勧誘①
大変お待たせいたしました。大方の流れが出来ましたので、ぼちぼち更新していきます。
「やあ、久しぶりだね」
夏休みを三週間後に控えた六月の某日、八十新は同級生でクラスメイトでもある白木銀子と共に羅盤学園の敷地内にある生徒会室へと呼び出しを受けて訪れていた。
生徒会室。
普通の高等学校の生徒会室といえば、単なる教室と大差ない構造をしている事が多いだろう。
しかしながら、ここ羅盤学園の生徒会室は一般的な生徒会室とは格が違った。
羅盤学園では生徒会用に一つの建物が丸々与えられている。
学園において巨大な権限を持つ羅盤生徒会は正規の役員以外にも多くのサポートメンバーを有している。羅盤学園における教師陣と対を成すもう一つの自治組織とも言うべき存在なのだ。
その為、生徒会が使用している建物もそれなり………いやかなり大きい。
現在新たちが訪れている生徒会室も正確には生徒会会長室である。
そして彼等を会長室に呼んだのはこの部屋の主、他でもない生徒会長であった。
「そう緊張する必要は無いよ。本当に楽にしてくれていい。そうそう白木君は新人戦優勝おめでとう。とても見事な戦いぶりだったよ」
「………ありがとうございます」
「特に決勝戦での永宮君との戦いは見応えがあった。今後もあのような戦いを見せてくれることを期待しているよ」
生徒会長、庵膳木星毅。
羅盤学園全生徒の頂点に立つ存在であり、同時にこの国の学生異能者の頂点の一人。
〈安全惑星〉の異名を持つ異能力者だった。
「………何の用ですか、会長」
「そう急かさないでくれ。世間話の一つや二つ位するのが普通だろう?」
「この状況で呑気に世間話に興じられる程、私達は鈍くありません」
一年生である八十新と白木銀子、そして三年生である庵膳木星毅。
羅盤学園は生徒数がかなり多く、同学年間ですら繋がりは希薄だ。ましてや上級生と下級生の間の縦の繋がりはより希薄になる。殆ど皆無と言っても良い。
では何故、庵膳木星毅が彼等を呼び寄せたのか。
それは四月のある出来事が切っ掛けであった。
「四月のあの時以来、こうして直接会うのは初めてです。何かあると考えるのは当然ではないでしょうか?」
四月のあの時。
それは八十新が決意を新たにした日であり、白木銀子が自分を改めた日。
異能が暴走した白木銀子を新が倒し、救った日の事である。
「そんなに僕には信用が無いかな?」
「信用が無い訳では無いです。あの時、僕等を庇ってくれた件は感謝しています。でもやっぱり二か月も経ってからこうして呼び出されるというのは疑ってしまいます」
「そうだね、あれは意外と大変だったね」
「…………」
本来なら停学どころか退学処分を受けてもおかしくない筈の事件。
それをどうやってか庵膳木星毅は誤魔化し、新達を助けた。
「でもその件に関して何か言うつもりは無い。あの時も言っただろう、これは生徒会長として普通の事だからとね。僕はあくまで羅盤学園の生徒会長としての役割をこなしただけなんだ」
「じゃあ今日は何で………」
あの件で無いのなら、余計に何の用で呼び出されたのかが新には分からなかった。
「予定ならもう少し世間話をする予定だったけど………そんなに急かすなら、そうだね、じゃあ本題に入ろうか」
本当に、心の底から残念そうにしながら庵膳木星毅は新達に向かって話し始めた。
「僕達は羅盤学園の生徒だ。そしてそれは国立異能者養成学園の学生であるという事でもある。僕達の学費は全額国が負担してくれているし、だからこそ僕達は成果を示す義務がある。そうは思わないかい?」
「………何が言いたいんでしょうか」
「夏休み、そんな成果を示す機会が訪れる」
そこまで言われ、新は一つの答えが思い当たった。
それは入学後のオリエンテーションで言われ、その後も度々耳にする機会があった言葉であった。
