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ベツバラ!!  作者: 理想久
第一戦 時代の寵児達
80/82

覚悟

 

 ◇


 周囲の喧騒とは裏腹に、二人の間には奇妙な静けさが存在していた。

 賑わいの中にぽつんと孤島が浮かんでいるかのような、そんな静寂。


 壮年の男性と若き少年。これまた奇妙な組み合わせである。

 これが親子であるのならば何らおかしな部分は無いのだろう。だが二人の間には会話がなく、今日たまたま相席になっただけの関係性。

 静けさも当然と言えば当然なのだろうが、客観的には不思議な雰囲気を放つ卓であろう。


 新は運ばれて来た珈琲を一口すする。芳醇な香りと適度な苦みが口に広がる。

 本来は昼食をとるつもりで入店したのだが、この空気で何かものを食べることは出来なかった。


「…………」

「…………」


 互いに無言の時間が流れる。淹れたてとはいえ一杯の珈琲ではそう時間を潰せない。精々十分かそこらだろう。冷めるのを許容してゆっくりと飲むという手もあるが、少し不自然だ。 

 一方で目の前の男性は二杯目の珈琲を頼んでいた。先程言っていたように、人を待っているのだろう。待ち人が訪れるまではこの席を離れるつもりはないようだった。


 勿論新にはすぐに珈琲を飲み干してこの場を離れるという選択肢もあった。だが妙な気まずさが、彼を席に縛り付けていたのだ。

 そして、席を離れない理由はそれだけではなかった。


『なるな。あんなのはろくなものじゃない』


 目の前の男性から発せられた、ただの一言。

 それが喉に突き刺さった魚の小骨のように、新の思考から離れない。


 国家所属異能者。それは異能者の中でも国家に所属し、国の為にその異能を国家の武力や防衛、技術発展に利用する者を指す言葉だ。

 国家所属異能者と言ってもその内訳は幅広い。軍に所属し戦う異能者も居れば、凶悪異能犯罪や怪異に対処する者も居る。

 羅盤学園の教師達のように指導者として活躍する者も広い意味では国家所属異能者だ。


 だが共通しているのは、国の為ひいては国民の為に命を賭して戦っているという点。


 実際〈魔王〉や〈怪物〉を始めとする凶悪な異能犯罪者との戦いでは余りにも多くの国家所属異能者の命が失われた。

 異能者との戦いとは、天災との戦争であると形容されることすらある。

 強力な異能は核兵器にも勝り、たった一人で数千数万の命を奪ってしまう。

 それだけの脅威、それだけの危険性。


 だからこそ有事の際に一般国民の代わりに前線へ赴き国家所属異能者は戦う。

 高待遇であることが揶揄されることもあるが、命を賭して平和を守っている存在なのだ。


 にも拘らず、先程の言葉。

 目の前の男性からは、ある種の侮蔑や嫌悪が滲み出ていた。

 初対面の年下の学生に対し、『ろくなものじゃない』とまで言い切ってしまう程の嫌悪感。


 気にする必要は無いのかもしれない。

 そんな言葉は流してしまうのが正解なのだろう。


 だが何故か、新には無性にその言葉の真意が気になってしまっていた。

 名前も知らない男性の言葉の続きを知りたいと感じていた。


 しかし何を言い出せば良いのか。

 男性の最後の言葉から既に結構な時間が経過している。

 今更蒸し返すのは不自然かもしれない。


 珈琲を飲みながらそんな風に思考していると、意外にも口を開いたのは男性の方だった。


「何か頼まないのか?」

「―――え?」


 男性はとっくに二杯目を飲み干していたようで、そこには空のカップがある。


「とっくに昼時だ。君も昼食をとる為にこの店に来たんじゃないのか?」


 男性の言う通り、本来ならば昼食の為にこの店に入店した。

 しかし妙な気まずさから料理を注文することを躊躇われていたのだ。


「いや……」

「私に気を遣っているのであれば、その必要は無い。そもそも私がこの忙しい時間帯でテーブル席に居座っているんだからな。人を待っているだけの私に配慮して本懐を果たせないのでは本末転倒だろう」


 確かに他の卓では大抵何かしらの料理が置かれている。

 今は置かれていない卓でも料理が到着するのを待っているだけ、という卓が大半だろう。

 この忙しい時間帯に珈琲だけの卓はこの席だけだ。


「……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 新は卓に置かれたメニュー表を手に取り、料理を確認すると「すいません」と店員を呼ぶ。

