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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第1章 1976年 テヘラン①
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第5話 テヘラン大学での講演②

 講義が終わった後、ちょっと一服ということでキャンパス内のカフェで一休みをしていた。イランはチャイと呼ばれる紅茶が名物とのことなので、アイスティーを手にしつつ、


「なんか彼らって今の政治について快く思っていないんですね」


 先ほどの感想を口にした。英語で話しているので周りに聞かれる心配はなかったが、念のため小声で口にした。


「まあな。今の時代はエリート層の若い子たちほど体制に批判的になるからな。ある意味では若さの特権だ。当然っちゃ当然だよ」


 そういうもんなのか。なんか違うような気がするな。政権批判を超えた何かがある印象を受けたが。依然として釈然としないものを抱えていると、


「お前さんは来たばっかだからな。表層的な部分しか見えないだろうが、時間が経つごとに彼らの気持ちも少しは理解できるようになるさ。今は目の前のことを感じるまま感じるようにしろ」


 そういうもんなのか。イランにも見えないわだかまりがあるということか。


「一つだけ言えるのは、革命ってものは世界観やら概念やらを良くも悪くもガラッと変えちまうもんだ。共感していればいいんだが、人によっては反感を覚えることもあるってもんだ。この後は自分で勉強して勘所をつけられるようにしなきゃな」


「はい。わかりました」


 異文化理解というのは難しいもんだな。まだまだ勉強しなきゃなと思っていると、


「しっかしまあ。日本駐在を考えていた人間が、中東に来るとなると勝手が違うから大変だよな。文化的についての鼻が全然利かないだろ?」


 また志望について蒸し返されたよ。反論したいが、全然意図してなかったキャリアなのも事実なので、しぶしぶ頷いた。


「ちなみに他に何語を志望していたんだ?」


「えっと。日本語・ヘブライ語・ドイツ語・ペルシャ語・フランス語ですね」


 先輩は目をパチパチとさせた。数秒間を置いた後、


「えっと。すまん。全然傾向が見えないんだが……」


 正直な感想を述べられた。ですよねー。統一感が全然ないように聞こえますよねー。分かりますー。


「意識していたのは政情が安定している国かどうかです」


 俺の答えを聞くとコリンさんはさらに目をパチクリとさせた。加えて頭を抱えるポーズを取り、


「えっと。悠々自適に外国で働きたいとかそういう理由か?」


「……って思っちゃいますよね」


 まるで大学一年生がテキトーに第二外国語を決める時のような選択だろう。そう狙っているようにしか見えないよな。


「ってことはなんか理由があるのか?」


「ええ。口にするのは恥ずかしいのですが」


 前置きをエクスキューズした上で先輩に理由を述べた。


「若い時にありがちといえばありがちなのですが色々悩んでおりまして。このご時世ピリピリしている中で世界平和を成し遂げるためにはどうすればいいか、大学生のときに考えたんですよ。模範的な回答としては馬の合わない人たちとも仲良くしましょうなんでしょうけど」


 映画やらドラマやらで腐るほど溢れているし。しかし誰もが聖人君子になれるわけではない。


「自分は嫌いな奴と友好関係を結ぶことにはは興味なくて。どちらかというと友好国と協調して更なる発展を目指すのがいいかなと。発展した経済や文化が周辺の国に波及して、世界の安定化に貢献できれば良いかなと頭に浮かんで。仲が悪い奴らとはどこまで行っても仲が悪い、ってのもあると思いますし」


 人と人が分かり合えないものだから、いわんや国同士は尚更だ。とはいえ自分の理想も夢物語に近いものがある。何をすればいいかイメージできておらず、長い労働者生活を通じて少しでも成し遂げたいなと思っている程度だ。


「……なんか不思議な考えを持ってきているんだな」


「かもしれませんね。同期と会話していても何かズレている感触がありますし」


 別に仕事は友達を作る場ではないから構わないのだが、寂しく思わないでもない。


「まあ、何ていうか。出来るかどうかはわからんが。頑張れや。この国はいまどっちに転ぶかわからない状態だしさ」


 また、何か匂わせるようなことを口にした。不審に思っている俺に対して、先輩も何か感じ取ったのか、


「そんなことよりもジョンの一番のミッションはイラン人の友達を作ることだ。例えばこの前ちょっとイイ感じだったあの子とかさ」


 俺の心を見抜いているかのような発言をした。いやいや偶然に違いない。ファーティマのことでは断じてない。そう思い込もうとするも、


「確かあの子ってテヘラン大学の学生なんだよな? んで、バンドをやっていると。そして、それが今日この日だと」


 官僚というのは情報をしっかり押さえるのが鉄則というが、コリン先輩は見事に体現していた。わざわざ人のプライベートについて披露しなくていいのに。


「…く、詳しいですね」


 負け惜しみのようにつぶやいた。先輩は何でもなさそうに、


「ん? ミナちゃんが教えてくれた」


 そうだった。コリンさんには太いパイプがあったのだ。顔の広さというのは怖いもんだ。目の前の人はニヤニヤした顔つきで俺を眺めて、


「さてさて。ジョン・バートンくん? 気になるあの子のライブに行きたいかね?」


 試すような言い方をした。ついつい本音を吐き出したくなったが職業倫理を強く持ち、


「……私は外交官の道を選んだ時、何よりも仕事を最優先にすると決めました。いまは勤務時間中です。遊びに行くなどもってのほかです」


 決意を込めて宣言した。言ってやったぜという気持ちが充満するも、先輩はこれ以上にないくらいガッカリした顔を見せた。


「おめえさ……。なにツマンネーこと言ってんのさ」


 どストレートに暴言を吐かれた。いくら何でも直接過ぎではないっすか。


「あのな。よく考えろよ。『たかが』仕事だぞ。優先順位をしっかり考えて遊ばないと損だぞ。公僕とはいえ気分転換も必要だかんな。仕事しかない人間なんかになるなよ」


 そしてなぜか人生論を語られた。そこまで言うか。


「そ、それはそうですけど。で、でも。自分は来たばかりの新人で。そ、それなのに規律を破るのはいかがなものかと」


 清く正しいロジックを構築して必死で弁解した。先輩は目を糸のように細め、


「あーはいはい。わかったわかった。ちっ。最近の若者はめんどくせえな」


 間違ったこと言ってないのに何故かキレられた。んなアホな。


「んじゃ、業務命令だ。現地の人たちの暮らしを見つつ、可能であれば仲良くなってこい。どうせ新人のお前にはロクな仕事はできねえんだから頭数に入れてねえよ。せっかくの機会を有効活用しろ」


 サボりを先輩から推奨されるという非常に摩訶不思議な状況になっている。行政機構としてそれでいいのかと。とはいえ、メリットしかない提案であるし、これ以上抗弁して先輩の不興を買うのもバカバカしいので、


「では……。お言葉に甘えて……。現地視察に行って参ります」


 できる限りシブシブという風に聞こえるように、業務命令を受託した。先輩はしっしっと、追い払う仕草をして、


「わかったから。さっさと行った行った」


 俺は慌てて会場の方へと向かった。


「がんばれよ~」


 そろそろ反応するのもかったるくなってきたので、聞こえないふりをした。

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