107,前と、後。
「このおれを斃すだと? 身のほどを知らぬ愚かな人間どもが!」
激高するオロガリア伯爵。
だが、だいぶきつそうだ。
現在、伯爵に付与されているデバフは。
減速デバフが15層。
凍結デバフが12層。
燃焼デバフが10層。
防御力低下デバフが25層。
攻撃力低下デバフが5層。
爆裂傷の持続ダメージが12層。
さらにデバフを付与していけば、先ほど言ったように、ゴブリン並みに弱体化するのは時間の問題。
戦闘ハイの勢いで、悪魔の伯爵を仕留めようとしたとき。
どこからともなく、雪崩のようにネズミの群れが向かってくる。大量のネズミたちに、スゥが顔面蒼白でくるくる回転しだした。
「あわわわわわわわ、ネズミの大群だよぉぉぉ!!」
あまたのネズミは、オロガリア伯爵のもとで集まり、人型の姿となった。
無色透明な髪の少年(またはボーイッシュな少女)の姿に。
だが明確に、右腕から〈ルシファーの鎖〉が伸びている。つまり、こいつもオロガリア伯爵と同じ悪魔ということだ。
しかしいま、意図的にネズミを出したのだろうか?
または、ただの偶然か。
前者だと、こいつ、スゥの弱みを知っていたことになるが。
事前に調べたとは思えない。何か能力で知ったか。
オロガリア伯爵が、少年/少女の悪魔に言う。
「邪魔をするな、ルチア」
「いや、そうはいかないな、伯爵。君はいま、劣勢に立たされている。そして万が一にも、悪魔が人間に倒されるようなことはあってはならない。だから君は、撤退するんだよ」
「……いいだろう。人間、この勝負、預けておくぞ」
ルチアという、いまだ性別不明(というより悪魔に性別はあるのか?)は、こちらに礼儀正しくお辞儀してから、ネズミの大群をまとって、伯爵ともども消えた。
「逃がしたか。ここで悪魔二体との戦いはさすがに厳しかったし。いっか」
というか、なんでここ、悪魔が二体もいるんだ?
〈愉悦論の会〉のバックには、ルシファー勢力がいるということか。
いやそもそも、悪魔と遭遇した人間なんて、何百年ぶりなんじゃないか?
さすがにギルマスも、この報告には腰を抜かすことだろう……まぁ眉くらいは動かすだろ。
先ほど睡眠デバフで眠らせたベルナルドとシーがやってくる。ようやく起きたらしい。
「一体なにが──あの馬の頭の怪物はどうしたんだ?」
「逃げた」
ベルナルドが疑わしそうに言う。
「逃げた? まるで追い詰めていたかのような発言だな」
地響きが起こり、近づいてくる。
さっきも、オロガリア伯爵と遭遇する前に、こんなことがあったな。
悪魔と戦う前に。
おれは地響きの源を見なかったが、ベルナルドが悲鳴めいた声で言った。
「ヘ、ヘカトンケイルだと!! ダメだ! おれたちに、こんな化け物は倒せない!!」
ちらっと見上げると、複数の頭部をもつ、80メートル級のヘカトンケイル。
先ほど遠くから眺めたのと同じ個体か。
今回、そのヘカトンケイルが言葉を発した。
「オマエタチ、人間ハ、オデ様ノ餌ニナル運命ダ」
おれはかぶりを振って、
「知らん」
ヘカトンケイル目掛けて、《デバフ・アロー》連射。
凍結デバフを一気に50層まで畳みかけ、全身凍結させる。
完全なる氷の彫刻となったヘカトンケイル。
最後に、爆裂傷を付与。
はじめの持続ダメージ発動で、80メートル級の異形の超大型魔物が、バラバラとなった。
「悪魔と戦ったあとだと、どんな魔物も雑魚すぎて仕方がないな」
悪魔と遭遇の『前』と『後』では、戦闘観もだいぶ変わるようだ。




