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献誌  作者: れおすぎ
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献誌2

 学校でも、相変わらず僕は空気だった。

 話しかけられることはまずないし、もちろん自分から話しかける友達もいない。授業中も、基本的に僕はいないものとして扱われるから、先生にさされることは皆無だし、寝ていようが、スマホをいじっていようが、ふけようが、何のお咎めもない。

 別にイジメられているわけではない。僕はそんな可哀想なやつではない。――ただ単に、いないものとして扱われているだけだ。

 これは彼女に無視される前からのことで、そもそも僕というロクでなしは、周りからそういう扱いを受けていたのだ。

 だからこうして、唯一の友達であり、幼馴染でもある彼女から無視をされようと、正気を保っていられる。――我ながら自画自賛的であるが。

 そんな僕とは反対に、彼女は品行方正、成績優秀で教師受けも良い。加えて男子人気もある。端正な顔立ちと落ち着いた雰囲気がミステリアスな風を醸し出しているのだろう。――まあ、仏頂面で誰とも馴れ合わないために、同性からはかなり嫌われているが。

 それはともかく、彼女は優秀で将来を期待されていることに違いはなかった。

 たしかあれは、数ヶ月前のことだった。担任の教師が彼女に向かって、僕なんかと連むのをやめた方がいい、と言っていた。――成績下位で、不登校気味で、登校しても屋上でサボり倒すような不良とは、関わらない方がいい。担任の彼は彼女をそう説得していた。それも、僕もいる教室でだ。

 いくら空気扱いになれている僕でも、このときはかなりショックを受けた。ハッキリと、明確に、胸に刻まれている。

 担任に悪意がないのも、僕をさらに傷つけた。――彼は純粋に彼女を心配していただけだった。優秀で、優しくて、品行方正な彼女の将来を案じていたからこその言葉だった。

 まあだから、余計に傷ついたのだけれど。

 そのことがあってから、僕はほとんど授業に出ていない。教室にいるとなんだか惨めな気持ちになるからだ。

 そういうわけで、僕は登校したにもかかわらず、こうして屋上で授業をふけているのだった。

 学校にきて、屋上へと直行して、小説を読む、はたまた惰眠を貪る。――で、放課後のテキトーな時間に帰る。

 それが僕の一日だった。

 そんなことなら学校に行かない方がいい。――そう思う人もいるだろうが、たぶん、これは、僕のプライドがそうさせているのだと思う。

 学校にこなければ不登校、家にいれば引きこもりのレッテルを貼られる。

 たぶん、僕はそれが嫌なのだ。

 あいつは『不登校の引きこもりで可哀想なやつ』だと思われるのが許せないのだ。

 だから、こうして形だけ学校にきて、『授業をサボってるやんちゃなやつ』くらいに思われたいのだ。そこが僕のギリギリ許せるラインなのだ。

 まあ実のところ、周りからすれば僕は見事なまでのステルス性能で、まったく認知されていないわけなのだから、そんな周囲からの目なんて、気にする必要はまったくないのだけど……。

 事実がどうあれ、僕がそうしたいのだからそうしている。

 ちなみに僕がこうして学校にくる理由がもう一つある。

 それは幼馴染である彼女だ。

 彼女は放課後になると、決まって屋上にやってきて、ボロボロのパイプ椅子に座る。錆だらけのパイプ椅子が彼女の定位置だ。

 彼女はカバンの中から漫画雑誌を太ももに取り出して、読み耽る。

 深窓の令嬢風な彼女は、意外にも漫画が大好きなのだ。――彼女は毎日違う漫画雑誌を持ってくる。少年誌、青年誌、少女誌、女性誌、それから週刊誌、月刊誌、そこら辺の雑誌を網羅しているようだった。雑食にも程度があると思ったけれど、それほど、漫画が好きなのだろう。

 彼女が漫画雑誌を読み始めると、僕は決まって『献花』(長編小説)を取り出して読むフリをする。読むフリをしながら、文庫本越しに彼女の姿を見ているのだ。

 いや、盗み見とかではない。構図的には確かにそうなのだけど、僕にやましい気持ちは一切ない。もちろん彼女に好意を寄せているとかでもない。

 この行動をなるべく論理的に説明するなら、それは――彼女に見入っていた、だ。

 絵になるのだ。

 彼女はただ、漫画を読んでいるだけなのだが、それが美しい絵になる。――育ちの良い彼女が、とても品良く、分厚い少年誌をめくっている姿は何ともアンバランスというか、とてもミスマッチで、風情があった。

 もちろん、いつもの仏頂面では、せっかくの絵が台無しだが――彼女は漫画を読むとき、非常に感情豊かなのだ。

 僕の目なんて憚らず、思い切り笑い、泣き、怒り、喜び、驚く。普段の鉄仮面からは想像できないほど表情豊かで、感情が移ろう。

 それが、僕の心に、沁みた。

 普段は決して見せない表情に、僕は惹かれたのかもしれない。ギャップ萌えというやつだろうか? 

 自分の心なのに上手く説明できないのだが、とにかく、僕は漫画を読む彼女に釘付けだった。

 一度だけ、僕の視線を指摘されたことがあった。

 理由を訊かれた僕はとっさに「漫画に興味がある」と、適当に答えた。

 活字中毒の僕が漫画に興味があるなんて意外だったのか、彼女はポカンとした。それから微笑んで、読み終わった雑誌を僕に貸してくれた。

 以来、彼女は読み終えると、必ず僕に貸し渡すのだが……。――無視が始まってからは、貸してくれなくなった。

 まあ当たり前っちゃ、当たり前なのだが、何となく寂しい気持ちになる。疎外感を感じる。

 それに、漫画の続きも気になっている。視線を誤魔化すためとはいえ、僕のほぼ嘘に、彼女は好意で漫画を貸してくれていたのだ。その手前、読まないわけにはいかないし、読んでみると、これが意外と面白くてハマったものも数作品あったのだ。

 だからずっとお預け状態をくらっている。

 意地悪だ。

 けれど、彼女の意地の悪さはここからが本番で、なんと、読み終えた雑誌を僕の隣に積み上げていったのだ。

 フェンスの手前に、ピラミッドの形に、積んだ。――これみよがしに。

 いくらなんでも、これは意地悪が過ぎるんじゃないか?

 まあ元々僕が原因の喧嘩だし、無視されるのはまだ許容できるのだけど、これは些か頭にくる。

 ここまでされると、僕も意地になってしまうというものだ。――そっちがその気なら、僕もとことん口をきいてやらないからな。

 僕は偉そうにそう思った。

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