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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第2章 1976年 テヘラン②
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第8話 ホスローとの出会い

 いかめしい内装の部屋の中では、自然と空気が重くなるようだ。イラン外務省内部の部屋だけあって、質素な作りとなっており、それがなおさら一種の冷淡さを醸し出している。目の前には険しい顔をした男たちが手元の書類を読み、隣同士でボソボソと話している。一人の男性が手を上げ、


「……すみません、この値について質問なんですが」


 と口にし、以降彼らから専門用語のシャワーが吐き出される。俺は急いでペンを走らすも、ポロポロと内容がこぼれていく。おまけに前の文章も書ききれておらず目も当てられない状態だった。冷や汗をタラタラ流していると、


「ふふっ☆」


 コリン先輩が生暖かい目で見守っている。それがまた俺を慌てさせた。笑ってないでフォローしてくださいよ……。涙目になりつつ内心恨めしく思っていた。


 今日この場では条約締結が行われていた。イラン側・アメリカ側の代表が揃っており、石油に関する協議を行っていた。新人だからとりあえず顔を出せ、ついでに議事録を取ってみろ、ということで投げ込まれた。


 結果は前述の通り。溺れないようにアップアップとしている状態である。ちらっとメモを見ると、読み返すことができるのかと思うほど雑な字で書いている。心が折れそうになる中、なんとか踏ん張ろうと気合いを入れ直していると、


「それでは本日の打ち合わせは終了いたします。みなさまお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました」


 淡々とお開きの声が響き渡った。部屋中に緊張がほぐれていき、


「どうも、ありがとうございました。またよろしくお願いしまーす」


 身体中から一気に力が抜け、頭からはぷしゅーと煙が立ち上がった。先輩はニヤニヤ笑いながら、


「まあまあ。最初はこんなもんだって。経験積んでいくと何言っているか分かるようになる。さ、頑張ろう」


 それっぽいアドバイスを入れているが、明らかに弱っている後輩を見ているのを楽しんでいた。ちくしょう、いつか絶対に見返しやる。ひとり胸の中で誓っていると、


「こらこらコリン。あまり後輩をいじめるなよ。ただでさえ貴重な中東要員がいなくなってしまうぞ」


 浅黒く彫りが深い顔立ちで、豊かなあご髭を蓄えた人物が我々の元に近づいてきた。確かイラン側の代表として会議に出ていた方だったっけ。口にしている用語は理解しきれなかったが、立板に水のような話し方と堂々とした態度、仕立てのいい紺色のスーツ姿、などといかにも仕事ができるオーラが漂っていたの。


 その人はたしなめることを言いつつ、親しげな笑顔を見せて先輩に近づいてきた。コリン先輩もリラックスした表情を見せつつ、


「こらこらホスロー。内政干渉に当たるぞ。さては新人教育を妨害して、アメリカの国力を割く魂胆だな」


 笑いながら応えた。先方も同様に楽しそうな顔を見せながら、


「またまた。そんなんで国力下がるなら、とっくのとうに赤い国々の餌食になっているだろ。そもそも友好国の戦力を削るバカがいるかよ」


 ごもっともな意見を教示していた。改めてコリンさんは俺に軽く目配せをし、


「こいつはジョン。われわれ国務省のホープだ。まあ、仲良くやってくれ。ちなみに入省時の配属先希望では、イランは栄えある第四志望だったそうだ」


 見事にアメリカの国力を下げるような発言をしてくれた。……そんな言い方するとグレるぞ。赤い国に機密情報を売っちゃうぞ。


「ガーハッハッ!! なるほど!!!」


 ツボに入ったのか、イラン代表は部屋中に響き渡る声で笑った。周囲の人は『またか』と呆れた顔をしていた。


「オッケー、ジョンよろしく。俺はホスロー、イラン外務省の人間だ。イランはいい国だぞ。今後仲良くなって配属先希望を二位まであげてやるよ」


 二位まででいいんかいと思いつつガッチリと握手。身にまとう雰囲気と同じく、手にも力強さがこもっていた。彼は先輩の方に目線を変えて、


「さてと。期待の星も来たことだし、あれいっちゃいますか」


 楽しそうな顔でいった。コリン先輩もうんうん頷いて、


「いいっすね! じゃあ業務も終わったので、あれいっちゃいましょう!」


 お二方は「イエーイ」とノリノリで共感した。ひとり蚊帳の外の俺はポカン状態である。……あれとはなんぞや。

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