2,デバフの極意を知れぃ。
「分かりました。今日からおれは、世界最強のデバッファーになります」
亜麻色の髪の美人さんはコーヒーを飲み干してから、
「うん。ちょっと、まとうか。いったん落ち着こう。いま、かなりの会話量をはしょったよね?」
「だいたい察しはつきましたよ。そのデバッファーとかいうものになれば、おれは冒険者もクビにならず将来安泰。で、あなたはそのデバッファー技術を、おれに教授してくれるわけですね」
亜麻色美人さんはふっと笑った。
「やはり、あなたからは私と同じ匂いがするね。……匂いというのは『体臭』とかではなく、思想性というか、」
「いえ、さすがに分かりますよ」
亜麻色美人さんは身を乗り出し、秘密を教えるようにして、おれに囁いた。なんかいい匂いがする。これは本当の匂い。
「ここだけの話、わたしもかつては冒険者だったんだよ」
「『かつて』? いま何歳……あぁ、すみません。女性に年齢を聞くとは」
「いいから、いいから。わたしはいま、22歳。だけどもう悠々自適の引退生活。なぜか? それは人生五回は遊んで暮らせるほど、冒険者として稼いだから。レジェンド冒険者として」
「え、ランク最高の、あのレジェンドランクですか? おお、生きる伝説」
しかし、この人を疑うわけではないが、何かおかしい。
それほどの冒険者、レジェンド級ならば、噂くらい聞いたことがあるはず。
とくに幼馴染のスゥは、子供のころから冒険者に憧れてきた。ようは、情報通。そのスゥからも、何も聞いていないとは。
ま、細かいことは、いっか。
「ところで、わたしがどうやってレジェンドまで成り上がったのか。あなたは想像がつくかな?」
「その秘密が、デバッファーという奴ですね」
「その一を聞いて十を知るところ。無駄な説明を省けて、わたしも嬉しいよ」
うんうんとうなずく、亜麻色さん。
「ところでデバッファーとは、なんですか?」
と、おれは核心に迫る問いを発した。ここ大事。
亜麻色さんが答えるには、
「それは、デバフをかける者のことだよ。デバフとは、敵の能力を著しく低下させ、弱体化させることをいう。攻撃力を下げたり、防御力を下げたり、好みの属性弱点を埋め込んだり」
「ほう。はぁ。ふむ。え、マジですか。それはヤバいじゃないですか」
それは、雑魚敵にはたいして意味をなさない。ゴブリンとか。デバフが利いてくる前に、上級冒険者なら瞬殺してしまうし。
しかし、そんなSランク冒険者さえも苦戦するような、超強敵の魔物が現れたら?
その超強敵の魔物の性能を下げるということは、その魔物を雑魚くする、ということだ。なんて便利。パーティに一人は欲しいじゃないか。
「デバッファー。それは凄い役割ですね」
亜麻色さんは、嬉しそうに微笑んだ。
「あなたなら、このデバフの凄みをすぐ見抜いてくれると思ったよ。アタッカーのように直接攻撃するわけでも、タンクのように分かりやすく貢献するわけでもない。ヒーラーのように、回復してくれるわけでもない。アルケミストのように派手でも、ネクロマンサーのように恐ろしくもない。
そう、デバッファーの凄みを、その説明を聞いただけで分かるあなたは、すでに選ばれた者だ」
「ありがとうです。ですが、いままで、デバッファーがいなかったのはなぜです?」
「それは『デバフをかける』ことができるのが、世界でわたしだけだから。まぁ、知る限りは。ただ『デバフをかける』は、まぁ物理的にできることもある。敵の右足を切断したら、『減速デバフ』と同じ効果だし。ただし、デバッファーは肉体切断みたいな暴力的なことをせずとも、同じ効果をもたらすことができる。それはもう、」
「芸術の域ですね」
「まさしく」
「亜麻色さんは、なぜただ一人、『デバフをかける』ことができるようになったんですか?」
亜麻色さんは、遠くを見つめる眼差し。それから答えた。
「それはね、わたしが前線に出たくなかったから。ようはサボりたかったから。サボりつつ、冒険者としてランクを上げたかったから。そして、見出したんだよ。デバフを」
おれは感動に打ち震えていた。
「……いまから、ぜひ師匠と呼ばせてください!」