異能者の休日
■◇■
八十新は考えていた。
彼はこれまでの人生で殆ど不平不満というものを抱いたことが無い。
実際、彼自身もそう認識している。
少なくとも彼にとって、その時々の感情で多少なりとも悪感情を抱く事はあれど、そういった慢性的な不満は縁遠いものだった。
つまり今彼は悩んでいるのではなく、考えているのだ。
「……まぁこれでいいか」
彼が現在開いているのは森影異能異能特区内の外出スポットをまとめたサイトだった。
異能特区内の情報は厳しく規制され、外部から覗けるものは一部。だが異能特区の内部から探す分には殆ど支障は存在しない。
寧ろ異能特区内部の学生に向け、こうしたまとめサイトは充実している傾向にある。新が開いているサイトも『森影異能特区 学生 外出先 おすすめ』で検索して最初に出て来たものである。
「花大アモール……森影パーク……異能体験型施設……結構色々あるんだな……」
森影異能特区は広い。過去にランク6の異能者〈怪物〉によって破壊され、異能技術の力によって急速に復興と発展を遂げた都市である。
都市全体が新しく、活気に満ちている。同じく強大な異能力者の脅威に晒された東骸異能特区とは対極に位置するような明るい都市だ。
片や破壊から復興し世界有数の都市へ。片や襲来から退廃へと突き進む夜の都市へ。
対照的な二つの異能特区は世界に存在する混沌を象徴しているかのようでもある。
新はページを下へとスクロールする。
そのまとめサイトでは目的別に様々な観光及び外出先のスポットが紹介されていた。中には新が既に訪れたことのある場所もあったが、その殆どは名前すら聞いたことがない場所だ。
「はぁ……僕にはこういうの向いてないと思うんだけどな」
新は誰も居ない部屋の中で一人静かに呟く。
それは愚痴とも呼べない程度のぼやきだったが、新の本音でもある。
何を隠そう新は、遊びに出かけるという経験をこれまでしたことが無かったのだ。外出と言えば任務くらいのもの。最近では舞桜瞳たちによってある程度寄り道することが増えたが、休日を丸一日使う様な外出は未経験である。
なのでいくらこうしたサイトを巡ったとしても、善し悪しを判断することが新にはできない。自分自身の好みと他者の好み、それらを合わせて考慮することが新には難しい。
にもかかわらず、何故新がこうしてネットの海を彷徨っているのか。
それはつい先日の会話が原因だった。
◇
「夏休みさ!皆でどこかに遊びに行こうよ~!」
教室。最初にその話題を出したのは舞桜瞳だった。
「藪から棒にどうしたんだ?」
「いやいや~!全然唐突じゃないよ~。だってもうすぐ夏休みだよ~?高校生活始まって最初で最後の一年生の夏休みなんだよ~!」
「そりゃ高校一年生の夏は最初で最後だろ」
「留年したら二回目以降もありますよ?」
「二人共そういう話じゃないんだって~!どこか遊びに行きたいって話だよ~!」
バンバンと机を叩いて主張する舞桜瞳。その様子は幼児が食事を催促する様子に似ている。
それに対し、白木銀子が落ち着いた口調で尋ねた。
「でも瞳。補習は大丈夫なんですか?確か期末の点数が大変な事になっていたと記憶していますが」
「うっ……ま、まぁ補習はちゃんと受けるけどさ~……。でもでも~補習だけで夏休みが終わる訳じゃないじゃん~!折角だし皆でどこか遊びに行こうよ~!行きたいよ〜!」
「もし留年したら来年から一緒には勉強できなくなるんですから、もう少し頑張りましょう?」
「……せ、正論が身に染みて痛いよ~……新君……正論パンチだ……」
「僕にはどうすることもできないよ」
「うう~~辛いよ~……」
舞桜瞳の成績は舞桜瞳のものだ。チームで受けるような試験、成績ならフォローのしようもあるが、単純なペーパーテストでは新にしてやれることは少ない。というか試験は既に終わっているのだ。
ちなみに新の成績は普通、中位よりは少し上程度だ。これは別に新が実力は隠したとかそういう訳ではなく、単純に羅盤学園の試験が難しかったからである。
