101,棺桶屋。
〈キー〉であるピースが対応する区画に向かう。
そこは歓楽都市にあるまじき寂れたところで、こじんまりした棺桶屋があるだけ。
無人らしく、店内には誰もいない。
蜘蛛の巣まで張っている始末。
「棺桶二つ……」
あれ、わが推論、間違ったかなぁ。
どこにも会合場所に続きそうな秘密の扉とかない。
試しに二つの棺桶の中を確かめてみたが、片方は空っぽ。
もう片方は、なんか子ザルの死体が入っていた。
「なにこれ、寒気がしてきた。寒気が」
スゥが揺るぎない信頼の眼差しを、おれに向けてきた。
「リッちゃん、ここで会合が開かれるんだね」
対してエンマが、
「いえ、これはどう見ても、リクさんの推理が間違っただけでは?」
うん、おれもそう思う。
ところがスゥが、
「そんなことないよ、エンマちゃん。冴えているときのリッちゃんの推理には凄みがあるんだから。今回も、間違いなくここが当たりに違いないよ」
「……」
この流れ、「やっぱ違ったみたいだから再考しよう」とか、口が裂けても言えない。
「もしかすると、この子ザルの死体に何かヒントが……」
持ち上げたら身体がぽきっと折れて、腐敗した死体が崩れた。
「……なんもなかったね」
遠くで歓楽都市の鐘が鳴る。
ふいに〈キー〉が熱を持ちだし、おれはポケットから取り出した。掌で転がすと、〈キー〉に眼が開いている。この片方だけの眼と、目があった。
「いよいよ、ホラーか?」
瞬間。周囲の空間が鳴動しだす。
世界が揺れ出した感覚。
とにかく異常な状態であることは間違いない。
「な、なんだ?」
スゥが戦剣〈荒牙〉を抜き、四囲へと鋭い視線を向ける。
一方のエンマは、「もうこんなのばっかですよ!」と叫びながら、棺桶テーブルの下に潜り込んだ。
さらにホラー展開とばかり、子ザルの死体が笑い出した。
「……ここから出たほうがいい気がしてきた」
「同感だよ、リッちゃん」
棺桶テーブルの下からエンマを引きずり出し、スゥとともに棺桶屋の外に飛び出る。
このときも空間の鳴動は激しさを増していた。
だが棺桶屋を出たあたりで、異常な空間鳴動は、はじまったときと同じように急に終わった。
「なんだったんだ?」
「地震みたいな自然災害じゃなかったよね? 魔法かな?」
タイミングとしては、まず〈キー〉に『眼』が現れて……
いやその前に、歓楽都市の鐘が鳴ったんだ。あれは時刻を知らせていたわけだから。
事前に決められていた時間に〈キー〉が反応したのか。
つまり、定められた時間に、〈キー〉を所持して、定められた場所である棺桶屋にいる必要があった?
その結果は、なんだろう?
「……リッちゃん、なんか空が、凄いことになっているよ?」
見上げるまでもなく、空が真っ赤になっているのが分かる。
そして歓楽都市ヴィグの空気感そのものが変わっている。繁華街まで移動しても、人っ子一人いない。
「どうやら、異なる位相の歓楽都市ヴィグに来てしまったようだ」
「どういうこと?」
「別世界のヴィグに移動した、ということだよ。さっきの棺桶屋が入口で、空気が鳴動していたのが、まさしく『移動中』の様子だったんだな」
とりあえず、おれの推理は正しかったらしい。
良かったー、のか?