「三校戦、ですね」
「察しが良いね。そう、夏休みの中日、国立三校の学生が一堂に集って交流試合を行うんだ」
「まさか………」
そこで白木銀子も同時に同じ考えに思い至ったようだった。
そして答えはすぐに示された。
「そう、君達には三校戦の選抜メンバーに入って貰いたいんだ」
三校戦の試合は全員参加ではなく各学園の選抜メンバーによって行われる。
これは生徒数が学園ごとに余りにも異なるが故であり、制度的な側面でも見れば余りにも時間がかかり過ぎるからだ。
しかし疑問は生じる。
白木銀子は兎も角として、新が呼び出される理由が無いのだ。
白木銀子は白木家の人間。天帝近衛四家に産まれたエリートである。
対して新は体面的には一般人だ。あらゆる新に関する情報は偽造されており、どう辿っても新は一般家庭出身の異能力者という事しか分からない。
「銀………白木さんはともかく何故僕が?」
「理由は君が一番理解しているんじゃないかな?」
勿論心当たりはある。
「あの日の件について学園が知っているのは白木さんの異能の暴走と校則違反だ。対外的には不審者のせいになっている。流石に外部の警備システムまで僕は改竄出来ないからね。これは学園にも隠し通せない。逆に………学園に話していないのは君の事だ」
庵膳木は語る。
「学園は白木さんの暴走を止めたのは僕で、君は偶然その場に居た事になっているけれど、本当はそうじゃない。暴走を止めたのは君だ」
「………何が言いたいんですか」
「ただの事実確認だよ。他意はない」
八十新は一般人ではない。
組織において数々の戦闘任務をこなしてきた異能力者であり、その戦闘能力は白木銀子を上回っている。これは客観的な事実だ。
だからこそ、八十新は分かる。
目の前の人物が、どれだけの実力を秘めているのかも。
「八十新君。君の実力は白木君以上だ。間違ってないよね」
「………………」
その一言が全てだった。
そしてこの時点で新達には庵膳木が何を言いたいのか、理解出来ていた。
「断る事は?」
「そうなると、僕も普通の優しい生徒会長じゃいられなくなると思うよ」
「脅迫ですか?」
「いいや。言っただろう、僕達には学生としての義務があるんだ」
義務。確かに庵膳木が先程言った言葉だ。
新も含め国立異能者養成学園に通う学生は全ての学費を免除されている。学費だけではない、学生生活に必要と判断される諸費用も大部分が負担されている。
これは実力のある異能者の養成こそが何よりの国力の増強に繋がるという異能社会の基盤からだ。強力な異能者はどんな鉱山よりの価値のある存在なのだ。
だから新にも庵膳木の言っている意味は理解できる。
寧ろ、こうなれば庵膳木の言い分の方が筋が通っているようにすら感じられる。
だが、出来ない。新が真の実力を出すという事は新のあの姿を見られるという事に他ならない。
「待ってください会長。新さんの自由意志も尊重されるべきです」
そこで白木銀子が口を挟む。
彼女があの時の新のの姿を見ている。そして、それが秘密であることも何となく察している。だからこそ今こうして新を庇っているのだろう。
「そもそも選抜メンバーに入るのも、最終的には本人の承諾が必要なのでは?会長のやっているそれは、新さんの学生としての権利を侵害しているように感じます」
「成程。そうだね、そういう側面も否めないね」
「第一、新さんは実力を隠したいことを理解してくださったからこそ、会長はあの時新さんの存在を学園に隠してくれたのではないのですか?」
それを聞いて、庵膳木が困ったような表情を浮かべる。
そして、うーんと唸った後、再び口を開いた。
「白木君、君は勘違いしているよ。あの時八十君の存在を隠したのは八十君の希望を叶えてあげたからというのもある。けど、それは八十君を守る為だ」
「守る………?」
「そう」