だがそんな中でも白木銀子はきっちり学園上位三名に入っている。
やはり白木銀子は優秀である。
「はぁ……それで、遊びに行きたいんだったか?」
「あ、うん!そうだよ~!だからさ、今から計画を立てておこ~って思って」
「確かに……。夏休みは三校戦の練習等の予定もありますし、私も実家に帰ったりと中々スケジュールを空けるのが難しくなりそうです。今の内に遊ぶ日を決めておくのはとてもいい考えですね」
「でしょでしょ~!?」
新と白木銀子は夏休みに三校戦に出場が決まっている。
三校戦は団体戦だが、一対一の形式だ。極論を言えばチームワーク等は不要の為練習をせずともある程度は戦えるだろうし、新も白木銀子も学生異能者としては非常に高い実力を有している。
だが実際は何もせず本番を迎えるという訳にもいかない。何せ出場する選手は各学園の選りすぐり、中には当然白木銀子と同等以上の実力を有する学生もいるだろう。
新は新で本気の異能は使えない。新の異能は一定以上の使用で直接見た目に変化が生じてしまう。つまり異能の隠蔽が露呈する。
異能を制限した新は白木銀子よりも格下だ。
新の異能の本領は肉体の変化に伴って状況に適応し、最適な能力を獲得していくこと。
それを封じれば、新の異能は単に多少肉体を強化するものに留まる。
勿論それでも尚、新の戦闘能力は高い。だが全力で白木の力……〈金剛白装〉を用いた白木銀子には明らかに劣る。
故に練習もとい特訓を行うのだ。出場するからには勝利する為に。
「そうか。ならどこに行くんだ?」
新が問うと舞桜はうーんと腕を組んで悩む。
新たち学生は別に異能特区外への外出を禁じられてはいない。一定の過程は要するが、外出して都市外へ遊びに行くことは可能だ。
だが諸々の事情を考慮すれば、都市内で遊ぶのが無難であることは言うまでもない。
新と白木銀子には夏休みの予定があるからだ。
そもそも、泊まりがけで遊びに行く訳でもないのならわざわざ外出する必要性は薄い。
「プール……ショッピング……食べ歩き……う〜ん。迷うね〜……」
「特区内にも様々な施設がありますからね。一日ではそう幾つも回ることは難しいでしょうし」
「そうなんだよね〜……」
「選択肢が多すぎるというのも難しいですね」
「新君は行きたい場所とかある~?」
「僕はどこでも。二人が決めた場所で良い」
「そんな~!『何でもいい』が一番困るんだよ~?」
再び迷う様子を見せた後、「あ!」という声を舞桜瞳があげる。
そして同時に、あの時と同じ小悪魔のような笑顔を浮かべる。
「そうだ~!良い事思いついちゃったよ~!」
「何か名案でも?」
「うんうん~!あのね、遊び先をどこにするのかは~………新君に決めて貰おうと思います!」
「はぁ………って、はぁッ!?」
「成程………それは名案ですね」
想像の斜め上を行く舞桜瞳の発言に思わず驚く新。
当然だ。まさかの展開である。
「だってだって~、このまま皆で悩んでも中々決まらないと思うし~」
「いやいや待ってくれ。僕はこういうの考えた事なんて今まで一度も無いぞ?」
「うわぁ~なら初めての挑戦だね~!」
「センスも無いぞ?」
「初めてなのにセンスが無いと分かるのですか?」
「いや、まぁ………何となく分かるだろ。向き不向きとかさ」
入学から今まで、行く場所を決めて来たのは舞桜瞳か白木銀子だった。いや、そもそも新の考える限り、新自身で行く場所を決めた経験はほんの僅か。
自分に出かけ先を決めるセンスがあるとは新は考えていない。
白木銀子の言う通り、経験が皆無に等しい為に、もしかするとセンスが新にも眠っているかもしれないが、その可能性は低いだろう。
だが同時に新は知っている。
「じゃあ決まりだね~!新君、責任は重大だよ~」
「期待していますね」
こうなった二人にいくら自分が言った所で意味が無いという事。舞桜瞳という少女は純粋無垢であるが故に残酷な暴君であるという事。そして白木銀子もまた、面白いものを優先しがちな傾向にあるという事。
「………分かった」
新に出来るのは、ただ素直に頷く事だけだった。
