9. 「はぁ……」
「目の前で溜め息なんかつかないで下さい。思わず吸い込んじゃいますし、逃した分悲しくなるので」
「あ、ごめん。辛気臭かったよね」
「いえ、肺が喜んでます」
「肺……? よく分からないけど良かったね」
「それで、リーダーは溜め息なんてついてどうしたんですか?周辺の空気を浄化したいんですか?」
「実は、ずっと使っていた剣が昨日訓練中に折れたんだ……結構気に入ってたからちょっと落ち込んじゃって」
「それは残念でしたね。代わりに私を使いますか?」
「ティアさんは杖しか持ってないでしょ? それに人の武器を借りて戦うのは流石に申し訳ないし、明日新しいのを買ってくるよ」
「……そうですか。ではお金を渡しておきますね、1000万G程でよかったですか?」
「い、いやそんなにいらないよ!? 剣買うだけだからね!?」
「命を預けるものですから、少しでも良い物を買うべきかと」
「そ、それはそうなんだけどさ……ティアさんだって普通の杖だし、俺ばっかりいいのを買ったりできないよ」
「それでリーダーの身の安全が買えるなら私も助かるのですが」
「俺も同じだよ。お金があるならティアさんの安全の為に使って欲しい。これからも一緒に依頼を受けたいから」
「…………」
「だから…………あっそうだ、明日一緒に武具屋を見に行かない? ティアさんも何か買おうよ」
「私は杖もローブもまだ使えます。無駄遣いができる程稼いでいるのですか? まあ一銭も稼がなくても私が一生養いますが」
「う…………そ、そうだね。じゃあ……一人で行ってくる……」
「はっ? どうしてそうなるんですか? 私行かないとは言ってませんよね?」
「え、いやでも……」
「無駄遣いは良くないと言っただけで、買い物には付いて行きます」
「急な誘いだし、明日何か予定とか……」
「ないです。24時間365日エブリデイ暇です」
「そ、そうなんだ……なら、いいんだけど」
「行く武器屋は決まっているんですか? 何を買うかは? 着ていく服は? 初めてのキスの場所は? 良ければ私が決めておきますが」
「それが……まだ何も考えてないんだよね。剣は買おうと思ってるだけど……無計画で悪いし、やっぱりまた今度に」
「何があろうと行きます。意地でも行きます。槍が降ろうと行きます」
「え、あ、うん…………槍が降ったら別の日にしよう」
「分かりました。それでは、私は明日の準備をしてきます」
「今から? まだ朝、だけ……ど…………」
宿の食堂で朝食を終えたティアが目にも留まらぬ早さで自分の部屋に戻って行く。
その後ろ姿を見ながら男は空になった皿を重ねる。
「断られなくて良かったけど、もしかして気を遣わせちゃったか……」
男はティアの顔を思い浮かべながらテーブルに置かれた水を飲む。
「でも明日、楽しみだな」
喧騒に包まれる食堂の中、男は小さく呟いた。