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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第1章 1976年 テヘラン①
7/27

第6話 テヘラン大学でのライブ

 ライブ会場となっている教室にいくと大勢の人間が集まっていた。前の方は出場メンバーの友人たちで固まっており、冷やかしみたいな人たちが後ろの方でバラけて鑑賞していた。自分の学生の頃を思い出す。アメリカでも内輪感が満載だったが、どこの国も同じなんだな。


「で、演奏している曲はというと」


 ギターがガンガンかき鳴らされ、アップテンポなボーカルが特徴的だった。アメリカンロックを思わせる曲で、やはり聞き覚えのある旋律だった。それでもペルシャ語の歌詞からイランの曲と伺える。祖国の文化が積極的に取りいられると聞いていたが、直接触れると感慨深いもんである。音楽少年の自分としてはソウルメイトを見つけた気分だった。


 そしてバンドの演奏は終わり、奏者の人たちが舞台袖に捌けていった。次の人たちを待っていると、辺りがざわつき始めた。えっと時間的にファーティマたちの順番か。目の前の反応を見るに校内でも有名なんだな。


 と、男女四人組のメンバーがやってきた。ドラムの人がみんなに手を振り、ピアノに座ったのがミナちゃんさん。んで、ベースがファーティマ。ギター&ボーカっと。ギターとドラムは初めて見る顔だ。おそらくコリン先輩のパーティにはいなかったのだろう。


ージャカジャン

ードンドン

ーティンティン


 各々が音合わせをしている。その間の聴衆のワクワクしている空気。そうそう。これこれ。


ートントン

ージャーン!!!


 そしてメンバーが観客の方に目を向け、演奏を始める。カントリー風な陽気なイントロが流れると、わあっという空気が広がった。ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリングストーン』。イランでも人気なようだ。みんなノリノリで身体を揺らしている。ちょうど自分も学生時代に歌っていたから、より懐かしさを覚える。一つひとつの歌詞が頭の中に残っていて、彼らの演奏に共鳴している。


「How does it feel」


「How does it feel?」


 もう十年くらい前の曲だが、いまだに新鮮に感じるのは不思議なものだ。強引にでも参加の機会を与えてくれた先輩に感謝しなきゃな。ツッコミどころは多々あるものの。


 と演奏しているファーティマに目を向けていると視線がぶつかった。たまたまかなと思いそのまま見ていると、先方がウインクしてきた。っちぇ。自信を持っている奴は眩し過ぎてやだねえ。



 予定された全ての演奏が終わり、聴衆は三々五々帰路に着き始めた。流れに乗り会場の出口の方へと向かうと今日の演者が出迎えてくれた。知り合いと思われる人たちが逐次ちょっとした談笑をしており、祭りの後の雰囲気が漂っていた。


 俺も招待者がいないかなと目を凝らしつつ歩いていると、ちょうど列の端にお目当ての人物は立っていた。友人が多いのか道ゆく人たちに笑顔を交わしていた。と、ファーティマも俺のことを見つけて小さく手を振った。俺は先方に近づき、


「お招きありがとうございます。確かに自慢するだけ上手かったですね」


 ファーティマに対して本日の感想をお伝えした。彼女は軽く胸を反らして、


「ええ。楽しんでもらえると思ったのでお声がけしましたし」


 自信溢れる姿勢を見せた。先ほどのプレイと同じ輝きを思わせる。


「仕事サボってきた甲斐がありましたよ。久しぶりに学生気分に戻れました」


 後ろの人たちが続々と出ている中で止まっているのは悪い。後進に譲る上でも、『じゃっ』と手を上げつつ立ち去ろうとした。すると彼女の方から、


「あっ。ちょっと待ってください。汚れがついてますよ」


 そう言って肩の辺りを払われた。いけねっという気持ちと、そんな汚れることあったっけな、という気持ちを持った。何度か触れられる中、胸ポケットに異物を入れられた感触があった。


「もう大丈夫です。今日はありがとうございました」


「あ、ああ。こちらこそ誘ってくれてありがとうございます」


 今度こそ本当に立ち去り、建物を後にした。外はもうだいぶ日が暮れており、赤茶けた空がキャンパスを染めていた。アメリカにはない寂寥感が漂っており、こういう空を見ると砂漠の国に来た実感がする。


「さてと」


 先ほどの感触は何だったのか。左胸のポケットに手を伸ばしてみると、紙のようなものが入っていた。はて何か伝言かなと思って開いてみると、


「ん?」


 TELとアルファベットで書かれた後、八桁の数字が書いてあった。確かテヘラン大使館の番号も八桁だよな。冷静に読むとこれは電話番号だよな。うん。女が男に連絡先を渡すってことは、


「うん!!! よし!!!」


 心の中で小さくガッツポーズをした。殺伐と思われた駐在生活に、ちょっとした彩りが混ざった。この国のお作法が何なのか想像もつかないが、新しい縁ができたことで舞い上がっていた。まずはどこに行こうかデートプランを頭の中に描き始めていた。

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