20,バフというやつは。
「ところで──まさか、敵対するわけじゃないよな? おれたち、同門の身だろ?」
と、おれが尋ねたのも、マイリーが腰の鞘から刀を抜き放ったから。
なんとも自然な流れで。
「リク。ひとつ聞きたいんだけど。あんた、師匠のもとを去ってから、あたしのことを思い出したりした?」
ふむ。とくに思い出していない。というか、思い出す必要性がなかったし。
なぜなら、おれたちは死ぬほど仲の悪い弟子仲間だったから。
「あーーー。思い出した、よ?」
「ふふん。あいかわらず嘘が下手ね。あたしは一度だけ思い出したわよ。先日、ケチな犯罪者の右腕を切り落としたとき。あ、この雑魚、あんたと少し顔が似ている、とね。その犯罪者は気の毒に、戦闘不能になっていたのに、あたしに顔面潰れるまで蹴られてしまったわ」
マイリーならやりかねん。マジで。
「コア機関ってところは、どうなってるんだ。そんな暴力が許されるのか」
にこやかな表情のマイリーが、刀の切っ先をおれに向けて来た。
「とにかく、リク。ここで会ったのが、あんたの運のつき。さすがに師匠が悲しむから殺しはしないけど──あんたはいまや聖都のお尋ね者。ただで済むとは思わないことね」
「嬉々として言ってくれるな。しかしマイリー。お前、バッファーだろ。バフを付与する仲間がいないのに、どうやっておれと戦うつもりだ?」
「デバフと違って、バフは──」
瞬間。マイリーの姿が消える。
いや、これは超高速移動──。
「──自分にもかけられるわ!」
行動速度UPのバフを自分にかけたのか。
「しまっ、──!?」
マイリーが一閃させた刀は、別の剣身によって受け止められた。
おれの首から数センチのところで。
いや、これ。普通におれの首を獲りにいってない? 寸止めする気だったのか? 頭、大丈夫か、この妹弟子。
さて。この別の剣身を目でおえば、頼もしいスゥの姿。
武器庫から戦剣〈荒牙〉を回収し、戻ってきてくれたようだ。
「リッちゃんの元カノ、頭、おかしいんじゃないの?」
「元カノじゃないって」
ビー玉を射出させて、マイリーの刀身に当てる。
デバフ殺法:第十八の型【忘れ物だよ】。
そのデバフ効果は、装備の強制解除。
解除された刀が、少し離れたところへ空間転移で弾き飛ばされた。
ちっ、とマイリーが舌打ちする。
おれは勝ち誇らせてもらうとしよう。
「バフと違って、デバフは多種多様なんだよ。バフなんて、攻撃力をあげたり、敏捷性を上げたり。肉体能力を高める程度だろ。そこいくとデバフは、いろいろとできるんだ」
「リッちゃん。この子、どうするの? 気絶させる? やっちゃうよ!」
「あ、よせ」
スゥが、マイリーの頭部へと〈荒牙〉の柄頭を叩き込もうとする。確かに命中すれば、気絶させることができただろう。
マイリーが冷ややかに見返して、
「ばーか」
とたん戦剣〈荒牙〉が弾き飛ばされる。見えない壁にぶち当たったように。
いや実際、ぶち当たったらしい。
物理攻撃無効バリアか。これもバフのひとつだよな。
しかし、効果はそれだけではなかったらしい。
「うげっ!」
と、スゥが顔面を殴られたように、後方に吹き飛ばされる。
なんとか受け身をとったが、物理ダメージを受けたようだ。
「バリアに受けたダメージを反射する効力まであるのか」
複数の駆ける足音が、遠くから近づいてくる。
さすがにここの騒ぎを聞きつけたようで、聖都軍の兵たちが駆けてくるようだ。
おれとスゥも困るが、マイリーも顔をしかめる。
そうだよな。コア機関のこいつが、聖都軍の収容所にいるのがおかしい。おれを追ってきたわけでもないようだし。
そうか。もともとの目的は、スゥにあったのか。
マイリーは今のいままで、『聖都にやってきた神聖聖女とかかわりのある二人組』の片方がおれだとは知らなかった。
だが『二人組の男のほう』を捕縛しそこねた以上、『女のほう』であるスゥを、この収容所から奪いにきたと。
「マイリー。お前も、ここにいるのが見つかったら、何かとマズイんじゃないか」
「いいわ。決着は、またの機会にしてあげる」
刀を取り上げるなり、行動速度UPで駆けていった。
それを見届けてから、おれはスゥに言う。
「おれたちも、兵たちが来る前に逃げるぞ」
「もうリっちゃん、元カノ、最低」
「だから元カノじゃないってのに」




