Day9 日常は続く。
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屋上に吹く風は涼しくて、夏の暑さを和らげてくれる。
日の辺りは良好どころか最高。正直、夏に屋上で寝転んでいるのは厳しい。
けれど、いつもの場所に居たら捕捉されそうで怖い。いや、怖くは無いんですが………恥ずかしいというかなんというか。
「まぁここなら見つからないでしょ」
「見つけましたけどね」
「!?」
寝転んだ僕の顔を覗き込む様に、彼女の顔が現れる。
美しい顔。彼女のあの姿を見てからだと納得がいくというものだけれど、本当に彫像の様に整っている。
幾らか見慣れて来たとはいえ、こうして突然、しかも近距離で現れると驚いてしまう。
「あの場所に居るのかとも思いましたが、当たって良かったです。移動距離が長いのは大変ですから」
「あ、あはは………それはそれは結構な事で………」
読まれている、完全に。読心術でも備わっているのか、天使なら有り得なくもない。
「読心術では無いですよ」
「………そんな事思ってないよ?」
「冗談です。かまをかけてみました。幾ら半天使と言っても、万能ではありませんから」
「ふーん………」
異能が万能ではない様に、天使の力も万能ではないらしい。
魔術が万能だけれど魔術師が万能では無いのと似ているかもしれない。
天使の力を扱う彼女自身が未だ人間の範囲であるが故に、十全に扱えないのだろうか。
それが良い事の様に、僕は思うけれど。
「ところで、僕に何の用かな?今日は昨日のせいで自習って事になってる筈だけど」
「それは貴方も同じでしょう、愛染君。一人サボっているのも、二人サボっているのも変わりませんよ」
「君の場合はすっごく目立つと思うけどね」
昨日の一件で教師陣は対応に追われているようだ。
まぁ、仕方ないだろう。侵入を許したのみならず、団体訓練を滅茶苦茶にされたんだから。
国立異能者養成学園という看板を背負っている側としては恥そのものだ。
噂によると僕等が倒したテロリスト以外にも大物が居たらしい。
宗谷が大怪我を負ったのはその大物が原因だとか。
そして、傷跡も大きい。
何人かのクラスメイトが、未だに意識を取り戻せずにいる。
有木柚木が言うには、目立った外傷は存在しないらしく原因は不明との事。怪我による意識不明では無く、何かによる意識不明という事だ。
有木柚木が分からないのなら、この学園内で原因が分かる人間は居ないだろう。こうなると外部の人間が診に来る必要がある。
命に別条が現状無くとも、先行きは不明という事だ。
「………」
「で、どうしたの」
「………今日は俺じゃないんですね」
「ぶほッ!?」
何も言わずにこっちを見ているものだから油断して普通に聞き返してしまった。
その油断に突き刺さる言葉。特に今の僕にとっては銃弾で撃ち抜かれた様な衝撃が襲う。
「あぁああぁああぁああぁぁぁ………!もう勘弁してください………」
「どうしてですか?あれも愛染君、何ですよね?」
「記憶もあるし論理を分かるよ?でも性格が違うんだよ………今の僕だと恥ずか死ぬ………」
「てっきりオラオラ系のキャラ付けかと」
「ぐはっ!?」
彼女の言う通り、本当に言う通りではあるのだけれども………!