◇
そして時間は現在に戻る。
画面の前で格闘すること約二時間。朝から検索し始めて既に昼前に差し掛かっている。
結局新は複数のまとめサイトや案内サイトを巡るものの決め切る事が出来ずにいた。
「………分からない」
理由は二つある。
一つは新自身に『遊びに出かける』という経験が薄い事。
こういうものは普通自らの経験によって選ぶ。アウトドアが好きならばスポーツレジャー、ショッピングが好きならば大型商業施設といった具合だ。
だが現在それを選んでいる新には趣味と呼べるものも少なく、個人の好みも薄い。つまり決定する理由を完全に外部に委ねているのが現状だ。
そこで二つ目。
まとめサイト毎に評価が変わる為だ。
当初新は様々なまとめサイトを巡り、その中で評価値の高いものを選ぼうとしていた。
だがそれは出来なかった。まとめサイト毎に異なる評価基準が存在し、同じ場所を扱っていても評価がばらばらになっていたからだ。
勿論その中にも安定して評価の高い場所はある。だがそれでも候補が余りにも多い。
結果画面の前から動けず、時間だけが経過してしまったという訳であった。
新が時計をじっと眺める。
時間は無慈悲に着々と流れる。
「………よし」
新は椅子から立ち上がる。
そして軽く上着を羽織って玄関へ。
考えても仕方がない。どうせ考えても自分では正解を得る事は難しい。ならばいっそ、昼食ついでに現地に赴いてみよう、新はそう考えたのだ。
新はまとめサイトの中で平均的に評価の高かった幾つかの場所をリストに起こし、玄関を出た。
■◇■
先ず新が最初に向かったのは、大型商業施設、ショッピングモールの中でもアウトレットモールと呼ばれる場所だった。
そのモールはリストの中でもかなり広く、一般的な商業施設にありがちな屋根が一部取り外されており、開放的な造りが特徴だ。中に入っている店舗も高級ブランドからあ若者向け、レストランも多数並んでいる。
新が最初にこの場所を選んだのも、豊富なレストランから昼食を選ぼうと考えた為だった。
休日のモールには人が溢れていた。
子どもから大人まで、老若男女問わずの人で賑わっている。
特に多いのは新と同年代、或いは少し上の若者達。その多くが学生であった。
(流石に人気施設として紹介されてるだけあるな………)
見渡す限りの人に、着いて早々に疲労感を覚える新だったがここで帰る訳にもいかない。目的は視察、帰ってしまっては本末転倒である。
(とりあえず昼食にするか………)
移動時間もあり、既に時刻は十二時を過ぎている。
朝食は食べているが、慣れない事をしたからか既に十分空腹を感じている。
モール内には複数のレストランが並んでいる。またフードコートも存在しており、そちらもかなりの店舗が入っているようだった。
モール内の案内地図を入口付近で拾い、近くのレストランから回ることに決めた新。レストランは一か所に固まっている訳ではない為に全てを見ようと思えば殆どモール内全体を歩く必要があった。
そして暫くモール内を歩き、最終的に新が辿り着いたのは開放的な場所に位置するカフェ形式のレストランだった。
扉を開け中に入ると、涼しい空気が満ちている。このレストラン自体がモールの中では中央付近に位置している為か、店内は多くの客で賑わっていた。
「いらっしゃいませー」
「あの、一名なんですが」
「すみません……ただいまテーブルカウンター共に満席でして……」
見渡すと確かに空席は無く、満席状態である。
「相席という形でもよろしければ、確認をとってまいりますが………」
「大丈夫ですよ。では………」
「かしこまりました!少々お待ちください!」
「え」
新は「もういい」という意味で「大丈夫」と言ったのだが、忙しさのせいか店員は勘違いをしてしまったらしい。店員は二人席を一人で座っている客の元へ向かって行ってしまった。
正直、新としては他の店の選択肢もあるのでこの店に拘る意味は無い。わざわざ見知らぬ他人との相席をしてまでこの店で食べたいかと言えば微妙な所だ。
