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5 精霊の日に⑤


 ずいぶん急だが、悪い選択肢ではなさそうだとリネットは思った。すっかり精神的に参っているようだし、今のイルメンガルトには必要なことかもしれない。


「イルメンガルト様には休息が必要だと思います。少し休んでから、ゆっくりお考えになった方がいいのかも」

「ありがとう、応援してくださって。ねえ、お願いをひとつしてもよろしいかしら?」


 イルメンガルトは居住まいを直した。


「帰国に同行してくださらない? 今回のことで、もう何も喉を通りそうにないの。でも、先ほどリネット様がお毒見をしてくださったミルクは口にできたわ。帰国するまででいいから、わたくしを助けていただきたいの」


 リネットはうなずいた。普段から人の役に立つことを目標としているので、断る理由がなかった。


 それが聖女のあるべき姿なのである。


 持てる知識はすべて次代に継承すること。役職についたものは絶え間なく学び続けること。


 訪れた人間の悩みには持てる力の限りを尽くして支援をすること。


 そうして厳しく修業をする代わりに、歴代の聖女たちは森からたくさんの恩恵を受けてきた。


 リネットも人の役に立つときがきたのだ。


 いきなり隣国になんて出かけたら両親も驚くだろうが、事情を知れば立派だったと言って褒めてくれるに違いない。


「もちろんですわ。できる限りお力になりたいと思います」


 馬車の用意をさせている間に、リネットは荷造りをすることになった。


 必要なものを小さく畳み、ぎゅうぎゅうに詰め込む。


「ありがとうございます」


 横で手伝ってくれていたベルタが、小さく呟く。


「姫様の手助けをしてくれて」


 リネットは嬉しくなって、えへへ、とゆるむ頬を止められなかった。


「ベルタ様は、イルメンガルト様をとっても大切に思ってらっしゃるんですね」


 素敵な関係だとリネットは思う。


 リネットは隣国から来た王女とその同行者がどういう人たちなのか、あまり知らない。ただ、ときどき蜂の巣などをプレゼント・・・・・してくれているらしいとは聞いていた。


 しかし、リネットが発見する前に掃除の人や王太子が見つけてしまうので、直接目にしたことはなかった。


(そういえば、そのときのお礼がまだでした)


 いい機会なので、伝えてみよう。


「こないだは、蜂の巣をくださったんだそうですね。残念ながら、わたくしの手元に届く前に、どなたかが片付けてしまったようなのですが……どうやら王太子殿下は虫がお嫌いなご様子で、清掃が徹底されているみたいなんです」


 ベルタが盛大に顔をしかめたので、リネットは慌てた。


「せっかくの頂き物なのに本当にごめんなさい。きっと、そういうのが積み重なって、ベルタ様の不信感が高まってしまったんですよね……」


 貰い物をゴミのように捨ててしまうなんて、シグベルトもずいぶんとつれないことをする。でも、食べ物・・・のことばかりは文化の違いもあり、完全にわかり合うのは難しいのだろうとリネットは思っていた。


「蜂の子、おいしいですよね。わたくしも大好きなのです」

「薄気味が悪い」


 小さな呟きが耳に入った気がしたが、リネットはとっさに聞き間違いだろうと思った。


(そんなに失礼なことを面と向かってつぶやく方がいらっしゃるはずないですし)


「ごめんなさい、何かおっしゃいましたか?」

「いえ。喜んでいただけたのなら何よりです」


 ベルタがそう言ってくれたので、リネットはほっとした。


(やはり気のせいでした)


 それから、自分のことばかり話してはいけないと思い直す。


「あ、あの、ベルタ様のお好きな食べ物って、どんなものでしょうか」

「そんなことを聞いてどうするの?」

「どうもこうも……ええと、贈り物のときの参考にいたしますわ」


 ベルタはふっと皮肉げに笑う。


「甘い物は大嫌いですから、決して嫌がらせなどで届けないでほしいですね」

「まあ、そうなんですのね。それでは辛いものは?」

「好きでも嫌いでもありません」


 リネットはベルタと会話をしながら、旅行鞄の作成を進めていった。



◇◇◇


 大急ぎで荷造りを終えて馬車に乗り込むと、すでにイルメンガルトがいた。隣には不機嫌そうなカルムも同乗している。


 イルメンガルトは人目を憚るような大きな帽子をかぶり、いつもよりも格段に地味な格好をしていた。しかしその淡いパステルカラーのドレスがかえって儚げな美貌を引き立て、トータルでは目立ってしまっている。


 カルムもまた変装しようとしているのか、豪華な装飾を一切捨てて、黒っぽい軽装になっていた。こちらも似合っているが、隣の女性との色彩のコントラストが激しすぎるせいでより人相が暗く見え、普段よりも数割増しで近寄りがたいオーラを発している。真っ黒な髪色もあいまって、まるで風景画にこぼしたインクの染みのように浮いていた。


 リネットはカルムの無視できないほど強い存在感に圧倒され、つい口を開く。


「カルム様もご一緒に?」


 カルムはリネットをじろりと睨み、短く吐き捨てる。


「婚約者なのだから当然だろう」


 怒っているような言い方だが、リネットは内容とのギャップにやられて、つい『可愛い』と思ってしまった。


 このふたりが仲良くしているところはまったくといっていいほど見かけなかった。だから政略上の関係なのかと思っていたが、こうして自然に隣り合っている。


「リネット様をいじめないで」


 くすくす笑うイルメンガルトにも、冷たく緊張した様子は見受けられない。平和に交流を持つふたりにつられて、リネットも笑顔になった。


(カルム様がわたくしを犯人だと断定していたのも、きっと気が動転してたんですね)


 大事な婚約者が倒れて、心配のあまりつい怒ってしまったのだろう。それならリネットとしても文句はない。あらぬ疑いをかけられて驚きはしたが、事情が分かればもう何も不思議ではない。


 今は落ち着いているのも、無事でほっとしたのだろうと思うと、リネットはなんだか微笑ましい気持ちになるのだった。


(そうだ。お手紙のことを詳しく聞いてみなければ……)


 リネットは口を開こうとしたが、優しい顔をしてイルメンガルトに話しかけるカルムを見て、気が殺がれた。


 仲睦まじい様子を見ると、自分が邪魔者のように思えてしまう。


(せっかく楽しそうにしていらっしゃるのに、邪魔をするのも悪いかも)


 まだ旅は始まったばかりだ。


 予定では隣国、『影の国』まで二週間ほどの長旅になる。今は和やかなムードを楽しんでもらいたいとリネットは思った。真相の解明はおいおいやっていけばいいだろう。


 リネットは会話を中断させないよう、物音を立てずにそっと本を取り出した。膝の上に乗せてページを開く。


 せっかくの旅だから、思いっきり楽しもうと思っていた。


(ずっと後回しにしていた図鑑の暗記も、どんどん進めてしまいましょう)


 リネットは色とりどりの草花を眺めつつ、外の風景もときおり楽しんだのだった。



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