僕の特性〈人相遣い〉は人相を変えるだけの能力だ。記憶は同一だし、人格が変わる訳では無い。ただ考え方が根本から変われば、当然色々な部分に変化は出てくる。一人称なんかは顕著だ。
だからこそ、だからこそ今の僕では耐え切れない恥辱。
例えるならテンションが上がって立食会で醜態を晒してしまった感覚だろうか。余計な事まで口走ってしまったり、普段は言えない事まで言ってしまったり。そんな感じ。
キャラ付け、というのもあながち間違いじゃない。
今の僕も含めて、全ての人相は最初の僕が作った人相なのだから。
ただそれを面と向かって言われるとやっぱり恥ずかしい訳で………。
「かっこいいじゃないですか。良いと思いますよ、個性が強いのは大事ですから」
「それは素で言ってる?」
「勿論。………少しはからかいも混じっていますが。御相子ですよね、私だって秘密を話したんですから」
「………それを言われると、まぁ何も言えないな」
まぁ恥ずかしくはあるけれど僕のは別に秘密にしている訳でも無いし。彼女程重い過去を背負っている訳でも無い。言うなれば一方的な開示だった訳で、これ位は我慢しなければならないだろう。
「どういう絡繰りだったんですか?私でさえ、貴方への違和感に気付く事が出来なかった。あれは………異能、なんでしょうか?」
「さあね。僕の家系は皆こんな感じだよ。超常史の前からずっとね。ああでも母さんは普通の異能力者だよ、だから父方の家系がこんな感じ」
「超常史以前から………つまり貴方は魔術師の?」
「どうだろう。変な家系だとは思うけど」
自分で言うのもなんだけれど、愛染の一族は超が頭に付くほど特殊な家系だと思う。
本家と分家の概念があったり、皆芸術家気質というか独特の拘りを持っているし。それは勿論僕も含めてなんだけれど。
それに正直魔術師の家系とか分からないんだよね。
会った事のある魔術師は全員同年代だったし、それだってもう何年も前の事だし。
あーまた厄介な事を思い出してしまった。
「というかそっちこそ特殊な家でしょ。あの〈英雄〉の娘で〈世界最強〉の妹、しかも天使のハーフ。僕なんかよりよっぽど特殊で変わっている家庭だと思うけど?」
「確かに、そう言われると弱いですね」
「僕なんかよりよっぽどだと思うよ」
〈英雄〉サルトマ・アベルと〈世界最強〉ユグド・アベル。この二人の名前を超常史に生きる人間で知らない者は居ない。下手すれば、いやしなくとも天帝近衛四家を知っている人間より多い。
特にユグド・アベルなんかはファンの数も多いしね………兄妹揃って人気者になる宿命っていう訳だ。
世界最大のイベントの一つ、公開異能者番付戦。
公開異能者全員が参加するこの戦いは世界異能機関が公的に行うものであり、興行。この番付戦の勝敗が公開異能者の順位に影響するのだから当然と言えば当然なのだが、毎回凄まじい盛り上がりだ。
上位の公開異能者の番付戦の観戦チケットはそれこそとんでも無い価格で販売されている。
中でもユグド・アベルの試合は別格の扱い。それだけ彼が世界的な人気を博しているという証明だ。
「そういえば」
なんて青空を見上げながら考えていると、話題が転換する。
「杠先生の言っていたハンデって何だったんですか?私は知らないまま始まりましたが………」
「ああ、それね。んーまぁ終わったし言っても良いかな」
「………?」
まぁそりゃ疑問符も浮かぶよね。そういう所あの先生は適当だからなあ。
「頭領が誰だったか、桜海さんは知ってる?」
「道木さんには朱音さんが頭領役を務める予定だったと聞いています」
「そう。その予定だった、合ってるよ」
「では………だった?」
そう、過去形である。いや実際に過去の出来事な訳だから過去形で言うの事態は間違っていないのだけれども。まあそこは空気を読んでもらって。
「そうだよ。実際に団体訓練中に頭領役だったのは全く別の人間だったんだ」
「では、それが杠先生の与えたハンデだったという事ですか?」
「んー正確には違う。事前準備の段階でも、その後でも道木の予定は朱音さんだったんだ。だけど、始まってすぐの通信でハンデの内容は送られて来た」
「成程………既に散会した後だったんですね」
「そう、そして道木はそれを伝えない事を選んだって訳」
言わなかったのは支障が無いと判断したからだ。僕でもそうすると思う。
