45,引きこもりヒーラー。
──リク──
中立都市レグに到着。
道中は、これという事件もなく、平和なものだった。
どうせなら低級魔物と遭遇し、スゥの〈封魔スキル〉を試してみたかったのだが。
こういうときに限って、魔物って、出てこないんだよな。来てほしくないときは、わんさか来るのに。
ただ『ハーフ・ディアブロがゴブリンたちの正体不明の指導者だった』説は、正しかったようだ。
おれたちがハーフ・ディアブロの拠点を叩いてから、デゾン付近にいたゴブリン残党が逃げ出したそうなので。
で、中立都市レグ。
ただし都市内は別に公平ではない。そもそも中立と公平って、似て非なるものか?
いずれにせよ各都市の争いには加わらないという中立都市ではあるが、都市内では市民階級が明確に区分されている。
当初はグラデーションのように緩やかなものだったそうだが、いつしか『上』と『下』で分かれるようになったらしい。
この上下は、階級だけでなく、実際に住む区画にまで影響を与えている。富裕層の上層エリアと、貧困層の下層エリアに。
冒険者出張所は下層エリア内にあった。
下層エリアだからといって、べつに治安が悪いわけではないが、人々の生活は苦しそう。
「さて、スゥ。今回は、早々に連行されるようなことはしないでくれよ。脱獄させるのは一度で充分だぞ」
「分かってるよ、わたしだってもう新米じゃないよ。プロの中のプロ。だって冒険者ランク・ルビーだもんね♪」
で、ルビーランクのわれわれ、魚屋の前にいた。
「聖都の出張所は雑貨店で、ここは魚屋が隠れ蓑か?」
そもそも出張所って、一般市民には隠すものなのか?
ここらへんの立ち位置、いまいち分からん。なんたって、まだ『本物』の出張所に赴任した冒険者とは会ったことがないし。
「リッちゃん。ここの魚、腐ってるよ」
「まともに商売する気がないらしいな」
おれたちが店先で話していると、中年の男が出てきた。
「なんだ、あんたたち?」
お客さん、とは一瞬も思わなかったらしい。
まぁ、「今日はさんまが安いよ」とか言われても困るからいいけど。
「エンマさんに会いにきた。冒険者ギルドから来た者だが」
「ああ、あんたらが。話は聞いているよ。ただエンマのお嬢さんが、あんたに会うかは知らんが」
「会わないかもしれないと? エンマさんは気難しい人なのか?」
「いや。気難しいんじゃなく。人が嫌いなんだ。あっしも最後にあのかたを見たのは、あーー、もう200日は前になるだろうな」
「留守にしているのか?」
「いや、ずっといるよ。引きこもってる。ま、奥の部屋だ」
奥にあがらせてもらうと、銀行の金庫室のような扉が設置されていた。
鋼鉄の扉ごしに会話と、物資の受け渡しができるくらいの穴はあいている。
ちなみに、外側に取っ手はない。
そこから、おれは引きこもっているらしいエンマに声をかけた。
「えーーー。すみません。本部から来たリクと、スゥですが。出てきてくれませんか?」
だいぶ応答がないので、本当にいるのか疑問に思い始めたころ。
「…………出ない。エンマは、外にはでません!!」
おれはスゥに言った。
「こんなので冒険者って言えるのか」
「恥ずかしがり屋さんなんじゃない?」
少しばかり口調を厳しくして、再度、室内に向かって言う。
「こらこら、権威をひけらかしたくはないが、おれたちはルビー・ランクの冒険者だぞ。上官の命令には従いなさい」
「……エンマは、サファイア・ランク」
………え? ルビーよりひとつ上のランクの、サファイア???
「おい、冒険者ランクって、適当につけてないか? ギルマスの気分でつけてないか?」
とたんスゥが声をあげて。
「あっ! 思い出した。エンマちゃんって、〈聖女の手〉協会でも伝説の子だよ」
「〈聖女の手〉協会? ……ああ、回復スキル持ちが入会できる協会か」
「そうそう。その協会所属のヒーラーの中でも、エンマちゃんは頭ひとつ飛びぬけているんだって!」
スゥの情報網って、微妙に凄いよな。




