112,阿鼻叫喚の中を征くのだ。
──オルギの視点──
──時は少し遡る。
悪魔オルギの仕事は、ここに集った魔物たちを戦闘状態へと高めること。
人間への憎悪を煽ることは、容易い。
「聞け、わが親愛なる同士たちよ! 諸君らはあまりに永いあいだ、人類たちによって虐げられてきた! 下等なる人類たちによって、だ!」
オルギは考える。
魔物の知能指数は低いが、それでも悪魔の言葉は理解できる。
言語として理解している個体は少ないが、脳に直接通ずるわけだ。
これが魔物が、悪魔族の奴隷種として設計された証拠でもある。
しかし何十万と存在する魔物と違い、いまや悪魔個体は、数えるほどに減ってしまった。
それでなければ、わざわざ『憎悪を煽るための演説』など入れず、ただ命令するだけで良かったのだ。
「いまこそ、人類という下等種族に、鉄槌を下すときぞ!」
魔物たちが熱狂している。
オルギは簡単な仕事ながらも、成果に満足していた。
とくに知能指数の低い、あまたの種類の魔物たちを、こうして一つにできたことは。
これはひとつの達成ではないか。
しかしあるときから何か異変が起きる。
同時多発的に、観客席のさまざまな場所で、魔物たちが破裂し、血と肉の塊と化す。
それが原因なのか、さらに多くの魔物たちが混乱を起こし、または隣にいる同士の魔物へと攻撃を加えだす。
暴力と混乱、そして謎の魔物個体破裂の現象が広がっていくにつれ、ほかの魔物たちも、伝播したがごとく暴れ出した。
先ほどまでは悪魔オルギの演説に熱狂し、心ひとつにしていた魔物たちが。
いまや本能をむぎたしにし、互いに攻撃しあい、食らっている。
ゴブリンの群れがトロールに群がり、スケルトンたちがリザードマンたちと武器を手に争い出す。
しかも異常なのは、同じ種同士でもまた、血みどろの争いを始めるところ。
たとえば、どちらかといえば魔物の中では理性的なコボルトたちが、奇声をあげながら互いの身体を引きちぎりだしている。
この異常性はさらに高まる。
たとえば──個体数が少なく、悪魔も重宝するメデューサが、発狂した様子で、自分の頭部の蛇を引きちぎっている。
「なんだ? 一体、何が起きている?」
これは攻撃に違いない。
だが、一体どうすれば、一万はいた魔物たちをわずか数分で、ここまでおかしくできるのか。
ふいにオルギの視界内に、二人の人間──男と女──が転移してくる。
オルギは苛立たしく言った。
「人間ごときが空間転移スキルを持つか」
人間の女個体のスキルらしい。男個体のほうに、
「じゃ、アタシはこれで~」
と言いおいて、転移して消える。
残された男個体のほうは、オルギに向かって右手を突き出し、エネルギー矢を連射しだす。
まったく痛くも痒くもない、軟弱な攻撃だ。
直観的にオルギはひとつ悟った。
「人間、貴様の仕業だな? わが従順たる下僕たちに、何をしてくれた?」
その人間は恐怖のためか、同じ言葉を呪文のように繰り返している。
オルギには理解のできぬ言葉羅列──
「ドラゴンは、装備品。ドラゴンは、装備品。ドラゴンは、装備品。ドラゴン、装備品。第十八の型【忘れ物だよ】は、百層まで重ねがけが可能」
理解する必要もない。
死を前にした人間の戯言などに。
オルギは死の宣告のごとく言う。
「見よ、下等なる人間!! わがドラゴン形態の、この偉容を!!」
人間は右手をおろして、ホッと溜息をついた。
「『ドラゴン』を装備品と解釈するならば、【忘れ物だよ】のデバフ効果によって『強制装備解除』したとき、どうなるか見ものじゃないか」