朱音さんが頭領役をするっていうのはある意味Aチームからも想像し易い事だったし、デメリットばかりじゃない。元々朱音さんは後方支援に徹する役目という事もあり、前線への頭領交代の影響は薄い。
「余計な混乱を避ける為………ですね。では誰が頭領役だったんですか?」
「僕」
「………本当に?」
「僕だって急に知らされたんだよ。事前準備も団体訓練開始前の作戦も全部しっちゃかめっちゃかになって本当に大変だった。捕まったらアウトだしね」
だから基本的に陣地に居る様にしたし、本来参加しなくても良かった筈の前線も前線である特殊任務に参加せざるを得なかった。道木も混乱してたなぁ………あいつはすぐに切り替えてたけど。
選ばれた基準は分からない。僕の能力は僕自身の存在を変えるものじゃない。
愛染王位、という事実を変化させるまでの力は無い。というかそうなると本格的にアイデンティティが崩壊する。僕は僕だ。
なので僕が態々選ばれたのか、それとも偶然かは不明のままだ。個人的には偶然だと思うけどね。
「そんな事が起きてたんですね………」
「結局、ハンデらしいハンデでは無かったからね。もっと、こう直接干渉してくるもんだと皆思ってたから。ま、だからこそ道木も無暗に言う事を避けたんだろうし」
「団体訓練においてランダム性は恐るべき事ですよ。まぁでも上手く行ったので良かったですけど」
「そうだねー」
実の所、今の説明は完璧ではない。
七割位は正しいし、残りの三割も言っていないだけで間違っているという事では無い。
元々は朱音さんが頭領の役だった、これは正しい。僕が頭領に何故か選ばれた、これは正しい。僕が選ばれた理由が不明、これも正しい。道木が黙ったままだった、これも。
しかし、僕が頭領になった事は誰かに教えられた訳では無い。通信が来たとか、事前に杠先生から連絡が来ていたとかそんな話でも無い。
僕は訓練が開始してから、自分の力で自分が頭領役である事を知った。それからこれは拙いと道木に事情を話したのだ。そこからは桜海さんに伝えた内容と同じ。
最初は疑われたが、全体通信が僕に与えられ、朱音さんに与えられていないという状況を把握すればもう疑う余地も無い。僕が頭領役に選ばれてしまったという事だ。
だけど、これは別に言わない。道木は上手く誤魔化せたけど桜海は無理だろうし。
それに言えば絶対に面倒臭い事になってしまう。そういうのは文字通り面倒臭い。
「結局さ、桜海さんは荒日学園に残れるの?」
「………一応、そう交渉しています。どこまで通用するのかは分かりませんが」
「夏休みには三校戦もあるし、荒日学園としては残って欲しいと思うよ」
荒日、羅盤、雅写、三校の国立異能者養成学園によって行われる対抗戦。
各学園の実力者ばかりが参戦する対抗戦だけれど、桜海さんの実力があれば余裕で選考メンバーに入るだろうね。荒神期生よりも強いんじゃないかな?
「愛染君も出場するんですか?」
「いやぁ、しないと思うよ。僕の事を知っているのはこの学園では桜海さんだけだし」
「そうですか………考えておきます。約束はできませんが」
「ふーん、そっか。何か助けになれる事があったら言ってくれて良いから」
「ふふ、そうですね。もう全部知られちゃっている訳ですし。もしそうなったら………ええ、あの時みたいに、助けて貰いますね」
「あああああああ、カッコつけた代償を支払わされている………」
決め台詞とか、吐かなきゃ良かった!!もう、本当に!!
これ一生後悔するやつだな………記憶消したい。
「ああ、そろそろ戻りませんと。流石に全部欠席するというのは無しですよ」
「………そうだね、帰ろうか」
僕は立ちあがり、軽く埃なんかを掃う。
こうして、日常は続く。
僕も一旦、この日誌を終えようと思う。
また、どこかで。
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Next Episode 時代の寵児達
ありがとうございました。これにて第一記 愛染王位日誌は終了です。
拙い文章ですが、お付き合いいただいた方ありがとうございます。
あと一話か二話程SideEpisodeを投稿する予定です。
その後に新章開幕予定です。何卒宜しくお願い致します。