庵膳木は当たり前のことを言う様に、話し続けた。
「僕はね。ただ普通の生徒会長として当たり前のことをしているんだ。学生を守る、優しい生徒会長でいる、生徒の模範でいる………そして羅盤学園に貢献する。どれも生徒会長としての業務だ。だから僕は羅盤学園を三校戦で勝利させる義務がある。その為には使えるものは使わないといけない。ただ、それだけの話なんだ」
「………っ」
「僕は何かおかしなことを言っているかな」
それは当たり前のことだった。余りにも筋が通っていた。
庵膳木星毅は羅盤学園の生徒会長である。
巨大な権力を持つ、羅盤学園の学生の頂点に君臨する存在である。
だからこその、義務。
八十新と白木銀子を助けたのは彼等が退学になるのを防ぐ為。
それは彼等が優秀な異能力者であるから。
羅盤学園の利益になるからだ。
そして今回、その利益を彼は求めている。
「でも………!」
「いや、もういいよ白木さん。会長が正しい」
反論しようとする白木銀子を新が止める。
「分かりました会長。僕は三校戦に出場します」
「ありがとう、八十君」
新達は既に理解出来ている。
彼等は会長に助けられた側だ。そして新が人前で実力を晒したくないというのは、新自身の我儘だ。白木銀子にすら話せていない、彼自身の都合のためだ。
庵膳木は正しい。生徒会長として普通で当たり前だからこそ間違っていない。
「ですが条件があります。条件を付けさせて下さい」
「何かな」
「勿論三校戦に代表として参加するからには勝利を目指します。ですがその方法は僕が決めます」
「つまり、白木さんとの戦いの時に使った能力は使わない、そういうことかい?」
「はい。そういうことです」
それが新にとっての最低条件だった。
知られてしまったものは仕方がない。白木銀子と庵膳木星毅、既にこの二人には知られてしまった。
だがこれ以上はまずい。幸い、この二人は特別な事情から他の誰かに無暗に言いふらす人間では無かった。だがそれでも、これ以上の人間に新の正体に繋がる情報を知られるのは避ける必要がある。
「うん、良いよ」
「………やけにあっさりですね」
「あっさりでは駄目だったかな?」
多少何か言われる事も覚悟していただけに、少し拍子抜けしてしまう。
てっきり本気でやれと言われるものだと考えていたからだ。
「いえ。ですが我儘だと自覚していましたから」
「後輩が勝利を目指すと宣言してくれたんだ。信じるのが先輩の役目だろう。それに君の実力は信頼しているからね」
「信頼、ですか」
「そう。信頼さ」
変な感覚だった。新を信頼してくれている同僚は何人かいる。
それは新の実力を知っているからだ。新がどういう存在なのかを知っているからだ。
だが目の目の庵膳木は新のあの姿は知っていてもその詳細を知らない。
八十新という人間がどういう人間なのかを知らない。
にも関わらず、一点の曇りなく信頼していると言ったのだ。
それが新にとっては初めての感覚だった。
「さて、二人が承諾してくれたことだし堅苦しい話はここで終わりにしよう」
そう言って庵膳木は席を立つとおもむろに戸棚の方へと近づく。
「会長、何を………?」
「ん。業務の話は終わったからね。ここからは純粋な先輩後輩だ」
そういって庵膳木は戸棚の中から何かを取り出した。
「珈琲はブラック?それともミルクあり?一応紅茶も用意しているよ」
手に持っていたのは珈琲を入れる器具一式。
それを持ちながら、庵膳木はにこやかに、穏やかに笑いかける。
「………ブラックでお願いします」
「あ、私も………」
「うん。じゃあそこで座って待ってて」
先程迄の会話が嘘のように、三人は珈琲を飲んだのであった。
因みに庵膳木の淹れた珈琲はかなり美味しかった。
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