 すぐに店員が返事をして新たちの卓へとやってきた。


「お待たせ致しました」

「このAランチセットを一つと……食後にこの本日のデザートを」

「Aランチセットと食後に本日のデザートですね!以上でよろしいでしょうか?」

「はい、以上で―――」

「では私にはこのBランチセットと同じく食後に本日のデザートを頼む。ああそれと珈琲をもう一杯」

「!?」

「はい!Bランチセットと食後に本日のデザート、お飲み物に珈琲ですね!では失礼いたします!」


 予想外の注文に思わず反応してしまう新。

 まさかの相乗り注文である。


「ん?どうかしたのか」

「いえ、何も………」


 新は否定する。


 多少驚きはしたが、考えてみればおかしなことでもない。

 新が昼食を食べていなかったように、男性も昼食を食べていなかっただけの話。

 新が勝手に話の流れから自分だけが注文するものだと考えていただけだ。


 しかしそんな新の内心が伝わったのだろう。


「あぁ私が注文したのが意外だったのか?」

「………はい」

「私も考えてみれば昼食をとっていなかったんでな。それに待つのも少し疲れた。先に昼食をとっても文句は言われないだろう」


 男性がどれだけの時間ここで待っているのかは分からないが、まだ忙しくない時間帯からこの卓に居たのだとすればかなりの時間が経過していることになる。

 珈琲だけではお腹が空くというのも理解できる話だ。


「………結構待っているんですか?」

「そうだな。もうすぐ二時間が経つ」

「それって………大丈夫なんですか?何か事件とか」


 待ち人が二時間訪れないというのは中々無い状況なのではないだろうか。

 新が席に着いてから男性が誰かと連絡を取っている様子は無かった。つまり待っている相手とは連絡がついていないということだ。


「それは大丈夫だ。待っているのは秘書………いや部下なんだが、アレに限って事件に遭遇しているということは無い。アレは事件に遭ってもしれっと抜け出してくる様な人間だからな」

「あー………少し分かる気がします」

「君の周囲にもそんな人間が居るのか」


 新が思い浮かんだのは組織における同僚の一人、新の先輩にあたる人物だった。


(まぁ、あの人の場合は事件をものともしないって方が正しいだろうけど)


