49,最善を。
引きこもり期間が長かったわりには、エンマはてきぱきと仕事を進めた。
おそらくこれは、一刻も早く『引継ぎ』を終わらせ、引きこもりスペースに戻りたいという欲望ゆえ。
まず上層エリアに移動し、〈王〉に取り次いでもらうように要求。
王とはいっても、かつて存在した王国の国王とは違うので、どこかの城に鎮座しているわけではない。
おそらく、どこかで仕事しているのだろう、と思った。
まだ昼だし。
ところが案内された先は、高級そうな酒が並んでいるバー。
カウンター席で、ウイスキーをストレートで味わっている。赤い髪の、20代後半の、怠そうな表情の男。
これが〈王〉だって?
しかし護衛の一人もいないとは。この男が、本当に〈王〉なのだろうか。
おれはスゥに耳打ちした。
「うちのギルマスといい、なぜトップに立つ奴は仕事したがらないのか」
「トップに立っているからじゃない?」
ごもっとも。こき使われるのは、いつの世も下っ端と相場は決まっている。
「あれ。エンマは?」
スゥと見回すと、最強格のヒーラーの姿がない。もう引継ぎは終えたとばかり、引きこもりに戻ったというのか……どうしてあの子、冒険者になったんだろ。
というか引継ぎ作業、中途半端じゃないか。
困っていると、ふいに〈王〉みずからが声をかけてきた。
「デゾンからのお客さんか。遥々ようこそ。飲むかい?」
基本、酒は現実逃避時しか飲まないんだが。〈王〉にすすめられて断るのもなんなので、カウンター席に腰掛け、バーテンに言った。
「ウイスキーハイボール」
スゥがおれの左隣りに腰かけ、
「じゃ、わたしはソーダだけでいいです」
〈王〉ことハーランが、座ったままこちらに向き直る。
「さて、聞いた話だと、破壊工作を止めにきたのだとか。他都市の治安まで気にするとは、冒険者ギルドというのは、よほど人員が余っているようだ」
皮肉ではなさそうだが。
というか、おれもちょっと同感。
まぁ、破壊工作とやらが起きて、無実の民が犠牲になるのを黙ってみているのも、寝覚めが悪い。
とはいえ、わざわざ遠くの都市まで遠征させるのだから、ギルマスもただの善意から行っているわけでもないだろう。
おれはウイスキーハイボールをちびりと飲む。
そういや、聖都では酒に薬を盛られたんだっけ。
「うちのギルマスは、あまり多くを語りませんが。おそらく、この中立都市レグが平安であることが、デゾンにもプラスになる、ということでしょう」
「それはつまり、われわれは自分の力では、この都市の平安を維持することができない、と言いたいのか?」
「いえ、そういうわけでは」
ハーランはグラスを呷ってから、にやっと笑った。
「いや、すまない。そちらのギルマスの懸念は、正しい。いまレグには、反政府組織がある。この都市の統治機構をくつがえそうとする連中が。仮に破壊工作が企まれているのならば、この反政府組織が無関係、ということはないだろう」
「はぁ。あの、そんな物騒な組織とやらがあるのなら、早々に手を打つべきでは?」
うちのギルマスは、少なくとも部下をこき使って、デゾンの平安は守っている。その点は評価できるが、この〈王〉はどうなのだろう。
ハーランは大袈裟な溜息をついた。
「それは酷い発想だ。反政府組織がなぜ生まれたと思う? この都市には激しい格差があり、上層と下層に分断されている。苛烈に虐げられる下層エリアの中から、反政府組織は生まれた。この激しい格差を壊すために。そんな民衆の希望を潰したら、気の毒だろう?」
どうも半ば真面目に言っているらしい。
「それなら、激しい格差をなくせば、反政府組織の必要性もなくなるのでは?」
「レグの経済格差は、短期間でつくられたものではない。時間をかけて熟成されたものだ。それをいきなり覆そうとしたら、都市そのものが消えかねないだろう。だから俺は、最善をつくしている」
「最善とは?」
ハーランは意味なく自信に満ちて言う。
「何もしないことだ」
「はぁ」
この〈王〉、マジでやる気がなさすぎだろ。
「ですが破壊工作は未然に阻止するんですよね?」
「もちろんだとも。冒険者ギルドの助っ人二人が、華麗に解決してくれることだろう。期待しているよ」
ぽんぽんとおれの肩を叩いてから、お代わりのウイスキーを飲み干す。
この〈王〉を見ていると、思うね。
うちのギルドマスターって、マシなほう。




