26,休戦。
このまま聖都を出るのは難しそうなので、人込みに紛れる策を取る。
賑わっているカフェのテラス席に座り、おれは報告書の写しを開く。
「聖都軍、コア機関、双方ともにハーフ・ディアブロのカルト教団が活動していること、そして神聖聖女がその教団に『移籍』した、と見ているようだ」
「ハーフ・ディアブロの集団って、カルト教団なの?」
「悪魔始祖のルシファーを崇めているから、らしいが。そんなこと言ったら、聖都も女神を崇めているのにな」
「もうリッちゃん。そういう発言を、信徒の多いところで不用意に言わないでよね。で、そのハーフ・ディアブロの教団のアジトとかは、発見されていないの?」
「発見されていない」
本来は、発見されていてしかるべきだよな。
ハーフ・ディアブロの活動が、この聖都を中心にして活発に行われているのは、明らか。
となると、聖都の外のどこかに拠点があるはずで、そこに神聖聖女がいる可能性も高い。
調査報告書の写しには、この聖都グルガ一帯の地図も記載されていた。
青い線で囲まれているのが、聖都軍が調査した領域。
赤い線で囲まれているのが、コア機関が調査した領域。
綺麗に二分にされている。
そして、これほど広範囲に調査したのに、ハーフ・ディアブロの拠点は発見されていない、ということか。
ふいに殺気──同時に、おれの頸に、刀の冷たい感触が触れる。
「見つけたわよ、リク」
と、苛立ちたっっぷりのマイリーの声が、後ろからする。
しまった。気配を消す類のバフをかけて接近してきたのか。
「しつこいな、お前は」
スゥが慌てふためいている。
「ど、どうするの、リッちゃん?!」
マイリーがスゥに向かって、冷ややかな声で命令する。
「あんたは武器を捨てなさい。雑魚剣士。さもないと『リッちゃん』の頸動脈をばっさりとやって、血をまき散らすわよ?」
「うぅ……」
スゥが悔しそうに、鞘におさまっている戦剣〈荒牙〉を放り捨てた。
あれ。これって、詰んだのか?
「これで、デバフとバフ、どちらが優れているか、ハッキリしたわね。そうでしょ、リク?」
返答したのはスゥだった。
「リッちゃんは、あんたを傷つけたりしないよう、手加減していたんだから」
「あんたは黙ってなさい。というか、あんた、リクのなんなの?」
スゥは胸を張って、
「わたしは、リッちゃんの──未来の嫁!」
「リク。あんた、女を見る目がないわね」
「お前、それはスゥに謝れ。スゥはいい嫁になるぞ。料理はおれがやれば、食中毒で誰かが犠牲になることもないしな!」
「そうそう。って、どういうこと、リッちゃん?!」
マイリーが溜息をつく。
「あんたらの漫才に付き合っている暇はないのよ。リク、あんたはこれから、わたしの手柄として捕縛されるの。そして──なに、その手元に開いている聖都の周辺地図は?」
グウェンから受け取った、ハーフ・ディアブロの拠点の調査結果が示された地図のことだ。
「確かに、聖都軍とコア機関、双方が探しつくしても、連中の拠点は見つからなかったわ。だけど、あんたの冒険者のお仲間の調べも、たいしたものではないわね。
赤い線の枠が、コア機関が調べた領域でしょ? だけど、ガル渓谷は、うちらが調べてはいないわ。調査の管轄は、聖都軍だった」
しかし地図上では、ガル渓谷は、コア機関が調査したことになっている。
しかしマイリーは、コア機関の管轄ではなかったという。
すると実際は、聖都軍が調査したのだろうか。
これはグウェンの写しミスか? または。
「なぁ、マイリー。どちらかの組織が嘘をついている、ということは考えられないか? どちらかの組織が、実際は調査していないのに、調査は済んだ、と聖都の評議会などに報告しているのではないか? だとしたら、見つからなかったハーフ・ディアブロの拠点は、まさしくそこにあるのでは?」
「何が言いたいのよ? コア機関が嘘をついている、と言いたいの?」
「いや、嘘をついているのは、聖都軍かもしれないぞ。聖都軍が、コア機関に対してはガル渓谷の縄張りを主張しつつ、外部には『コア機関の縄張りだ』と言ったのかもしれない。そのことをコア機関が知らない、ということも、間抜けな話だがなくはない」
「どっちにしても、あんたの話が正しかったら、どっちかの組織が、ハーフ・ディアブロの拠点を隠している。つまり、ハーフ・ディアブロと結託している、ということになるわよ」
「少なくとも、どちらかの組織内の一部の者が、な」
しばしマイリーは沈黙していた。
それから刀を引き、鞘におさめる。
「いいわ、リク。一時休戦してあげましょう。真相がわかるまでは、調査を協力してあげる。だけどすべてが終わったら、あんたを叩きのめすわよ」
「一時休戦は大歓迎だが、どうしてそこまでして、おれと決着をつけたがる?」
マイリーが答える前に、スゥが警戒した調子で指摘した。
「さては、リッちゃんのことが好きなんだね! ちょっかいだすのは、好きだからでしょ!」
「……リク。あんたの相棒、ムカつくから臓物引きずり出していい?」
「やめろ」




