19,バッファー。
第四尋問室の前で、騒ぎが起きていた。
廊下では、兵士たちが五人ほど昏倒して倒れている。
その味方を乗り越えるようにして、さらに兵たちが室内へとなだれ込んでいった。
「なんかもうはじまってたか」
おれも後ろか駆けていき、背後から兵たちに肩パンしていく。物理攻撃判定のためにね。
デバフ殺法:第五の型【昼下がりの温もり】。
睡眠デバフ付与。
殺傷せずに敵を無力化させたいときは、何も考えずにこれ。
次々と兵たちが眠りこけて倒れていく。その前方では、素手のスゥが、武装した兵に拳連打を浴びせている。
そしてノックアウトした。
「いつのまに拳闘士になったんだ?」
「剣士だからこそ、剣を奪われたときの戦いかたを学ばないと、だからね。もう、リッちゃん、遅いよ!」
「悪い悪い。こっちも、いろいろとあったんだよ」
にしても、素手で、武装した兵たちを撃破しまくるとは。もしやスゥって、おれが思っているよりも、強いんじゃないか。
なんか自力脱出できたっぽいスゥを連れて、第四尋問室を後にする。
「まって、武器庫、武器庫。わたしの没収された戦剣を取り戻さないと」
武器庫めざして通路を進むと、ふいに嫌な感じがした。
師匠は、おれのこの直感を
──「つわものの直感。または腰抜けの嗅覚」
と名付けたものだが。
前者でお願いします。
とにかく、この通路の先に、強敵が待ち構えている。
スゥが戦剣〈荒牙〉を取り戻していない状態で戦うのは、まずい。
だがここまできたら引き返すことはできない。
ビー玉射出機をかまえて進むと、桜色の髪の少女が、腕組みしているところだった。
端麗な顔立ち、鋭い眼光。食い殺しそうな。
おっと、これはどう評価する?
「スゥ。先に行け。先に」
「え、もしかして、あの人は、リッちゃんの元カノ?! わたしを捨てるの、リッちゃん!」
「元カノなんかじゃない。いいから、〈荒牙〉を取り戻して先に脱出していろ。すぐに追いかける」
不満そうなスゥを行かせてから、おれはどうしたものかと、マイリーに声をかけた。
「あー。こんなところで、なにしているんだ、お前は?」
「それは、あたしのセリフなんだけど? どうして、あんたがこの聖都にいるのよ?」
「いや、それこそが、おれのセリフで──あれ、そういえばお前、聖都が地元だっけか?」
「そう」
と、仏頂面で答えが返ってくる。
師匠エレノラは、厳密には、デバッファーではなかった。
というより、デバッファー兼バッファー。
師匠は、だからサボりの究極の頂に立った人なのだ。
敵にはデバフを付与して、弱体化。
味方にはバフを付与して、強化。で、必ず勝てる状態にしてから味方を行かせ、師匠はお茶を飲んでまったりしている。
デバフと同じく、バフというものも、この世から消滅して久しい。
いまや、味方を強化することのできるバフ付与スキルを持つ者は、世界で二人しかいない。
師匠。
そして、おれと同じ時期に師匠の弟子となり、おれがデバフ付与スキルを学んだように、バフ付与スキルを学んだ少女。
つまり、目の前で不機嫌そうな顔をしている、この妹弟子マイリーだけ。
「あんた、いまあたしのこと、妹弟子とか思わなかったでしょうね?」
「お前のほうが、あとから師匠の弟子になっただろ。十日も遅く、だ」
師匠は、はじめからおれにはデバッファー能力だけ教えることにしていた。
ようは、おれにはバフ付与の才能はゼロだったから。
そして師匠は、おれを弟子にしてから十日後、このマイリーを弟子にした。バッファーの弟子に。
「しかしお前の地元が、ここだったとは。すると聖都軍に?」
「あたしが、こんな雑魚組織に入ると思う?」
「あ、くそ。じゃ、コア機関のほうか」
マイリーは意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「あたり」




