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4.砂糖も蜂蜜も使われていないなんて、貧相な食事ね

4.砂糖も蜂蜜も使われていないなんて、貧相な食事ね



~王太子ハインケル=セントレア~


「城に来て早々に問題を起こしたようだな、セリーヌ公爵令嬢!」


皿が割れる音を聞いてかけつけた僕の声は自然と厳しくなる。


目の前には案の定の光景が広がっていた。


テーブルに並べられた、パンや野菜、肉や魚を使った贅沢な料理の一部が、皿ごと地面に打ち捨てられていたのだ。


それをメイドたちが顔を青くして見ている。


いや、メイドたちが顔を青くして見ていたのは、それを起こした中心人物。


言うまでもない。


悪女、セリーヌ公爵令嬢だ。


「あら、ハインケル王太子殿下、おはようございます。お騒がせしてしまったようで申し訳ありません」


彼女は口元に扇子をかざしながら言う。


なので表情は見えないが、その口もとに悪辣な笑みを浮かべていることは容易に想像出来た。


そして、彼女が続けて言った言葉に、僕は思わず声を荒げることになったのだった。


「料理人が手抜き料理を寄越したようでしたので、少ししつけをしておりましたのよ。大したことではありませんわ」


「馬鹿なことを! 我が城の料理人がそのようなことをするわけがないだろう! いい加減なことを言うな!」


「まぁ、果たしてそうでしょうか? これなんて酷いものですわ。砂糖も、蜂蜜もかかっていないのですから」


そう言って、焼きたてのパンをポイっと地面へ捨てる。


その余りの傲慢な態度に、僕は怒りを通り越して、失望するのだった。






~セリーヌ=スフォルツ公爵令嬢~


「別に難しいことを要求している訳ではないのよ。こんな料理ともいえないものは寄越さないでちょうだい、と。そう申し上げているだけですのに。メイドたちと言ったら拒むばかりで。少ししつけが必要だと思っただけですわ。何であれ、わたくしは今は(・・)あなたの妻になる、公爵令嬢なのですから」


「ふざけるんじゃない!」


「きゃっ!」


わたくしは突然大声を出された王太子殿下に驚く。


いつも冷静沈着な殿方でいらっしゃるのに、一体どうしたというのかしら?


わたくしは単純な疑問と、殿方に怒声を浴びせられたショックで目を丸くする。


「何度も言っているだろう! これは我が城の最高の料理人が作ったものだ! それが粗末なはずがないだろう! どうせ悪女のお前のことだ。変な言いがかりをつけて、メイドたちをイジメようとしていたのだろうが、そんなことはこの王太子たる僕が許さない。身分の違いはある。だが、だからこそ僕たち貴族は手本となるように振る舞わねばならんのだ」


そう言って、わたくしの顔を冷徹に見下ろされると、


「お前の様に権力を欲しいままにし、濫用することにのみ執心する悪女には理解できないかもしれんがな!」


そう罵倒の言葉を浴びせかけられたのでした。


わたくしは思わず放心状態になってしまいます。


わたくしがそこまで酷いことを申し上げたとは到底思えなかったからです。


むしろ、わたくしが被害者。


にも関わらず、王太子殿下は酷い罵倒の言葉を浴びせかけられました。


わたくしのことを、悪女、悪女と。


そこまでわたくしはひどいことをしでかしたのでしょうか……?