 組織の中でも戦闘力ではずば抜けている同僚の事を思い出しながら、どんな場所にもそういう人間は存在するものなんだと新は思う。


「羅盤と言えば世界最大級の異能者養成学園だからな。確か………庵膳木星毅だったか。アレもそういうタイプだろう」

「ははは………そうかもしれません」


 確かに庵膳木星毅も新の先輩と似た雰囲気だ。

 いや人格は全く異なるのだが、どことなく「この人は死なないだろう」と感じさせる雰囲気がある。


「どこの世界にもそうした人間は居るものだな」

「ですね」


 最初は話しにくい空気だったが、次第にその緊張も解けていく。

 意外にも男性は会話を続け、時折渇いたものではあったが笑いも零す。

 奇妙な和やかさを感じる中、遂に新はあの話題を口にすることにした。


「………あの」

「どうした」

「どうしてさっきは国家所属に『なるな』と言ったんですか」

「………………」


 男性の表情が、一転して真剣なものに変わる。

 それは初めての時と同じ、あの発言をした時と同じものだった。


「貴方は言いました。『ろくなものじゃない』と。何か理由があるんですか」

「………………」

「すいません………貴方の言葉を否定したい訳じゃありません。ただ、何故か、どうしても気になったんです。もし言いたくないなら、大丈夫です」


 男性は沈黙する。まるで少し前と同じ空気に戻ったかのようだった。


「君は進路に悩んでいるんだったか」

「……ええ」

「成程。なら私の言葉が気にかかるというのも無理はない。学校ではこんな事言う大人は居ないだろう」

「居ませんね」


 国立の異能者養成学園の存在意義は将来この国の為に働く異能者を育てることにある。

 迷宮探索者よりも研究者や国家所属の異能者育成に力を入れているのはその為だ。

 そもそも入学する生徒からしてそうした進路を見据えている者は多い。他の進路を目指すのなら、態々異能者養成学園に、それも国立の学園に入る意味は薄い。


 故に学園の教師たち、新の場合は杠教師もその様に生徒達に接する事が多い。


「……良いだろう」


 そして男性はカップを机に戻し、その理由を語った。


「生命を蔑ろにする奴は屑だからだ」


 端的な言葉だった。

 飾らない、という表現が適切かどうかは分からない。新にそれを判断できる程、まだ新は彼の事を知らないからだ。

 しかし、それが全てであるとすぐに理解出来た。それだけは真っ直ぐに伝わってきていた。

 それだけ男性の眼は真剣であり、声色は落ち着いており、身体から漂う雰囲気は静かだった。


「……それは変ではないですか?国家所属異能者は国民の生命を守る為に存在している筈です」

「そうだな」

「なら貴方の言う『生命を蔑ろにする』は当てはまらない」

「君は……ガキだな」

「どういう、意味ですか」


 本来なら聞く事も無い。

 それだけ男の言葉は端的だった。

 だがその言葉の意味を、新は問うた。


「ガキは現実を見ていない。現実を見ていないから理屈に縋る。だからガキは嫌いだ。お前みたいに理屈を捏ねて納得してる奴がな」

「……何を」

「殺せば人は死ぬ。死んだ生命は戻らない」

「………」

「国家所属異能者の仕事はなんだ?」

「国の為に働くこと、ですか」

「それは具体的にはどうすることだ?」

「……研究職なら研究、軍や部隊所属なら戦闘です」

「それは五〇点だ」

「…………」


 五〇点。それは余りにも低い点数だ。

 新とて今言った内容が全てとは考えていない。

 もっと詳細に区分できるし、もっと多様な仕事があるだろう。全てを具体的に言う事など不可能だ。


 ならば何が正解だというのか。


「アイツ等の仕事は、生命を数字で見る事だ」

「数字……ですか?」


 そして男性は更に続ける。


「君は目の前に誰かが困っていれば助けるか?」

「助け、ます」

「そうだな。君のように多くの人間はそう答えるだろう。それが普通の善性というものだ」


 普通の善性。

 男が言いたいことが何なのか、新は考える。


「なら目の前で二人の人間が困っていれば助けるか?それが三人なら?もっと多く……例えば一〇〇人や一〇〇〇人なら?」

「……それが僕に出来るなら、僕は動くと思います。助けられるかどうかは分からないとしても」

「はは、君は非常に善良な人間のようだ」


 男が笑う。

 そしてすぐに「いや、すまない」と一言謝ると続きを話し始める。


「では一人か二人、どちらかの困っている人間しか助けられない時君はどちらを助ける?」

「……どちらか、片方」

「そうだ。そして選ばれなかった方は必ず死ぬ」

「それは………」


 一人か二人。どちらか片方しか助けることは出来ず、そして選ばれなかった方は死ぬ。


「………状況に………よると思います」


 そうとしか新には言えなかった。

 新は自分を客観的に見てかなり強い異能力者であると認識している。

 そしてそれは概ね正しい。

 だがそれは、何でもできるという意味では無い。


 白木銀子を暴走から救えたのは奇跡に等しい。

 事実、八十新という人間だからこそ成し得たという部分は多い。

 だがもしも、あの場に他の一般学生が居ればどうだったか。

 ………結果は恐らく違っていただろう。


 そして任務でもそうだ。敵が自分よりも強いということは十分にあり得る。

 かの〈世界最強〉や〈魔王〉といった存在に新は及ばない。

 

 一人か二人。状況によってどちらを救うかを選択しなければならない。


「そうか。なら君にはやはり国家所属異能者は向いていない。他の道を探せ」


 新の言葉はすぐに、否定される。

 いや、否定すらされていない。

 受け入れられた上で、本心から目の前の男性は新に対して助言している。


「良いか、もしお前が誰かを守りたいとかいう理由で国家所属になろうとするなら……今すぐ退学して別の道を探せ。お前には向いてない」


 

「世界の為に働くには、相応の覚悟が必要だ」


 余りにも真剣な眼差しで、そう言った。


「……なら、貴方の言う覚悟ってなんですか」

「それは―――」


 その時。


 ―――ドォン!!!!!!!!と、轟音と共に爆風が吹きすさんだ。


 ■◇■

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