115,だいたい愉快犯は進んで自白する。
闘技場を出ると、内部での狂騒もここまでは届いてこない。
それにこの『位相の異なる』ヴィグ内の魔物たちは、あの闘技場に集まっていたようだ。
ラベンダーが跳ねるような足取りで進み、手招きする。
「ささ、いまのうちだよ。棺桶屋のゲートが開いているはずだ」
「どういうことだ?」
「管理者権限を持っていた悪魔が死んだことで、元の世界につながるゲートのロックも解除されたわけ。そして棺桶屋に置いてきた傭兵くんたちに、キミは〈キー〉を渡してきたでしょ」
「なるほど」
「あと急いだほうがいいよ。〈キー〉を持って傭兵くんが、元の世界に戻ったりしたら、ゲートは閉じちゃうから」
「そういうことは先に言え。なら急がないと──いや、まった。おれたち、遠足で来たわけじゃないんだよ。面倒だが、実に面倒だが。ギルマスの旧友ノーランを殺した犯人が、〈愉悦論の会〉の者か確かめなきゃならないんだ」
それにしても──。
〈愉悦論の会〉の人間、どこにいるんだ?
この『位相の異なるヴィグ』に移動する〈キー〉は、〈愉悦論の会〉の会員が持っていた。
ということは、ここで集って、ルシファー信奉人類代表として、さっきの闘技場でハイテンション熱狂しているべきなのに。
ラベンダーは腰に片手をあてて、小首を傾げる。
「あぁ~。なーんだ。それなら、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「は?」
「ほら、これ」
と、朗らか満点でラベンダーが、〈キー〉のピースを取り出して見せてきた。
おれが、会員№252の死体から入手したものと同じ〈キー〉だ。ただしラベンダーが指摘したように、スプリングの策略だった場合、そうなるよう仕向けられていたわけだが。
ラベンダーが、どうやってこの『位相の異なる歓楽都市ヴィグ』に来たのか。てっきり異空間スキルを使って自力で来たものと疑っていたが。
もっと単純明快、おれやスゥと同じ方法だったというわけか。
ノーランを殺して、ノーランの〈キー〉を奪った、というわけか。
「……いや、しかし、なんだって、ノーランなんだ?」
「まぁはじめは誰でも良かったんだよ。ところがリストの中の一人が、キミのところの冒険者ギルドのギルマスの旧友で、しかも相談の手紙を送っていた。それで様子をうかがっていたら、わが友であるキミとスゥ君がやって来たじゃないか」
「すると、ノーランを殺し、殺人容疑を押し付けてきたのはお前だったのか」
ところがラベンダーがきょとんとして、
「いや、そこは偶然。アタシはキミたちが来たのを確認してから、ノーラン君を殺し、〈キー〉を奪っただけ。キミがタイミングよく第一発見者となり、しかも逃亡して、第一容疑者となったのは、アタシのあずかり知らぬところ」
なぬ。
すると、殺人容疑をかけられたくだりは、本当にただの不運だったのか。
知らないあいだに、不運デバフ付与されていたようなものか。
おれは咳払いして、気を取り直した。
「スゥ。そいつの動きを封じろ。殺人罪で捕縛。ギルマスの前まで引きずっていってくれる」
「了解!」
スゥが戦剣〈荒牙〉を突きつけ、一歩でも動けば斬撃を叩きこむ用意を取る。
しかしラベンダーは余裕綽綽と短剣を取り出し。
「リクくん、スゥさん。脱出方法は教えたからね。アタシは先に戻っている」
なんと、自分で自分の頸を切った。
血が噴き出して、ばたりと倒れる。
エンマに回復スキルを頼む前に、スゥが脈を取って、青くなった顔で言う。
「死んで、るよ、リッちゃん」
「いや、死んではいないはずだ。こんなところで自殺するような奴じゃない。だがすると、こいつは……自分の肉体を捨てることができるのか???」
異空間スキルの次元じゃないぞ、これは。
「……とにかく、ゲートが閉じてしまう前に、棺桶屋に戻るとするか。ノーラン殺しの犯人は明らかになった──」
「リッちゃんの偉大なる推理によって!」
「まぁな~。自慢じゃないが、推理力は自慢したい」
ここまですっかり傍観者に徹していたエンマが、ぼそっと言った。
「……向こうが勝手に自白しただけじゃないですか」
 




