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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第4章 1977年 テヘラン
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第16話 ホームパーティ

 うららかな午後。昼食を終えた後のおだやかな時間。窓からは木漏れ日が揺れている。コーヒーを飲みながら本を読む。俺の至福の時間だ。この穏やかな心を誰にも邪魔させるものか。胸の奥で誓っているも、


「ジョン、お前来週の土曜は空いているよな?」


 先輩が邪魔してきた上に暇人と決めつけてきた。少々イラッときたので、


「さあ、どうだったでしょうか……」


 精一杯口答えしてみる。しかしながらこの人には通じないもので、


「すぐ思い出せないってことは暇ってことだ。つまらん見栄を張るな。ちっちゃな人間に見えるぞ」


 たかが予定一つのことで何故ボロクソ言われる必要があるのか。ブスッとしながら聞いていると、


「またミナちゃんとパーティーやるから来いよ。ちゃんとファーティマも来るからさ」


 ちゃんとって何だよ、ちゃんとって。そんなことで俺の心がざわつくと思ってんのか。もう、やんなっちゃうな。


「あれ? ひょっとして来ないの」


 返事を即答しない俺に対してキョトンという表情をした。


「行きます行きます行かせてください」


 参加しないなんて言ってないじゃないですか。もう、やんなっちゃうな。


「だよなー。ファーティマも顔を見せるんだから来ないわけないよなー」


 あーあー何言ってるか聞こえませーん。


「そうそう。今回は彼女のお兄さんも顔を見せるからな。粗相しないよう気をつけろよ」


 ……はい?


「おっ。いつのまにか昼休みが終わっていたわ。さっさと業務に戻るぞ」


 一仕事終えたとばかりに満足気な表情をして、素早くご自身のデスクに戻っていった。俺はというと先輩の言葉に固まっていた。ファティに会えるのは嬉しいといえば嬉しいが親戚が登場するとなると。……やっぱり行きたくないな。



 集合場所にいくと人々の話し声と、流れるようなピアノの音が響いていた。隅の方を見るとミナさんが気持ちよさそうに弾いていた。俺の方に気づくとニコリと笑った。それからパパッとピアノの演奏を終わらせてこちらへきた。


「やや、コリンの後輩くんじゃん久しぶり~。コリンにいじめられてない?」


 相変わらず少しネジが緩んでいる声を出してきた。


「はい、おかげさまで。ビシバシビシバシビシバシと。鬼のように厳しく鍛えられています。ときどきテヘラン空港に駆け込んでパリに旅立ちたくなります」


 こちらもデフォルメしたことを言ったところ、


「嘘言うな。ちゃんと優しく可愛がって指導しているゾ☆ 変なこと言うと給与査定に響いちゃうゾ☆」


 ぬっと後ろから現れて肩を組んできた。出現早いな。


「コリン~。後輩いじめちゃだめだゾ☆ あたし嫌いになっちゃうゾ☆」


「ごめーん。今度から甘やかすよー。許してー」


 茶番を繰り広げつつ、以前と同じように二人だけの世界に入っていった。呆れた視線をぶつけていると、


「あいかわらずね、あの二人は」


 ファティマの声が聞こえてきた。同胞が現れてホッとし、


「ほんと、そうだよな」


 と言いつつ顔を向けると、彼女の他に三十歳前後の男性がいた。彫りの深い顔立ちに栗色のショートヘア、清廉に整えられたあご髭と、気品に溢れた雰囲気が出ていた。圧倒されつつもこの人が彼女のお兄様かなと推察していると、


「君がジョン君だね。ファティがいつもお世話になってます。彼女の兄のアリーです。よろしく」


 軽く礼をしたので、こちらも頭を下げた。なるほど、確かに目元がファティと似ているな。


 コリン先輩に事前に話を聞いたところ、なんでも自分で事業を起こしていて、うまい具合に繁盛しているとのこと。言われてみると確かに自分の足で立っている印象がある。


「いやあ、しかしまさか。ファティがボーイフレンドを作っているなんて。お兄さんビックリだよ」


 飲み物を含んでいたら、危うく噴き出すところだった。いきなり答えづらい感想を述べられ、どう返そうか逡巡していると、


「そうなのよー。今日と同じようにミナに連れられたパーティーで知り合って。面白いからよく遊ぶようになったのよー。だからせっかくだから会わせてあげたわ」


 あっけらかんに笑った。お兄様の方も「なるほどー。あっはっはー」という風に笑い流し、それで特に何も追求されなかった。これはイランの文化なのか、ファティ家の文化なのかしらないが。いいのか、それで。自分からつっこんで墓穴を掘るのもあれなので黙っていた。


