110,貧乳と女心。
『異なる位相世界』というのは──ようは、もとの世界の鏡写しのようなもの。
もとの歓楽都市ヴィグと同じく、中央には巨大な闘技場があった。
スゥが胸を張って言う。
「ラベンダーさん。先日行われた闘技大会、優勝者は誰だと思う?」
ラベンダーはまったく興味がない様子で視線を転じたが、胸を張っているスゥに目を止めて。
「貧乳元気がいい」
「……はぐっ!」
スゥにとって、思いがけない精神攻撃だったらしい。
まぁ確かに、豊かな胸とは言わんが。貧乳は言い過ぎなような。というか、ラベンダーも似たようなものだろう。
とりあえず、スゥを励ますか。
「スゥ。胸は小さいほうが、剣も振りやすい。巨乳だと、邪魔だろ。知らんけど」
「リッちゃんのフォローに愛を感じる。しみじみ」
と、感動した様子のスゥ。
良かった、良かった。
闘技場に近づくと、なにやら騒がしい。
これは闘技場内から歓声が聞こえてくるのか?
そういえば魔物たちがどこに集結しているのか、気にはなっていたが。
「あの闘技場内に、魔物たちが集まっているというわけか?」
ならば悪魔もいるのだろう。
種族位階によると、全魔物の上位種こそが悪魔。
ゆえに、仮に悪魔の中で下位の個体でも、魔物の最上位個体をパシリに使うことができる。
というわけで、何千という魔物を集めることができるのは、悪魔に違いない。
この『異なる位相にある歓楽都市ヴィグ』を支配している悪魔、か。
「その悪魔を殺すことで、元の世界に戻ることができるわけか?」
ラベンダーは右手をひらひらさせて。
「手順その1だよ。そう焦らないの」
「お前のことを一ミリも信用していないことだけは、言っておく」
「あのさ。アタシが、嘘をついたことがある? フライアさんから〈封魔スキル〉を出すときも支援したし」
「しかし、無断でスゥの体内に移譲しただろ」
「細かいことは気にしないの。さ、敵陣に潜入するんだから。アタシたち、人間代表パーティとして、協力していかないと。ちなみに、アタシのスキルは『異空間操作』。短い距離なら、空間転移させることもできるよ。是非とも、キミのパーティの一人として、指示を出してよ」
ちょっと疑念が生まれた。
こいつ、異空間スキルの力を使って、自力でこの『位相の異なる世界』に来たんじゃないか?
つまり、自力で元の世界に戻ることができるかも……
とにかく動かないことには、何も見えてこない。
サボりの境地とは、ほど遠いところまで来てしまったものだ。
闘技場の出入り口には、見張りらしくスケルトンが二体いた。
スケルトンも元の世界、つまりアーゾ大陸でもメジャーな魔物。
ただデゾン付近では出現せず、実物を見たのは初めてだが。
凍結デバフで音もなく始末する。
それから闘技場内に入り、慎重な歩みで、観客席に出るところまで移動。
さっと観客席の様子を確認して、なかなかにぞっとした。
想像よりも多い、魔物たちが観客席を埋め尽くし、熱狂している。
その歓声を浴びているのは、戦闘フィールド上に鎮座する、銀の爪をもつドラゴン。
「ドラゴンか。最上級の魔物だ」
スゥが目をきらきらさせて。
「わぁい。ちょっとわたし、感動しちゃった」
ちなみにエンマは失神三秒前。
一方のラベンダーはくすりと笑い、
「違うんだなぁ。ドラゴンより厄介なのが、あれだよ」
ドラゴンの形態が変わり、翡翠の肌をした、異形の人型と化した。
「紹介するね。あれが、このヴィグを支配している悪魔。テオドール公爵だよ」
スゥががっかりした様子で言った。
「なーんだ、悪魔か」
たまにスゥの反応がよく分からない。これが女心というものか。




