11,ギルドマスター
あまりにくたくただったので、とにかく休みたい。
市民の巻き添えはなかったが、さすがにあれくらい派手に戦っていては、このいったいの人たちは自主避難したようだ。
おれとスゥは、手近のカフェのテラス席に座り、脱力した。
店員は避難しているので、誰も注文は取りにこない。
やがて市民からの通報を受けて、都市警備軍がぞろぞろとやってきた。
ゴブリンのあまたの死体にぞっとした様子。
それからなぜか、おれたちを胡散臭そうな目で、遠巻きにしながら見ている。
「あー、スゥ。なんか知らんが、胡散臭そうな目で見られているのは、気のせいか?」
「んー。リッちゃん。わたし、もう疲れすぎて、思考する気さえ失せたよ」
「そこは同感」
しばらくして冒険者たちも戻ってきた。
それぞれ全力で走ってきたようで、走力の差からか、一斉にということでもなかったが。
馬の育成を行っていないせいで、騎馬とは縁がないからな、この都市は。
しかし、時間がかかったなぁ。
10キロ走るのに、こんなに時間がかかるものかね。おれはかかるけど、鍛えられた冒険者にしては、鈍すぎる。
思うに、ゴブリン軍の消失を受けて、しばらく動きが取れなかったな。
つまり、消えたゴブリンたちはどこに行ったのか、と周囲を探索。
おそらく都市警備軍からの知らせを受けて、ようやく陽動作戦だったと、気づいたのだろう。
ふと見ると、都市警備軍の隊長と、大柄な冒険者が話している。こっちを、ちらちらと見ながら。
眠たそうなスゥが言った。
「あの大柄な人。冒険者ギルドのナンバー3。ダガンさん」
歳は40くらい。顔にも古傷の多い、つわものという感じ。
そのダガンがこちらに歩いてきて、何やら威圧するように言った。
「何者だ、貴様らは?」
さすがにスゥはしゃきっとして、立ち上がり、名乗った。
「冒険者スゥです。あ、こっちは、えーと、元冒険者のリッちゃ、ではなく、リクです」
デバフ殺法連発の反動か、全身が鉛のように重い。なので座ったままで失礼しますよ。
「どうもです」
ダガンがゴブリンの大量の死体を指さす。
「何があった? 誰の仕業だ?」
「わたしと、こちらのリクが撃破しました!」
と、スゥは胸を張って報告。
確かに都市デゾンを守ったのだから、冒険者として誉れの高いことだ。
ところが賞賛のかわりに、怒声が飛んできた。
「ふざけたことを抜かすな! 貴様、冒険者ランクはなんだ?」
「はぁ。冒険者ランク〈銅〉です」
〈銅〉は最下位のランク。ちなみにおれは解雇されたので、それ以下だが。
「〈銅〉ごときが、ゴブリンを500体も撃破できるはずがあるまい。虚偽の報告をするには、何か裏があるのだろう。おい、こいつらを逮捕しろ」
と、後ろに控えていた別の冒険者たちに命ずるダガン。
えー。この展開は、予想外。
スゥも同感だったようで、抗議した。
「そんな。わたしたちは、ここで命をかけて、ゴブリンたちを撃破したんですよ」
おれも加勢する。
「そうそう。冒険者軍がまんまと外に誘い出されている間、空間転移してきたゴブリンの群れが、このデゾンで狼藉を働かないよう、頑張ったんですよ」
スゥが睨んでくる。
あれ。本当のこととはいえ、ちょっと言葉が多かった?
ダガンが怒りのせいか、または屈辱のせいか、顔を真っ赤にした。
「貴様、おれの指揮が過ちだったと言いたいのか! 冒険者の総指揮官を愚弄するとは、何事だ! その首、斬り落としてくれる!」
ちょっと、この人、頭に血がのぼりやすすぎ。
スゥが慌てて、おれを庇うように割って入る。
「申し訳ございません! リッちゃんは昔から空気が読めないところがありまして! 真実を口にしないほうがいいときも、ついつい本当のことを言ってしまうところが!」
「……スゥ。お前もだぞ」
「貴様らぁぁ!!」
ダガンが装備していた戦斧の柄に手を伸ばす。
え、どうするの、これ? 自衛のために戦ったら、冒険者ギルド全体を敵に回すことになるの?
ボーナスどころじゃなかった!
しかし、最悪の事態は避けられた。
静かながらも、無視できない男の声が割って入ってきたので。
「ダガンくん。その手をおろしなさい。デゾンの英雄たちを害するつもりかね?」
ダガンがハッとして振り返る。
背の高い、銀髪の男が、悠然として歩いてくるところだった。
うーむ。ダガンを『くん』付けしているが、どう見ても、こっちの男のほうが若い。
20代中ごろか。
まぁ、ダガンと違って、こちらからは『ただ者ではない』感が伝わってくるが。
「ギ、ギルドマスター!」
スゥが恐縮して言う。
あぁ、この人がギルマスかぁー。都市会議から戻ってきたらしい。
さすがに座ったままだと何なので、おれも立ち上がった。
ダガンが恐る恐るといった様子でわきにどく。
一瞬で脇役になってしまったな、この人。
ギルマスのディーン・ラベットは、そんなダガンは一瞥もせず、おれとスゥの前まできた。
「ダガンくんが失礼したね。君たちのいまの姿を見れば、デゾンを守るため、尽力してくれたのは明らかだというのに。
冒険者スゥ。君がアタッカーを務め、そちらの彼が、後方支援に務めたのだろう。スゥ。君は剣士として、己の技量以上のものを出し切ったはずだ。
そして、リクといったかな。君は、とても素晴らしいサポートをした。できたら、どのような手を使ったのか、教えてはくれないかな?」
なんとなくだが、ここは師匠の名を出すだけでいい気がした。
「実は、師匠──エレノラの弟子でして」
ディーンは少し驚いた様子で、
「エレノラの? なるほど。彼女は、約束を果たしたわけか」
「約束とは?」
「そのことについては、また話すとしようか」
と言うディーンは、妙に満足そうだった。
うーん、冒険者には復職できそうだが、求めていたのとは違うことになりそうな予感。




