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49/115

49,最善を。

 

 引きこもり期間が長かったわりには、エンマはてきぱきと仕事を進めた。


 おそらくこれは、一刻も早く『引継ぎ』を終わらせ、引きこもりスペースに戻りたいという欲望ゆえ。


 まず上層エリアに移動し、〈王〉に取り次いでもらうように要求。

 王とはいっても、かつて存在した王国の国王とは違うので、どこかの城に鎮座しているわけではない。


 おそらく、どこかで仕事しているのだろう、と思った。

 まだ昼だし。


 ところが案内された先は、高級そうな酒が並んでいるバー。

 カウンター席で、ウイスキーをストレートで味わっている。赤い髪の、20代後半の、怠そうな表情の男。

 これが〈王〉だって?

 しかし護衛の一人もいないとは。この男が、本当に〈王〉なのだろうか。


 おれはスゥに耳打ちした。


「うちのギルマスといい、なぜトップに立つ奴は仕事したがらないのか」


「トップに立っているからじゃない?」


 ごもっとも。こき使われるのは、いつの世も下っ端と相場は決まっている。


「あれ。エンマは?」


 スゥと見回すと、最強格のヒーラーの姿がない。もう引継ぎは終えたとばかり、引きこもりに戻ったというのか……どうしてあの子、冒険者になったんだろ。


 というか引継ぎ作業、中途半端じゃないか。


 困っていると、ふいに〈王〉みずからが声をかけてきた。


「デゾンからのお客さんか。遥々ようこそ。飲むかい?」


 基本、酒は現実逃避時しか飲まないんだが。〈王〉にすすめられて断るのもなんなので、カウンター席に腰掛け、バーテンに言った。


「ウイスキーハイボール」


 スゥがおれの左隣りに腰かけ、


「じゃ、わたしはソーダだけでいいです」


〈王〉ことハーランが、座ったままこちらに向き直る。


「さて、聞いた話だと、破壊工作を止めにきたのだとか。他都市の治安まで気にするとは、冒険者ギルドというのは、よほど人員が余っているようだ」


 皮肉ではなさそうだが。

 というか、おれもちょっと同感。


 まぁ、破壊工作とやらが起きて、無実の民が犠牲になるのを黙ってみているのも、寝覚めが悪い。

 とはいえ、わざわざ遠くの都市まで遠征させるのだから、ギルマスもただの善意から行っているわけでもないだろう。


 おれはウイスキーハイボールをちびりと飲む。

 そういや、聖都では酒に薬を盛られたんだっけ。


「うちのギルマスは、あまり多くを語りませんが。おそらく、この中立都市レグが平安であることが、デゾンにもプラスになる、ということでしょう」


「それはつまり、われわれは自分の力では、この都市の平安を維持することができない、と言いたいのか?」


「いえ、そういうわけでは」


 ハーランはグラスを呷ってから、にやっと笑った。


「いや、すまない。そちらのギルマスの懸念は、正しい。いまレグには、反政府組織がある。この都市の統治機構をくつがえそうとする連中が。仮に破壊工作が企まれているのならば、この反政府組織が無関係、ということはないだろう」


「はぁ。あの、そんな物騒な組織とやらがあるのなら、早々に手を打つべきでは?」


 うちのギルマスは、少なくとも部下をこき使って、デゾンの平安は守っている。その点は評価できるが、この〈王〉はどうなのだろう。


 ハーランは大袈裟な溜息をついた。


「それは酷い発想だ。反政府組織がなぜ生まれたと思う? この都市には激しい格差があり、上層と下層に分断されている。苛烈に虐げられる下層エリアの中から、反政府組織は生まれた。この激しい格差を壊すために。そんな民衆の希望を潰したら、気の毒だろう?」


 どうも半ば真面目に言っているらしい。


「それなら、激しい格差をなくせば、反政府組織の必要性もなくなるのでは?」


「レグの経済格差は、短期間でつくられたものではない。時間をかけて熟成されたものだ。それをいきなり覆そうとしたら、都市そのものが消えかねないだろう。だから俺は、最善をつくしている」


「最善とは?」


 ハーランは意味なく自信に満ちて言う。


「何もしないことだ」


「はぁ」


 この〈王〉、マジでやる気がなさすぎだろ。


「ですが破壊工作は未然に阻止するんですよね?」


「もちろんだとも。冒険者ギルドの助っ人二人が、華麗に解決してくれることだろう。期待しているよ」


 ぽんぽんとおれの肩を叩いてから、お代わりのウイスキーを飲み干す。


 この〈王〉を見ていると、思うね。

 うちのギルドマスターって、マシなほう。

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