キング
そのような<戦術>を用いるジャックだったが、わざと見張りに見付かるようにする指示は、現場では出せなかった。人間のように通信機のようなものは使えないし、体の一部を使って指示を出そうにも声で指示しようにも、それで自分が先に発見されてしまっては意味がない。
だから、囮役が見張り役に発見されるまでに準備を整えなければいけなかった。加えて、必ず自分のところに追い込まれてくるとは限らない。だからそれを想定して<待ち伏せ班>を配しているのだ。
これをジャックは、自分のやり方に賛同してくれる仲間を率いて行っていた。つまりジャックはまだこの時点では<ボス>ではなかったのである。ボスは他にいる。
そのボスの名を仮に<キング>としよう。キングは、この群れの中では体も大きく力も強く、狩りも巧く、そういう意味ではボスに相応しい個体だっただろう。けれど知能の点では残念ながらジャックには及ばなかったようだ。
それもあってか、群れの仲間の内の一部がジャックをまるでボスのように扱うようになってきて、キングはそのことがあまり面白くなかったらしい。
だから何かにつけてジャックに絡み、力の差を思い知らせようとした。
するとジャックは、敢えてキングには逆らわず、腹這いになって首の後ろを晒す<服従の姿勢>を取ってみせた。オオカミ竜にとって首の後は、腹以上に守るのが難しい一番の弱点とも言えた。それを相手に晒すのは、大変に恐ろしい行為だった。ゆえにオオカミ竜にとってその姿勢は、
『それをせずにいられないほど私はあなたを畏れています』
という意味になる。こうなるとキングも途端に機嫌を直して、ジャックの頭を踏みつけたり、尻尾で体を打ち付けたりするだけで済ませてくれた。
普通なら非常に屈辱的なそれではあるものの、ジャックにとっては逆に、
『こうしておけばキングの機嫌がよくなるんだから、楽なものだ』
と考えていた節がある。弱点である首の後ろを晒すのも、相手が同じ群れの仲間なら、いきなり致命的な攻撃を受けることがないのをジャックは悟っていた。たとえ攻撃されるとしても、十分に反撃できる程度には相手も逡巡する。そういうものなのだ。
ゆえにジャックにとっては非常に合理的な対処方法だったのである。
しかし、ジャックはそれで平気だったものの、ジャックを慕い彼に付き従っていた者達にとっては、キングの振る舞いは横暴なもののように見えたようだ。
少し離れたところで集まってキングを睨み付けるその様子には、どこか不穏なものも感じられたのだった。