しかしながら既に店員は事情説明、もとい交渉を始めてしまっている。完全に善意で動いているだけに何も言わずに店を去るというのは中々気分的に難しい。
あの店員が戻ってきたら再度諦める意思を伝えようと考え少し待っていると、数分後店員が入口まで戻って来た。
「お待たせいたしました!こちらへどうぞ!」
「………あ、はい」
どうやら交渉は成功してしまったらしい。
普通こうしたカフェでの相席は断られると思っていただけに、新は少し驚いた。
そうしてそのまま店員に案内されるがまま、窓側の二人席に辿り着く。そこには一人の男性が一杯の珈琲と共に座っていた。
「………」
「………失礼します」
男性が無言で新を見る。元々の顔立ちもあるのだろうが、中々に険しい表情。
内心気まずいと感じながら一言断って新は席に着く。それを見届けると店員は「ごゆっくりどうぞ」と言い残して再びキッチンの方へと戻って行った。
「………………」
「………………」
無言の時間が続く。
卓上にはメニュー表と呼び出しボタン、そして目の前の男の珈琲。二人席ということもあって決して広くはないテーブルだが、二人が座る分には十分なスペースだろう。
窓ガラスの向こうにはモール内を歩く人々の姿が見えた。
「………全く、何処をほっつき歩いているんだ。あいつは」
ぼそりと目の前の男が呟く。
「なんかすみません」
「ん……あぁ気にするな。私はガキ一人相席する程度で苛立つ程器の小さい人間じゃない」
「……はぁ」
「それに今はツレを待ってる最中なんでな。座れるなら対面に誰が居ようが気にしない」
ガキと呼ばれたことは気になる所だが、押しかける形になったのは新の方だ。多少なりとも苛立ちを覚えられているのも当然と言えば当然だろう。
気まずい空気感の中でメニューを広げ、何を頼もうかと眺めることにした新。
カフェレストランという題目通り、カフェらしいメニューや軽食の類が充実している。すっかり忘れかけていたが、喉の渇きを思い出しドリンクメニューの方にも目をやると、かなり豊富なメニューが並んでいた。
そのようにメニューを眺めていると、新は視線を感じる。
顔をあげると目の前の男性が新をじっと眺めていた。
「……君は、どこか懐かしい気もするな。どこかで会った事があるか?」
「いえ………多分ないかと」
新の知る限り、目の前の男性とは初対面だ。目の前の男性は余り特徴的な顔立ちではないが、それでも一度会ったことがあるかどうかくらいは分かる。
「ふん………そうか。なら良いんだ。別に大したことじゃない」
新の解答に一応納得したのか、男性は珈琲を静かに飲んだ。
「学生だな?」
「ええ」
「羅盤の生徒か」
森影異能特区内に存在する学校は羅盤学園のみだ。勿論私塾のようなものを含めれば教育機関自体は存在するが、男性の言う学生は羅盤学園の生徒を指す言葉で間違いない。
「羅盤……という事は君も国家所属を目指しているのか?」
「何故そんなことを?」
「特に意味は無い。相席ついでに聞いておこうと思っただけだ」
そう言われてしまえば答えないといのも難しい。
「……まだ決めかねています」
正直な所、新は国家所属の異能者にはならないだろう。
羅盤学園にも組織の人間として任務の為に在籍しているのであって、任務が無ければ新は学生という身分では無かった。
そしてその任務には国家所属の異能者になる部分までは含まれていない。
今はまだ確定していないが、卒業した新はおそらく再び組織に戻り任務をこなす日々に戻る。他のメンバーのように身分を偽って潜入することは十分にあり得るだろうが、それも確定ではない。
寧ろ新が潜入任務を苦手としていることから、これまで通りに戦闘任務のみの生活になる方が可能性は高いだろう。
だがそれは極秘事項。正直に話す訳にはいかない。
故に新がとった選択は未定という答えだった。
それが一番学生としても無難だろうと考えたからだ。
だが、返ってきた言葉は決して無難なものでは無かった。
「なるな。あんなのはろくなものじゃない」
「―――え?」
◇




