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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第2章 1976年 テヘラン②
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第9話 シーシャ

 身体中に煙がまとわりついている。甘いような不思議な匂いが漂っており、あちらこちらで水のブクブクという音が響いている。店内には大勢の人で賑わっており、そこかしこで談笑の声が聞こえている。


「ふう~」


 パイプを通し大きく息を吸うと泡が立つ音が聞こえる。同時に口の中に煙が充満した感覚がある。


「はあー」


 口から煙を吐き出す。雪の日の吐息のようなモクモクが目の前で漂っていた。またなんとも言えない解放感が出て、身体の緊張が弛緩していく。理由は分からないが癖にななりそうだ。


「おう、新入り。気分はどうだい?」


「はい。気持ちいいです」


 いま俺たちはシーシャという水タバコのカフェに来ている。イランの社交場というだけあって繁盛している。この度デビューしたが、当国の人たちが好きになるのが分かる気がした。やみつきになりそうだ。


「おーし。これでジョンもイラン人の仲間入りだな。これも何かの縁だ。お互いの国のために仲良くしようや」


 ホスローさんの手にも同様に長いパイプがにぎられていた。何度も扱い続けていたのか、その姿は様になっていた。我が国の映画ポスターで紙タバコを吸う姿が絵になる感じと似ているのかもしれない。


「ジョンもホスローと仲良くなっておけよ。業務外での交流が仕事をしやすくするんだからな」


 確かにイラン外務省の人間とコネクションがあると、後々仕事がやりやすくなるかもしれない。今回の縁は非常に有意義だなと思いつつ、


「お二人はどういう経緯で会うようになったんですか?」


 純粋な好奇心で伺った。コリン先輩がニンマリと笑い、


「パーティーだよ、パーティーだよ。お前もこの前来ただろ?」


 ……はい? 自分の聞き間違いかと思ったが、先輩は大真面目な顔をしていた。


「そうそう。コリンが仕事終わりに誘ってきてなあ。そりゃもう二つ返事で承諾したわ。基本誘いの返事は断らないのが、ペルシャのマナーよ」


 ホスローさんも懐かしそうな顔でウンウンと振り返っていた。んなマナー本当にあるのかよ。


※作者注:さあ、どうなんでしょうねえ。どこの国にもオーバーな人はいますからねえ


 とりあえず、ホスローさんはコリン先輩に似たタイプの人ということは理解できた。ある意味傾向と対策は立てやすくてありがたいな。


「まあ、ということで。友人の部下は友人だ。なんかあったら頼ってくれや。俺もなんかあったら頼るから」


 なんか俺が依頼するよりも百倍くらい依頼される予感がするが、


「ええ。よろしくお願いします」


 先輩のメンツを潰さないためにも、爽やかな顔で頷いておいた。ホスローさんはニカっと笑って、


「ガハハ! ではこの機会にお互いに情報交換をしておくか。何かの役に立つかもしれないし。ちなみに俺はアメリカ映画が好きだ。中でも特に『ローマの休日』が好きだぞ」


 ……早速ありがたい情報をいただけた。コリン先輩は楽しそうに笑いながら、


「ははは。とりあえず、頭の中にとりあえずメモしておいた」


 俺の代わりに返答してくださった。そしてちゃんとメモして置くんかい。心の中でツッコミを入れていると、先輩は笑いながら、


「それじゃ、こちらからも有益な情報を提供しよう」


 大仰な言い方で口にされた。これに交換する情報は何かな。好きな女優は誰かとかかなとと思っていると、


「今年の十一月に行われるアメリカ大統領選挙の予想だがなあ」


 ぼそっとつぶやいた。その瞬間、ホスローさんは一気に目を細めてコリン先輩に顔を向けた。


「現職の共和党フォード氏と民主党のカーター氏の戦いとなっているが。ぶっちゃけフォード氏の負けだ。それもコテンパにな」


 人々の投票行動は水物だから予想がつかない。それでもコリン先輩は自信を持って断言した。ホスローさんも大きく頷いて、


「まあ。そうだろうな。フォードさんはニクソン前大統領のウォーターゲート事件の尻拭いで登板したんだ。彼自身に汚点はなくても共和党自身が血まみれだからな」


 フーと大きく煙を吐いた。リラックスしてまたシーシャを補給した後、


「若干フォードさんには同情するわな。ボスがベトナム戦争に敗北を宣言した上に、ウォーターゲート事件という一大スキャンダルを起こしたんだからな。対立野党の盗聴、事務所の侵入に司法妨害、挙句の果てに証拠隠滅。よくもまあこれだけやらかすわな。どんな映画の悪党だよ」


 俺自身の肌感覚でも、今回に関して共和党は分が悪いと思う。コリン先輩も同様に煙をはあっと吐き出した。


「ということで、今後のアメリカ大統領はカーター氏になると踏んで、まず間違いはないだろうな」


 イラン外務省の職員さんはうむむと唸って眉間に皺を寄せた。数秒間なにか考えたのちに、


「オーケー。んで、カーターさんってのはどういう人なんだい?」


「一言で表すと『クリーンな人』ってのがあるな。直前まで州知事を務めていて、人種差別の撤廃や行政改革、貧富の差による教育格差の撤廃を唱えたとのことだ」


 ドロドロだったニクソン大統領と比べるとフレッシュさが際立つ。改めて聞くと今のアメリカに求められそうな人だな。


「おうおう。お宅はいいねえ、簡単にトップが変われてねえ。それに引き換え、我が国は……」


 言いかけた友人に対してコリン先輩はすぐさま、


「おいおいホスローくん。国外追放されたくなかったら、公衆の場のエチケットは守った方が得だぞ」


 たしなめつつ軽く周りを見渡した。相手は軽く肩をすくめて、


「こんな騒音まみれのところで盗み聞きする奴なんかいねえよ」


 手でくるくるとパイプを回した。とはいえと、


「わざわざ変なリスクを犯すのも馬鹿らしいわな。公務員の転職は難しいとよく言われるし」


 コリンさんはうんと軽く頷きつつ、


「俺から伝えられることはそれくらいだ。とりあえず、我らが新しいボスの手前、気をつけた方がいいぞ」


 以降、職場でどの女の子が可愛いかとか、どうやって口説くかとか、プレゼントで喜ばれるものは何か、という話で盛り上がっていた。俺はひとまず話半分で聞きつつ、先ほどの意味深な会話のことを逡巡していた。ある意味はじめてイランの闇に直に触れた瞬間かもしれない。

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