36,〈四鴈〉。
──マイリーの視点──
凍結状態が解除されたとき、目の前には見知った女の顔があった。
あたしより少し長身で、純白の髪を地面に届きそうなくらい伸ばしている。
どうにも不愉快な、なんでもお見通し、という目をしている。
コア機関〈四鴈〉の同僚。
「レアンナ。ハーフ・ディアブロの拠点に足を運んできて、ご苦労なことね。で、あんたでしょ? ここにハーフ・ディアブロの拠点があると判明していながら、その情報を伏せていたのは?」
「わたくしが? なぜ?」
「もちろん利用するために決まっているでしょ」
「人類の敵を利用する? そんなえげつないこと、わたくしがするとでも? そんなことより、あなたこそ、こんなところでカチカチに凍りづけにされちゃって。心配しないで可愛い子ちゃん。このお姉さんが仇をとってあげるわ」
あたしは反射的に刀を、レアンナの頸に突きつけた。
「あいつは、あたしの獲物よ。好き勝手はさせない」
刀を急所近くに突きつけられても、レアンナは少しも動じない。〈四鴈〉の一人なのだし、それくらいは当然。
「そう怒らないで。ただの冗談。それに、手ぶらであなたに会いにきたわけじゃないの。そんな無礼なことはしないわ。面白い情報を持ってきたのよ。さ、これを見なさい」
とある報告書を、レアンナはやたらともったいぶって渡してきた。
それは聖都の路地裏で発見された身元不明の死体の報告書。
解剖の結果、心臓の刺傷が死因。
ただそこ以外の外傷はない。外皮は通りこして、心臓だけを刺し貫いている。
さらに顔も潰されている。これは死後に加えられたものだろう。
おそらく身元を特定されないため。
「これがなんだっていうの? 聖都の犯罪率は、歓楽都市ヴィグとかに比べたら低いけど。それでも、こういう殺人事件は起きているものでしょ」
殺傷方法に、変わったスキルは使われたようだけど。
外部は損傷せずに心臓だけを攻撃したとなると──まぁ、あたしの知ったことじゃないけど。
「その報告書、実は少し情報が遅れているのよ。つい先ほど、身元不明死体について新情報があってね。ようは、もう『身元不明』ではない、ということ。顔が潰れていたけど、ほかの身体的特徴などなどから、どこの誰かが分かったわけね」
ここまで長々と説明している以上、この元『身元不明』死体は、あたしとも関係があるのでしょうね。
もしも、これがあたしと無関係のただの雑談だったら──
そのときは喜んで、この女を八つ裂きにしましょう。
まぁ、『ハーフ・ディアブロにやられたみたいです』で通るんじゃないかしらね。知らないけど。
「で、どこの誰だったわけ?」
と、仕方ないから、質問する。
まず答えをきかないと。
「グウェンさん」
「ふーん。だれ?」
レアンナは少し呆れたらしい。この程度のことで呆れられても、どうだっていいけど。
「マイリー。あなた、本当、自分に興味のあること以外は、知らないのね。いいわ。お姉さんが教えてあげる。グウェンは、冒険者ギルドの者で、二年前から、聖都の冒険者出張所に赴任していた」
「ふーん。冒険者ギルド、ねぇ」
そういえばリクも、そんなヘボな組織の一員として、この聖都に来たようだけど。
せっかくのデバフ付与の才能を、そんなところで腐らせるなんてね。
「まぁご愁傷様、ということね」
報告書を投げて返すと、レアンナはまだ隠していることがあるらしい。
その顔を見れば明らか。
「まだ続きがあるわけ?」
「死後硬直の具合から、グウェンさんが気の毒に殺されたのは、四十時間ほど前。捨てられた路地裏が、めったに人の通らないところなので、発見されるまで時間がかかったわけね」
「へぇ」
聖都で、リクが雑魚剣士の相方を連れて、冒険者出張所を訪れたとき。
そこから密告があったおかげで、あたしは追跡できたわけだけど。
誰が通報してきたんだっけ?
そう、たしか、グウェンとかいう冒険者じゃなかった?
「なるほど」
レアンナはにっこりと微笑んだ。
「この情報に、お礼はいいわよ、可愛い子ちゃん」
「言うわけがないでしょ」
本物のグウェンは殺され、偽物が成りすましている。
その偽物を、いまはリクも『本物』と信じこんでいるのでしょう。
リクが間抜けなのは構わないけど。
問題は、どこの勢力か、こんなことをしているのか、ということ。
頭のおかたい聖都軍ではないでしょう。
コア機関ならやりそうだけど、身内がやっていたら、さすがにあたしの耳にもすでに届いている。
当然、冒険者ギルドでもない。
となると、まったく別の勢力の者が──?
「なんだか、ムカつくことが多いわね」




