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5.メイドの証言

5.メイドの証言





~王太子ハインケル=セントレア~


食事の一件から半月ほどが経過した。


あの悪女のことだから、何か問題を次々に起こすかと警戒していたが、特にこれといった事件は起こっていなかった。


衣服や宝石などは自分で持ち込んだものを使用しているし、あの食事の一件以来、メイドをイジメているといった報告も上がって来てはいなかった。


「いや、あの女に限ってそんなわけがない。きっと何かしでかしているに違いない。ならどうして、そうした報告が上がってこない?」


答えは決まっている。


「口封じか」


以前も口封じをされていないか調べたことがあったが、それは軽く確認した程度だった。


だが、あの悪女ならば酷い脅迫をしている可能性もある。


そこで僕は、あのセリーヌ=スフォルツ公爵令嬢の専属メイドである、アン=ティリスをひそかに呼び出し、事情を伺うことにしたのである。きっと何か秘密を知っていると確信しながら。





呼び出されたアンは怯えているような表情であった。


まぁ、王太子にいきなり呼びつけられれば何事かと思うのは当然だろう。


普通、こういうのは部下にやらせるのだが……。


ことがことだけに、自ら動くしかないのだ。


呼び出したアンに、今日の目的を話した。


すると、たちまち彼女の顔色が変わった。


呼び出された瞬間も、緊張に顔を青くしていたが、今は顔面が蒼白になっているのだ。


(やはり思った通りか!)


僕は内心で膝をたたいた。


やはりあの悪女は王家に黙って、何かしらの悪事を働いていたのだ。


あるいは、


(もっと大きな計画を、虎視眈々と進めていたかもしれない)


そう思って、アンに告げる。


「アン。これは国家にとって重要な事項になる。隠し立てすれば、君だけでなく親類縁者にも影響を及ぼすだろう。この意味が分かるね?」


脅すような言い方になって可哀そうだが、ことは一刻を争う恐れもある。


出来るだけ冷徹な仮面を表情につけて、アンへ言った。


すると、アンは泣きそうになりながら何度も頷いた。


よし。僕はなだめるようにしながら、


「なに、正直に話してくれれば問題ない。それで、あの悪女は君へどんな悪事の口封じをしていたんだい?」


そんな僕の問いかけに、アンは、


「へ?」


と、なぜかポカンとした表情を浮かべた。


「何をぼうっとしている? さっき言った通り、これは国家の重大事項だ。隠し立てすれば……」


「あ、いえいえ、はい、しゃべりますしゃべります。いえ、あのことがそんな悪事だとは思わなくて。大変申し訳ございませんでした」


彼女が謝る。


おそらくセリーヌ公爵令嬢に、そう言い含められていたのだろう。


「さぁ、言ってごらん」


出来るだけ優しく促すと、彼女はことも簡単に口を開いてくれた。


「ええ、はい。セリーヌ様はお部屋の中で」


「ふむふむ」


「誰にもばれないよう、こっそりと……」


「やはりっ……」


「もしくは、人目をかいくぐって庭などで……」


「庭に? 国家機密の漏洩かっ……⁉」


「犬を飼われていらっしゃいます」


「……なに?」


僕の時が止まる。今、このメイドはなんと言った?


「はい、だから犬のポンタを飼っていらっしゃいます」


「そんなことは聞いていない!」


思わず大声を出してしまった。


「だ、だって。王太子殿下がお聞きしたいとおっしゃったから……。まさか犬をこっそりと飼うことが国家の重大事項になっているとはつゆ知らず本当に私も驚いている次第で」


「それは僕のセリフだよ」


脱力しながら言った。


「はぁ、もう結構だよ。事情聴取は終わりだ。出て言っていいよ」


と、そう言った僕に。


なんとメイドであるアンがおずおずと言った。


「王太子殿下。出過ぎた発言であると分かっていながら申し上げます」


なに? と僕は怪訝な表情を浮かべた。


先ほどまで青くなっていたメイドが、なぜか決意を秘めた表情で何かを言おうとしていたからだ。それはまるで主人を命がけで守ろうとする従者のように見えたのである。


「あの方はもしかすると、皆様が思われているような、そのようなお方ではないのかもしれません」


「なんだと?」


「出過ぎたことだと重々承知のうえ、申し上げました。申し訳ございません。ご命令の通り、退室致します」


「待て、どうしてそう思った?」


その問いに、彼女は少しためらうようにしてから、


「言い方はきつくて分かりづらいのですが、私たちメイドにすら頭をお下げになるような、とてもお優しい御方だと思いましたので……」


メイドのアンはそう言って、部屋から出て行ったのだった。





(そんなわけがあるか!)


アンの言葉に怪訝な思いを抱えつつも、胸中で彼女の言葉を反芻する。


しかし、今まで手に入れた情報や、彼女の学園での生活、実際に見た印象……自己管理できていない体つきや趣味の悪いルージュやドレス、そして傲岸不遜な身分の低い者を見下した態度。それらはゆるがせにできない事実なのだ。


だが、それでも一つ確かなことがある。


犬の件だ。


「正直、意味が、分からない」


僕は机につっぷしながら独りごちた。


「1年後に婚約破棄され、そのあとは、正直なところ命があるかも分からない立場だ。なのに、なぜ犬の世話などしているのだ?」


そもそも、


「あの悪女の性格からすれば、例えば、王や僕、あるいは大臣などを篭絡しようとでもするならわかるが、やっていることはこっそりと犬の世話だと?」


謎が深まるばかりだ……。


「犬をけしかけて暗殺でもするつもりか? いや、そんな効率の悪い手段があるわけがないか」


僕は思わず天を仰ぐのと同時に、若干頭痛さえも感じ始める。


と、同時に。


ぐー。


お腹が鳴った。


(ああ、そう言えば、まだ今日は朝食を食べていなかったな)


そう思って、食堂へと向かう。


……だから、それはただの偶然だった。


「あら、王太子殿下。ご無沙汰をしております」


そう言って、ばったりと出くわしたのは、今まさに食事をしようとするセリーヌ=スフォルツ公爵令嬢だったのだから。

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