「あっらー。何か楽しそうな話をしてるわね。どうしたのどうしたの?」


 奥の方からちゃきちゃきした声の女性が出てきた。肩幅は広めで、ふっくらした体つきをしていた。目元の柔和さからおおらかな雰囲気が漂っていた。


「やあ、ハニー。ファティの旦那候補を品定めしていたんだよ」


 軽く抱きつつ不吉なことを口走っていた。しかし誰だろうこの人はと推察していると、


「お、いい男じゃない? 私はレイラ。この人の妻。よろしくね」


 とのこと。先ほどと同じように軽く頭を下げた。


「彼はアメリカ大使館に勤めているんだってさ。将来有望株だ」


 お兄様が扱いに困る情報を提供する。奥様は目を丸めて、


「あれあれまあまあ、それはいいじゃない。ファティ、ちゃんとキープするのよ!」


「はい、わかりました!」


 にっこりと敬礼した。……なんか早くも帰りたくなったな。


「っと。いけない、鍋の火をかけっぱなしだったわ。それじゃ、みなさんお楽しみに」


 そそくさと奥の部屋に入っていった。横目で見つつ、


「鍋の火?」


「ああ、今日は義姉さんが食事の準備をしてくれるみたい。だからすぐに戻っちゃった」


 なるほど。理解できたが、


「ファティのお兄さん達とコリン先輩って仲いいのか?」


 料理のために手伝うとなると頻繁に交流があったことが窺える。


「そうね。私自身はこの前のパーティで会ったくらいだけど、兄さんは前から面識があったみたいね。何でも商工会議所の交流会で知り合ってから、プライベートでも定期的に会うようになったみたい」


 さすがコリン先輩だ。いたるところに知り合いがいるなあ。


「っと?」


 香辛料のいい匂いが漂ってきた。フロアにはいつのまにか大皿・小皿がより取り取り並んでいた。


「本格的になってきたな」


 各所に散らばっていた人たちも、皿の置いてあるところに集まっていた。俺とファティ、アリーさんは隅の方に固まった。


「はい、お待ち」


 奥さんがナンやらホレシュやらゲイメーやらを所狭しと置いた。みなさん各々のグラスに飲み物を入れて、


「それじゃ、カンパーイ」


 パーティではなかなか料理に手をつけないものだが、兄妹は出てきたものを次々と召し上がられてた俺はちまちまと少しづつ口にした。イランに来て数ヶ月は経ち、数え切れないくらいこの国の料理を味わってきた。中でも奥様のは一味違う印象を受けた。どこか郷愁を誘う匂いだ。どの国にも家庭料理を思い起こさせる味があるのだろう。


「おい、青年。じゃんじゃん食べな。もっと食べないと大きくならないぞ」


 これ以上デカくなってどうするんだと思うが、勧められたものは頂くのが礼儀だ。


「は、はい。ありがとうございます」


 うん。ジューシーなラム肉にクミンの香りが聞いている。うまいなあ。そう思いつつ食べ切ると、


「お、よく食べるね。おかわりよー」


 ひよこ豆の煮物がドンと置かれた。オーマイガ! まだあるんかい!


「……あ、ありがとうございます」


 満腹感が出てきたが、薦められてる物を断る訳にはいかない。若干きついなと思いつつも何とか食べきった。


「お、良い食べっぷりだな。んじゃ、次はこれがいいな」


 ナンの上に煮物が置いてある料理を目の前に差し出された。


「……」


 このペースでは永遠に料理が出てくるのではないだろうか。軽く絶望感を覚えていると、ファティマがちょんちょんとつついて、


「あの……。全部食べ切らなくてもいいんだけど……」


「マジで?」


「マジで。中東では食べきれない量をお客に出すのがマナーで、食べ切られちゃうと逆におもてなしの心が足りない、ってみなされちゃうの」


 なるほど。大昔の名残かな。砂漠の国は食糧を取るのは大変だからこそ、お客さまにはたくさん振る舞う必要があるという。色々勉強になるわ。感心していると、


「おじゃましまーす」


 入口からまた女性の声がした。奥さんは手を拭きつつ、


「お、きたきた! はーい。今向かいに行くから待ってて!」


 と言い、玄関の方に移動した。しばらくして黒いシックな服を着た細身の女性の手を引きつつ、ゆっくりと歩いてきた。その人の手には白い杖が握られていた。


「やっほー。ファティ、久しぶり」


 陽気な声で手を上げた。それを受けて彼女も、


「久しぶりー。会いたかったよー」


 といって、軽くハグをした。今の感じだとファティか奥さんの親戚かな。関係性を察っている俺に気付いたのか、ファティは、


「あ、紹介するね。この人はナディラさん。兄さんの二人目の奥様よ」


「……へ?」


 唐突に大学の授業を思い出しいた。欧米諸国では一夫一婦制となっているが、イスラーム圏では男は四人の妻を娶ることができる。初めて聞いた時は「ハーレムじゃん」ぐらいの感想しか浮かばなかったが、突然実例が目の前に現れた。

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