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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第3章 1977年 イスファハーン
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第15話 イランの影

 街から少し外れた場所にその施設はあった。落ち着いた色合いの建物で、周辺と比べて変わったところはなかった。ただ一つ異なるところは、子どもがやけに多く出入りしている部分だけだ。


「あそこは孤児院なんだよ」


 言われなければ分からなかっただろう。イメージするよりも不幸オーラは漂っていなかった。


「ここ最近、身寄りのない子どもたちは増えていて、なかなか入れないんだとよ」


「……そうなんですか?」


 イメージが湧かなかった。ホスローさんは軽くため息をついた。それから軽く左右を見渡して、


「パフラヴィー国王の政策だよ。算盤勘定で見ればイランは経済成長してるよ。ただ実態としては石油収入の急激な増加で、恩恵を受けているのは大企業の人間や政府の高官、そして王族だ。一般の庶民には果実が行き渡ってねえよ。でも全体の総和から見ると経済成長しているからインフレが進む。普通の人々の給料は増えないから、物が買えなくなる。で、あれよあれよと貧困が進んでいくという寸法さ」


 ……今まで意識できていなかった。都市部に住んでいたから、どうしても目の前の印象で受け取ってしまっていた。


「他国の外交官に偉そうなことは言えねえが、近視眼で国を見ねえ方がいいぞ。お宅らの国に光と影があるように、どの国も重層的に物事が広がっている。……ま、俺も若い頃に真実をつかめてたかというと、偉そうなことは言えねえがな」


 自嘲的に笑った。


「ま、そんなんだからな、さっきみたいな子はここ最近どんどん増えてってるんだわ。そしてそれが政治の失敗の一面でもある。あの子を許したのは慚愧の気持ちからだな」


「……国の情勢を自分ごとに捉えられている人は大丈夫だと思います。……自分はイコールとして認識できているか分からないので」


 ぼそっと口にした。だったら上っ面しか理解できない自分は何なんだろう。


「……まあ、あれだ。今日の最後の授業だ」


 話を変えるように、いつものカラッとした口調に戻った。


「モスクを出る前に俺は募金したの覚えているか?」


「?? ええ、覚えてます」


 意外な姿を見た気がしたから、よく覚えていた。


「あれは『喜捨』と言ってな。個々人が募金をするみたいなもので、六信五行の一つだ。……特に政府が管理する物ではないってのが特徴でな。……モスクで集めた金がああいう孤児院の運営の足しにされてんだ」


 へえ。宗教が直接行政に関わるんだ。アメリカでは見かけないシステムで興味深いな。


「……イランの、というかイスラーム教の光の部分かもしれないな。俺らの影だけではなく光についても覚えてやってくれ」


 軽く頷いた。長く受け入れられた信仰はそれだけの理由があることは理解できた。


「シャー国王が反発を抱かれてるのは、宗教関連も含まれるわな。一夫一婦制の推進とかヒジャブの禁止とか。イスラーム教に関わる文化とかが否定されて、それに対する反発がある。革命はいいことばかりじゃないんだよな」


 改めてホスローさんの話を聞くと実感する。


「だから批判的な人物が出てくるんですね。……ホメイニ師みたいに」


 先方は軽く驚いた表情を見せた後、


「あんだけ声がデカければアメリカ側にも聞こえるか……。その通りさ。ホメイニ師が主張しているイスラーム教に基づく国家。奴の理想には意外と多くの人が共感している。だから政府も危険視しているんだ。……お宅らも彼の動向は引き続きウォッチしたほうがいい」


 ホスローさんの言葉にうなずき、それから俺らはどこからともなく孤児院から立ち去った。こうしてイスファハーン旅行は思いもよらず、政治談義で終わった。ノールーズの休暇は想定したものよりも濃密な時間が過ぎ去った。



 日頃の疲れが取れたかというと、普段よりもドッと消耗した感覚がある。目まぐるしい一日を過ごしたため、身体中のエネルギーが消費され尽くされた。部屋に戻るとベッドにバタンと倒れ込んでしまった。うー、ふかふかだ。


 それでもイスファハーンでの経験はテヘランでの日常よりも違った面でのイランを見せてくれた。少なくとも当初の目的である、


「様々な土地で様々な人に出会い様々な経験をすること」


 については、達成できたとの自負がある。コリン先輩になんとか報告書を作ることができそうだ。せっかくなので疲れた身体に鞭打って起こし、アメリカに電話した。相手が出たことを確認したら、


「ハロー。ジョンだよ」


「まあ、久しぶり。元気にしてた!」


 母親に近況報告を始めた。イスファハーンの魅力について語り、イランの役人さんと観光したことを話し、今度お土産を送ることを約束した。だいぶ話し込んだころ、


「じゃあ、せっかくだからお父さんに代わるね。お父さん、ジョンから電話が」


 話の途中にもかかわらず切ってしまった。向こうでは「ちょっと」とか小言をついているだろう。親不孝者の自覚はありつつも、まだ父親と話す余裕はなかった。ちゃんとあの人と電話できるのはもう少しだけ時間がかかると思っている。

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