46,回復の戯。
「エンマさん。頼むから出てきてくれ。あんたも、ギルドマスターから指令が来ているはずだ。この都市で行われるらしい破壊工作とやらを阻止しないと」
鋼鉄扉の向こうから、エンマの頑なな声がする。
「……この扉経由でも情報提供できますっ!」
「いや、それは困る。こっちはこの都市の土地勘がないんだから」
「ほとんど引きこもっているので、エンマもそんなものはありませんっ!!」
何を言い切っているんだ、この人。
まったく。こんなところで引きこもりの相手をしている時間はない。
おれだって、できることなら家でゴロゴロしていたい。
だが、実際は、こうしてこき使われているのだ。
破壊工作とやらが起きちゃ困るから。いやはや。なんて働き者になってしまったんだろう、おれという奴は。
ということで、デバフの応用を見せてやろう。
デバフ殺法:第十八の型【忘れ物だよ】。
その効力は、装備の強制解除。解除された装備品は、少し離れたところまで空間転移される。
応用するのは、装備の定義。
通常ならば手に持っている剣などをいうが。
ここは、この鋼鉄の引きこもり用の扉を、エンマの装備品とする。
通常の部屋の扉には、さすがにこんな拡大解釈はできない。
だがエンマがこの鋼鉄扉に抱いているものは、盾を装備しているのに似ているはず。
なんたって、この鋼鉄扉によって引きこもりを成立させているのだから。
デバフ付与。
瞬間、装備品である鋼鉄扉が、蝶番から外れて、店の外まで空間転移した。
こうして引きこもりの部屋をのぞき込む。
トイレ、バスルーム完備の、なんかすごく居心地のいい部屋だった。
「おれも引きこもりたいな」
突然の鋼鉄扉消滅に、エンマが驚愕の表情を浮かべている。
黒髪おかっぱの同年代で、陽の光をあびてないせいで、青白い肌。
「さ、出た、出た」
「きゃぁぁ!! 不法侵入です! いますぐ、出ていって!」
引きこもりへの、この執着ぶり。
ほとほと困って、スゥに相談する。
「どうやって、引きずりだす?」
「あ、わたしにいいアイディアがあるよ」
スゥは室内に入っていき、なぜか深呼吸しだした。
なにしているんだろう、という顔でエンマが見ている。おれも同感。なにしているんだろう。
スゥが言った。
「200日閉じこもって醸成されたエンマさんの体臭を吸っているところ」
「ギャァァァア変態ぃぃぃ!」
と、転げでるようにして、エンマが外に出ていく。
「…………なんだこれ」
こうして、おれたちは出張所の前まで出た。
200日ぶりの外に空気に、エンマがうめいている。
「エンマさん。おれだって、好きでこんな仕打ちをしたわけじゃない。だが、こっちもギルマスからまともな説明も受けず、『破壊工作を阻止せよ』だけ言われて、この遠い都市に派遣されたんだ」
エンマは涙目でおれを見上げた。
「……外の世界は怖いです。いつ敵に襲われることか」
この激しい反応、PTSDとかか?
とにかく安心させたく、おれは周囲へと両手を差し出す。
「そこまで、まわり敵だらけ。ということはないだろ。見てみろ。一体、どこに敵がいるんだ? あっ」
鋭い風が、おれの右腕を吹き抜けた。
変わった突風だ、と思ったのは、その風は上から下へと吹いたため。
一体、何が──と視線を向けると、
わが右腕の肘から先がなくなっていた。
右腕の肘先が、床にぽとりと落ちる。
すっぱり切断されたらしい。
「はぁ?」
遅れて痛みと、激しい出血が起こる。
「……嘘だろ?」
スゥが戦剣〈荒牙〉を抜く。
「リッちゃん、敵襲!! その右腕を、止血して!」
「止血って、こんなに、勢いよく噴き出る血を、どうしろと???」
ふいにエンマが、切断されたおれの右手を取り、切断口へとくっつける。
先ほどまでのオロオロした様子はどこへやら。冷静な表情で、回復スキルを発動。
「回復の〈戯〉」
とたん、切断された右腕が再接続された。
指先を曲げ伸ばししてみるが、完全に骨や神経が接続されたのが分かる。
「凄い……」
ヒーラーとしての使命を終えると、エンマが元に戻った。
その場で頭を抱えてしゃがみ込む。
「だから、外は怖いというんですよぉぉぉぉ!!」
「スゥ、敵はどこだ?」
視線を転ずると、スゥと敵の女が斬り結んでいる。
しかし三斬撃目で、スゥの手から戦剣が弾き飛ばされてしまった。
やばい。
この敵、なんかメチャクチャ強い。




