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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第4章 1977年 テヘラン
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第17話 一夫多妻制

 いわく、お兄さん(アリーさん)、第一奥さん(レイラさん)、第二奥さん(ナディラさん)は幼馴染とのこと。同じ小学校・中学校に進んでおり、三人でよく遊んだこと。その中でもお兄さんとレイラさんが次第に仲良くなり、それを機に一旦ナディラさんとは疎遠になった。


 大学卒業後しばらくしてからアリーさんとレイラさんは結婚。幸せな家庭生活を築いていった。ナディラさんも親の紹介で縁談が始まった。おのおの穏やかな時間を過ごしている中、ナディラさんが病気になった。命に別状はなかったが、彼女の両目からは光が失われた。日常生活は周りのサポート込みで送れるものの、こと縁談に関してはどの家からも断られるようになった。


 アリーさんはその頃から事業を始めており、すでに軌道に乗っていた。自分の財力ではもう一人の妻を娶る余裕もあると考え、ナディラさんと結婚することを決意。彼女の両親も昔からアリーさんのことを知っていることもあり、彼女の結婚を了承したとのこと。



 食事後、他の参加者の方から離れた位置でサモワールを囲んで俺・ファティマ・第一奥さん(レイラさん)で話していた。ファティマが俺の方を見て、


「やっぱりびっくりするでしょ」


「……少しは」


 俺の言葉に彼女はしゃあないという感じで頷き、


「欧米とかではない文化だからね。一応コーランで一夫多妻が認められているのは、男が好きなだけ妻を持てるように、という意味ではないからね。戦争で夫を亡くした妻に対してのセーフティネットという意味合いが強いの」


 彼女の兄さんは当時の精神に則って、あるべき対応をしたというわけか。一種の面から言えば人道的であるすら言える。とはいえ引っかかる点があり、


「あの……。もう一人の奥さんが出来るときって、元々の奥さんは気にしないのでしょうか」


 あまり突っ込んで聞いてはいけないような気もしたが、気になったのでついつい口にした。レイラさんは肩をすくめて、


「気にしない、なんて言ったら嘘になるわね。ナディラだから承諾したけれど。他の女でかつ不埒な気持ちからだったら夫を半殺しにしてたかもしれないわね」


 さらりと物騒なことを口にした。


「法律では認められている。文化的にも問題ない。とはいえ、女たちにとっては割り切れない部分があるのも事実よ」


 あなたたちの感覚も一理あるわよ、と付け加えた。以降、自分達は何も言えず、目の前の紅茶を口にしていた。そこでトントンと足音が聞こえてきて、お兄様とナディラさんが戻ってきた。


「三人でどんな話してたの?」


 邪気なく尋ねられたところ第一奥さんが、


「うーん。私たち三人の不思議な関係の話してたよ!」


 あっけらかんと口にした。そうだよねー不思議だよねー。ねー。と和気藹々と口にしていた。ひとえに幼馴染だからこそ、三人の関係は上手くいっていると推測された。


「それじゃ、ジョン。わたしたちはお暇しましょ」


 ファーティマに促されて俺は玄関口の方へと歩いた。するとご夫婦の皆様が見送りに来てくださった。


「また来たら遊びましょー」


 とお兄様。


「次来たらまた何か振る舞うわよー」


 とレイラさん。


「ファティちゃん。元気でねー」


 とナディラさん。ファティに挨拶をした後、白杖を持ちながら俺の方へと一歩近づいてきて、


「バートンさん。イランを楽しんでいただけてますか?」


「はい。料理はおいしいですし。みなさん優しく接してくれますし。最初は成り行きでの赴任でという気持ちでしたけど、いまは最初の駐在先がイランでよかったと思ってます」


 俺の言葉を聞いたらナディラさんは頬をゆるめて、


「それはよかったです。私たちははぐれた兄弟ですから仲良くやっていきたいものです」


 真っ直ぐに俺の方に目を向け、


「エンシャー・アッラー。あなたのイラン生活が実りあることを祈っています」


 胸の前で手を重ねて軽く頭を下げた。俺も彼女の口にした言葉に戸惑いつつも、すでに先を歩いているファティに置いてかれないように、急いで外に飛び出した。



 気温差があるため夜の風は特に冷たく感じる。透き通った空気は白い三日月がくっきりと浮かび上がらせ、俺たちの足元を照らしていた。しばし何も言わずにファティと帰路についた。あまり無言でいるのも耐えられないので、


「なあ。さっきナディラさんが言ってた『エンシャー・アッラー』ってどう意味?」


 疑問に思ってたことを尋ねた。


「えっと、そうね」


 彼女はしばし考えるポーズをとり、


「そのまま訳すと『アッラーがお許しになるなら』という意味ね。未来への期待とか願いとかを伝える時に、この国ではよく使われるわね」


 結構大仰な言い方だな。


「英語で表現するとなると、そうねえ」


 しばし考えるそぶりを見せた後、


「グッドラック!」


「絶対に端折りすぎだろ!?」


 そんなノリじゃなかっただろ、ナディラさんは。


「まあまあ。翻訳できない言葉は雰囲気とフィーリングが大事なのよ。祈る気持ちを受け取れれば十分よ十分」


 あははと手をひらひらさせた。与太話をしているうちにファティと分かれ、家路についた。イランの中で過ごすうちに、知らず知らずに理解や知識が増えていった。当然ながら愛着も。まだ第二の故郷とまでは言えないが、重要な場所となるまでには自分の中で大きくなっていった。



 だからこそ、この後起こる一連の事件に、俺は身を半分引き裂かれるような葛藤を抱くことになる。

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