少し考えてみます。そして、一つの答えが、急に思い浮かんだのでした、それは……。


「王家はそれほどまでに困窮していらっしゃるのですわね。それで公爵家とのご縁談にそれほど執心されていたのですか」


ということなのでした。


と、わたくしが言うのと同時に、それまでとは比べ物にならないほどの怒気が王太子殿下からあふれ出したのでした。






王太子殿下については分かったことあります。


彼は怒るほど表情が抜け落ちてゆくのですわ。


その彼は、今や無表情を通り越し、氷のごとき瞳でわたくしを見下ろしています。


それはまるで極寒の冬よりもなお冷たい氷土のよう。


「王家に対してなんという侮辱。恐ろしいほど高慢で思いあがった女だな、セリーヌ=スフォルツ公爵令嬢。それに我が王家は困窮などしていない」


「そうなのですか? いえ、わたくしとしては贅沢三昧できればありがたい限りですが……」


「お前に使わせる国庫などない! ものめ!」


「やはりお金がないのですね。それなら仕方ありませんわ。知らないこととはいえ、失礼しました。お前たちも怯えさせてしまったわね」


「まだいうか! これ以上の会話は無意味のようだな。失礼する」


最後にまたわたくしを氷のような目で見て、王太子殿下は去って行かれました。


と、その時。


ポタリ、とわたくしの頬に雫が落ちます。


「あら?」


わたくしは頬を伝うその雫を指ですくって、それが何か気づきます。


「涙。いけませんわね」


婚約破棄契約に、今日のたくさんの腑に落ちない殿下からの罵倒の数々に、心が弱ったのでしょう。


王太子殿下が去ってからで良かったですわ。


「涙は絶対に見せてはいけない。常に強きで、勝ち気で、他者を見下すようにしているのが公爵令嬢のたしなみ、ですものね」


わたくしは家族より習った公爵令嬢としてのマナーを今一度思い出すのでした。




~王太子ハインケル=セントレア~


まったくとんでもない悪女だ。


政治のためとはいえ、あんな女と、1年後の婚約破棄まで一緒に生活をしなければいけないかと思うと、吐き気すら催す。


そう思いながら、先ほどのやり取りを思い返していた。


あれほどの怒りを覚えたのは初めてだ。


王家を侮辱されてしまい、思わず怒りがわいてしまった。この国を、領民を、幸せにするために、いかに今の王家が血をにじむほどの努力をしているかを思い、カッとなってしまったのだ。


結果から言えば、自分を制御できなかった。王太子の自分にあるまじき行為だ。


だから、何度も彼女とのやりとりを思い返してしまう。


そうしているうちに、


「ん?」


少し違和感を覚えるシーンがあった。


(それなら仕方ありませんわね?)


お金がないと誤解したうえでの不快な言葉だ。


あの時。聞いた時は余りに傲慢な言葉としか思わなかった。


ただ一方で、その言葉は、逆に言えば、


(ある意味。その状況を受け入れる、と言う意味でもある)


それは、


(悪女であり自分の思い通りにいかなければ癇癪を起し、平気で他人を攻撃する彼女のイメージからは、少し違和感を感じるのだが……)


「いや」


僕は首を横に振る。


「いずれにしても、高価な砂糖や蜂蜜をふんだんに使わないことに対して癇癪を起こしたことに変わりないのだ。これからも徹底的に彼女のわがままには目を光らせ、決して勝手はさせない」


砂糖や蜂蜜を買い与えもしない。城での普通の食事は与えるが、それ以上のわがままは許さない。


そう決意したのだった。


きっと、明日以降もあの悪女のことだ。メイドに文句を言うだろう。その時は僕が再び彼女をたしなめる。


そう決意したのだった。


……だが、意外なことに、翌日以降、メイドからそういった報告は一切上がってこないのだった。


口封じでもしているのかと思ったが、調べたところそんな様子もない。


むしろ、おとなしく、出された料理を食べているのだという。


相変わらず『砂糖や蜂蜜が入っていないのですわね』と言っているそうだが。


ただ、気になることをその料理当番のメイドたちは言っていた。


「砂糖や蜂蜜が入っていないのですわね」というセリーヌ公爵令嬢の表情は、文句というよりかは、何だか不思議なものを見るような目なのだそうだ。まるで『初めてそういう食べ物を食卓で出された』とでもいうような、戸惑うような表情なのだという。


(どういうことなのだろう? あれは単なる悪女だったんじゃないのか?)


彼女の思考が読めない。


もちろん、ろくでもない悪女の事だ。理解できないことは当然であり、理解出来るほうが問題な気もする。


ただ、どうにも彼女の行動の矛盾のようなものが気にかかるのだ。


そして、このことは、彼女の行動への違和感をはっきりと知覚した、最初の出来事だったかもしれない。


これ以降僕は、これまで以上に自然と彼女の動向を注視するようになって行ったのだった。

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