探知
大変遅れまして、申し訳ありません………。
十月はかなり忙しかったです………。
■◇■
新達が店外へと出ると、より一層の惨状が目に入る。
店内からだけでは見えなかった人と悲しみの気配。そしてより濃密に香る爆発の残り香が新の鼻腔を刺した。
「さて八十。君は中で待機する事を『不正解』であるとした。ではその後、つまり今から君はどうすべきだと考える?」
「………テロリストの居場所を探る、事でしょうか」
「そうだ。不幸中の幸いと言うべきか、負傷者は軽傷、命に別状は無い。そしてこれは私達の仕事ではない。私達の役割は迅速に実行犯を制圧し捕縛することだ」
幸い、新の見た限りにおいては被害者は軽傷ばかり。すぐにでも命にかかわる重傷を負っている者は見受けられない。
流血者は多いが、この程度ならば周囲の者だけで応急処置が可能だろう。
またその点を除いたとしても新には負傷者の治療は出来ない。
新は自身の肉体の頑強さ故か、応急処置に関する知識が希薄だった。
多少の怪我ならば異能の力ですぐに治ってしまうので覚える必要性が薄かったとも言える。
「さて異能領域の展開は可能か?」
「すみません、俺の異能は肉体変化系統で体外への領域の展開は少し………」
新の異能〈進化適応〉は肉体変化系統に属する異能だ。
自身の肉体を状況毎に変化させ、最も適切な形に変化させる異能。一般的な肉体変化系統ようりも能力の幅は広いとはいえ、その変化範囲が自身の肉体に限られる以上肉体変化系統である。
そして肉体変化系統の特徴として、体外への異能領域の展開が不得手というものがある。
主に自身の肉体の外側に向けて異能を発現させる創造系統や支配系統と違い、肉体変化系統は自身の肉体が異能の発現対象だからだ。
その代わりに肉体変化系統は他系統の異能者に比べて体内に常駐している異能領域の強度が高く、またその恩恵として肉体そのものの強度も他系統に比べ高い。
これはトレードオフで、系統ごとの一長一短ということだ。
創造系統の能力はあまりにも多岐に渡るため一概には言えないが、肉体変化系統の異能に比べれば体内の異能領域強度は貧弱である。
新の場合、気配探知に優れた肉体に変化させればある程度索敵は可能なのだが新の真の異能をそう易々と晒す事は出来ない。
新の異能は肉体の形状的な変化とセット。つまり新が本気で異能を用いれば、少なからず肉体が異形の姿へと変貌してしまうのだ。
白木銀子との戦闘で本気を出せたのはディテクター等によって周囲の安全が確保されていたからだ。もっとも、だからこそ庵膳木の登場に驚いたのだが。
そうした理由もあり、今回新は言葉を濁したのだった。
「ふむ、そうか。それは悪い。ならここは私が担当しよう」
そう言うと男は、自身の異能領域を展開する。
一瞬、漏れ出た異能エネルギーが光の粒として可視化され、それはすぐに波紋が広がるようにして新の身体を通り過ぎで見えなくなった。
ほんの一瞬。ともすれば実感すらできない者もいるであろう刹那。
(――――――ッ!)
それは極々一般的にありふれた光景である。
異能領域の展開。異能力者にとっては最も基本的な技術であると言っても良い。
だがそれ故に極める、という事が最も困難な技術でもある。
異能領域とは文字通り、異能が発現する空間、領域の事。
異能力者はこの異能領域内において自身の異能を発現させる事が出来る。
つまり異能領域の範囲はそのまま、その異能の届く範囲であるとも言える。
勿論全ての異能がそうである訳では無いが、凡そ多くの異能、特に創造系統にとっては異能領域の範囲が異能の射程距離であると考えても良いだろう。
異能領域が広範囲になれば成程、異能の射程と範囲は増す。
だが、これは簡単な事では無いのだ。
手の届く範囲に異能領域を展開するのと、目に見える範囲全ての異能領域を展開するのとでは天と地ほど難易度に差が存在しているのだ。
「―――ふん。………ん、どうした?」
「………いえ」
にもかかわらず、新の目の前の男は。
(一瞬で、このモール内全域まで異能領域を広げたのか?しかも異能エネルギーが可視化される程の強度で?それ程の実力者だとでも?)
