109,支配悪魔。
エンマをゴミ箱から引きずり出してから、おれは傭兵ベルナルドに言った。
「あんたも、ここで待機していてくれ」
「いや、おれも都市クオの傭兵だ。すべて他人任せにはできない。同行し、力になろう」
「傭兵としてのあんたの力を疑っているわけではない……」
いまのところ、あまり戦力として当てにならなそう、というのは本音だが。
マイリーならば、多少の戦闘力を持っている者ならば、バフ付与で強化できるのだがな。
おれは、その手のことは無理なので。
続ける。
「……だが、おれたちが死んだ場合、誰かがこの『異なる位相世界』のことを、もとの世界に伝えなければならない。神話級の魔物どころか、悪魔まで集まっているんだ。奴らの目的が何かは分からないが、放っておくわけにはいかない」
ベルナルドは頷いた。
「リスクを分散したい、ということか。どちらかが全滅しても、もう一方が、元の世界に戻り、人類に伝えることができれば、と」
「そうだ。そこの棺桶屋で、おれたちは、この『異なる位相世界』に来た。もしかすると、時間がくれば自動で戻れるかもしれないし。だからこれを渡しておくよ」
〈キー〉をベルナルドに渡してから、おれ、スゥ、エンマ(不承不承)は、ラベンダーの先導で出発。
「もう少し情報を開示してもらいたいね、偽グウェンさん」とおれ。
ラベンダーはにこやかに言う。
「アタシも、とある人の命令で、この『異なる位相世界』の現状を調べることになってね」
「調査対象は、つまり〈愉悦論の会〉だな? ふむ。おれたちも、ある男──ノーランという男を〈愉悦論の会〉が殺したという情報を得て、手がかり追って、ここまで来たわけだが」
「ふーん。誰情報で?」
まぁ、これくらいなら情報を共有してもいいか。
「鴎騎士のスプリングからの情報だ」
「あーあ。まんまとハメられちゃって」
「ハメられた? なにを根拠に?」
「え、まだ読めてないの? この絡繰りが? もちろんスプリングは、キミたちがこの『異なる位相世界』に迷い込んで破滅するよう、そう仕組んだに決まっているじゃない。だとしても、いきなり〈キー〉を渡したら、さすがに怪しいからね。手がかりを撒いて、キミたちを誘導したわけだ。パンのくずだよ」
と、腹が立つくらいに『え、まさかそんなことも分からない??』という顔で、そうラベンダーが言った。
「……スプリングは鴎騎士を裏切り、〈愉悦論の会〉に寝返った、とでも言いたいのか?」
「違うなぁ~。そもそも『鴎騎士団は善良であり〈愉悦論の会〉と敵対している』という前提が間違いでしょ」
「鴎騎士団そのものが、〈愉悦論の会〉に乗っ取られた、とでも言いたいのか?」
「えー。キミ、もっと頭がまわると思っていたのに。そんな単純な話じゃないでしょー」
おれはスゥを見やって、ラベンダーを指さした。
「こいつ、嫌い」
スゥが困った顔で肩をすくめた。
おれはラベンダーに視線を戻した。
「……つまり、おまえが示唆しているのは、『組織名などは関係がない』ということか? 鴎騎士も〈愉悦論の会〉も、結局のところ、ただの名前でしない。ようは、どちらの勢力も、悪魔ルシファーのためにあり続ける、と?」
「へぇ。まずまずだね。だけど、なぜ二つも組織があるのか、その利便性にも目を向けてあげなくちゃ」
「……表と裏で動ける」
「正解~!」
ラベンダーの言うことを、すべて鵜呑みにするつもりはないが。
なんといっても、うちの冒険者グウェンを殺し、成りすましたうえ、なんの目的からか、スゥに〈封魔〉スキルを移譲させた女だからな。
ただ、妙なところで辻褄があう説なのも、厄介なところ。
この『異なる位相世界』から無事に脱出したら、うちの司令塔であるギルマスに、このことを伝えておくとしよう。
ラベンダーが本題に移る。
「ところでキミたちは、オロガリア伯爵を見かけた? 馬の頭の」
「ああ、交戦した」
「そ。生きているということは、善戦したようだね。これなら、『位相の異なるヴィグ』を支配している悪魔を殺すのも、現実味が増してきたねー」
『位相の異なるヴィグ』の支配悪魔は、オロガリア伯爵ではないのか。
すると消去法で、
「この『位相の異なるヴィグ』を支配しているのは、ルチアという悪魔だな? 少年だか少女だか分からない容姿の」
だがどうやら違うようで。
「ルチアって。え。あのチート悪魔まで、ここにいるの?」
何が嫌だって、このラベンダーでさえ、地味に顔が青ざめたこと。




