情
頑強な肉体を手に入れ、急速に力をつけたジョーカーは、遂に自身の兄姉までをも獲物とし始めた。
まだジョーカー自身も<成体>と言えるほどの体ではなかったものの、群れにいるとどうしても成体よりも餌を得られる順番が後になる上に、成体に守られて外敵と直接戦う機会が少ないことにより、力が逆転していたのだ。
そしてこの日も、群れから離れて一頭でいた同じ母親から生まれた兄である雄に狙いを定め、襲い掛かった。この<兄>も、体が大きくなってきて自分に力がついてきたと感じたからこそ、冒険心を見せてしまったのだろう。
『このくらいなら自分だけでも大丈夫』
と。
けれどそれはとんでもない思い上がりだった。
「ヂッッ!!」
小さく声を上げつつ草の陰から姿を現したジョーカーに、血の繋がった自分の弟に、首筋に食らい付かれ、それを振りほどくことができなかった。咄嗟のことに反応できず棒立ちの状態で急所を捉えられて地面に叩き付けられ、パニック状態のまま腹にも爪を立てられ、頸椎を噛み砕かれ、死んだ。
実に呆気ない最後だった。
こうして仕留めた実の兄の死骸を、ジョーカーは草むらの中へと引っ張っていって、そこでゆっくりと貪った。
本当はジョーカーもそれが実の兄であることは気付いていなかったものの、何とも言えない満足感と共にブヂブヂと肉を食いちぎりジャグジャグと噛み締め、ングリと飲み下すと、たまらない気分になった。いつもの食事では得られない恍惚感のようなものすらあったようだ。
だがその時、
「ッ!?」
ジョーカーは全身を何かで叩かれたような感覚を覚え、飛び退いた。直後、彼がいた空間にバグンッ!と牙が噛み合わされる。
すんでのところで間合いを取って身構えつつ視線を向けると、そこには彼よりまだ二回り以上大きな、成体のオオカミ竜の姿があった。
幼体の姿が見えなくなったことで探しに来た母親だった。
そう。ジョーカーの実の母親だ。オオカミ竜は、その名の由来となった<オオカミ>に比べると<親子の情>のようなものは希薄な傾向はあるものの、このようにして目の前で我が子を殺されれば、攻撃衝動が格段に高まる程度には<情>も持ち合わせていた。
「ガアッッ!!」
我が子を食い殺され、その報復のために母親は猛り狂った形相で、我が子の一頭であったはずのジョーカーに襲い掛かった。
明らかに勝てるはずのない相手に、彼は逃げの一手を選ぶ。そしてそれが正解だった。
逃げ切れれば、だが。




