じゃないんだから。意味なく『うんち』と言って恥ずかしくないのは、五歳まで」
「あー、違うそうじゃない。ゴブリンの指導者になって考えてみた。ゴブリン精鋭パーティをデゾンに送り込むためのルートはどこか。それは下水道だ。下水道を経由するなら、ゴブリンたちは入り込んでこれる」
「え、下水道!? それ、確かなの?」
「先週から下水処理場で働いている人が行方不明になっている」
「でも、どうして先週?」
「おそらくだが、侵入できるかと下見に来たゴブリンに、下水処理場あたりで遭遇したんじゃないかな。それで消されたんだろう。もちろん、推測の域を出ていないが」
だが、どうにもそれ以外、考えられない。
スゥも同じ確信を得たようで、パニックに駆られた。
「た、確かめにいこう、リッちゃん! うんちの危険が危ない!!!」
「落ち着け、とりあえず落ち着け」