新の同僚にも同じ事を出来る人間は居る。
だが出来る人間が居るからといって、それが普通であるという事にはならない。
新の同僚は非公式とはいえランク5相当の実力者。
その人物ならば、今のような芸当は簡単にこなして見せるだろう。
だが逆に言えば、ランク5相当でもなければ今の芸当はまず出来ないという事。
少なくとも新に同じ事は出来ない。
(普通じゃないとは思っていたけど………そんな事が?)
世界異能機関が定めたランクの指標は1から6までの六段階。
その内ランク6が特殊な枠組みである事を考えれば、ランク5は異能者の最高位だ。
だがランク5と認定された人間はほんの一握り。
例えば公開異能者番付の公開異能者、例えばS級異能犯罪者、KingdomOfAbirityの公爵、天帝近衛四家であり公開異能者でもある永宮弥助等。各勢力の最高戦力クラスがランク5として認定されている。
つまり、それだけの実力者でなければランク5には認定されない。
そんなランク5が偶然新と同席した、というのは有り得ない確率だと言っていい。
ここが異能特区であることを差し引いても、ランク5の異能者はぶらぶらと外を出歩かない。
「どうでしたか?」
「不審な動きを見せた反応が四つ。出入り口を封鎖するように陣取っている反応が各出入口に二つずつ、そしてもう一つの広場に他よりも大きな五つの反応。計十八人といった所だな」
男は自らが探知した結果を詳細に語りだす。
「加えて広場には多数の弱弱しい反応。客が人質として捕らえられているのだろうな」
「………そこまで分かるんですか。凄い精度ですね」
「この程度は基本だ。君も………いや、すまない。肉体変化系統は少し勝手が違うんだったか」
「いえ、大丈夫です」
男はそう言うが普通、肉体変化系統以外でも簡単には真似できない技術だ。
基本と言うからには男にとっては簡単な技術、或いは簡単と表現する事すらしない程の当たり前の技術なのだろう。
それこそ人間が息をするという行為に説明を求めないように。
「それより、もう一つの広場に大きな反応というのは?」
「ああ。広場と言ったが実際は分からん。兎も角、向こう側にあるもう一つの開けた場所に他よりも大きな異能領域の反応が五つある。更にその中に一番大きなエネルギー反応だ」
「という事は………」
「そうだ。テロリストの首魁が居るのはそこだろうな」
一番大きなエネルギー反応=テロリストのリーダーとは限らない。
戦闘力ではなく頭脳や人脈によって集団の頭になった場合も十分に考えられるからだ。
だがその反応が一際大きく目立っている場合、最も確率が高い場所であることは事実。
「突入するんですか?」
「そうだ」
「………危険ではないですか?」
「君がそれを言うのか?」
「それは、そうですが………」
店内で待機する事を良しとせず、テロリストの元へと向かう事を決めたのは新自身。故に新の心配は矛盾している。
自身に付き合わせて男まで外に連れ出してしまったという少しの罪悪感がその言葉を新に紡がせたのだ。
「余計な心配だ。君は私よりも自分の事を心配しておけ」
「………はい」
だが、新は薄っすらと気が付き始めていた。
目の前の男が新の心配が無用な程の、強者であるという事に。
■◇■
もう一つの広場へと移動し、新達は広場の様子を窺える店の陰に身を隠す。
「………あれがそうですか」
「………あの椅子に座っている男だ」
広場には後ろ手を縛られた客の姿と、広場の中心に陣取るテロリストの姿。
男の言った通り、テロリストらしき人間の数は五人だった。
いかにもテロリストといった風貌では無いが、周囲の人間達とは明らかに雰囲気が異なる。
手を縛られている訳でも、また何かに怯えている様子も見られない。
自分達がこの場の上位者であるという自覚があるからこその余裕の態度。これは被害者からは現れない特有の態度だ。
そしてその五人の中でも殊更余裕綽々といった態度を示す男が一人。
広場に設置されている椅子に腰かけ、何やら携帯端末を操作している。
その他の四人が客達が逃げ出さないかと周囲を見張っていることを考えれば、少なくとも他の四人よりも上の立場である事は想像に難くない。
「―――ふむ」
「何か気がかりな事が?」
広場の様子を観察しながら、男が何やら意味ありげな声を出す。
「不審な反応が四つあったと話した事は覚えているか?」
「はい。………伏兵、という事でしょうか?」
「いや、それは無い。その反応はこの広場からは遠い。しかも四つが固まっていた訳では無く、それぞれが散らばっていたからこその不審だ」
男はそこで言葉を止める。
静かに脳内で思案を巡らせているようだった。
しかしその沈黙も僅か数秒。
「まぁ良い。………では準備は良いか?」
「―――はい」
◇




