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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第1章 1976年 テヘラン①
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第7話 ホメイニ師

 さて翌日。大使館に出勤したばかりの朝。気持ちを切り替えなければならないものの、ウキウキした心が顔に出てしまっていた。そんな不届き物をコリン先輩が見逃すはずもなく、


「えらく楽しそうだなあ、ジョン君よお」


 新聞を丸めつつ肩を叩いている。案の定、思いっきり不機嫌そうなオーラが漂っていた。


「お、おはようございます。気持ちのいい朝ですね」


「おめえほどじゃねえけれどなあ」


 そして割と粘着質だった。自分が許可したくせに。


「ったく、若えやつのささやかな楽しみと思って解放したが、こういうニヤケヅラを朝っぱら見ることになると思うと、やめときゃよかったよ。もっと仕事を押し付けて社会の厳しさを味わわせておけばよかったよ。けっ!」


 一晩で理解ある先輩からに最低な先輩に成り下がっていた。仏頂面を貼り付けたままコリンさん新聞に目を向けた。そして先ほど以上に目元に皺を寄せ、


「ったく、またコイツかよ。ほんとウゼエんだよなあ。俺たちの仕事を増やすようなことするなよ」


 かなり辛辣なコメントをしていた。横からちらっとみると、深い皺が刻まれ、イスラーム圏でお馴染みの長い髭を蓄えた男性が載っていた。別文化圏の人間から眺めても、威厳のある顔だった。


「誰だこの人?」


 ついぽろっと感想を言うと、キッとした顔で先輩に睨まれた。盗み見たことがバレて慌てて自分の机に向かうも、


「……ジョン。戻ってこい。折角の機会だからテメエもこのツラを頭の中に叩き込んでおけ。いつかどっかで腐るほど目にするだろうからな」


 紙を破りかねない勢いでテーブルに新聞を広げた。もう一度写真を眺めると、下にこの人の名前が書いてあった。


「アーヤットラー・ホメイニ」


 記事の内容をみると、現在イラクにいるこの男性が国王を中傷したということだった。どうやら白色革命と呼ばれるパフラヴィー国王の政策に批判的とのこと。それだけであれば目くじるを立てることでもないように見えるが、


「煽動家だよ! 社会不安を巻き起こして、この国を混乱に陥れようとしてんだよ。せっかくイランが良い方向に進もうとしているのに困るんだよね、こう言うことをされると」


 いつになく憎々しげな口調で評していた。経歴をみるとイスラーム法学者とのこと。宗教都市コムの神学校で教鞭を取っていたが、レザー・シャーの近代政策を批判して国外追放を受けたとのこと。彼の理想はイスラーム教に基づいた国家を作るとのこと。


「二十世紀にもなってイスラーム教だ? 時代に逆行してるんだよ。当然いまの体制と相入れない思想だよ」


 普段の抑えている言い方とはかけ離れた、人によってはケンカを売るようなもの言い方だった。


「あの……俺たちは行政官ですよ。あまり政治的なことはついて大声で話さない方がいいのではないのでしょうか……。意外なトラブルの元になるかも知れませんし……」


 なおもぶつくさ言いそうな表情である。ただ俺の言葉に一理あると思ったのか、


「そりゃそうだな……。ちょっとボヤキで国際問題につながるのも馬鹿馬鹿しいわな」


 すぐに冷静さを取り戻した。以降この件にういての話題は出ず、すぐに今日の業務の打ち合わせに入っていった。それでも俺の中では「アーヤットラー・ホメイニ」の顔と名前は一気に叩き込まれた。後年振り返ってみると、先輩の嗅覚というのはかなり鋭かったことを思い起こさせられる。この男性のためにイランは良くも悪くも大きく変わったのだから。

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