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ベツバラ!!  作者: 理想久
第一記 愛染王位日誌
73/82

Day8 最低少女

年内完結は無理でした。今年もよろしくお願いします。


 ■◇■


「素晴らしい能力でした。ええ、本当に、本当に素晴らしい方だ。………ただ、少しだけ足りないだけ。貴方は何も悪くありません、ですが本当に素晴らしい。まさかここまで粘られるとは思っていませんでした」


 男が見下ろしていた。

 眼下に倒れ伏しているのは、宗谷智治。

 致命傷には至っていない。しかし彼から感じられる生命反応は既に弱弱しく、重症だ。

 異能領域は既に消滅しており、残滓だけが空間に残っている。


 彼は敗北した。完膚なきまでに。

 しかし彼が弱いのかと問われれば、それは回答に困難する。

 彼は弱者と呼ばれるには余りにも勤勉かつ優秀であり、しかしこの場においては圧倒的に経験値が不足していたのだ。


 把握していても、避けられない戦い。

 それこそロールプレイングゲームにおける負けイベントのように。

 彼の選択肢に男、〈騙討〉との戦闘を避けられる術は存在していなかった。


「ふむ、あちらも決着が着いたようですね。残念ながら稲浪は負けたみたいだ。回収は………難しいですね。仮に稲浪を倒した異能力者が居るのならば、それは………ええ、まだ確定ではありませんね。ですが、今日は本当に素晴らしい一日だ。幾つかの収穫もありましたし、ええ………」


 男が振り返る。

 そこには一つの人影があった。


「貴女がデザート、という事で宜しいでしょうか?」


 その人物は元より姿を隠していた訳では無かった。

 順当にこの場所にやって来て、順当に姿を現す予定だった。

 つまり、彼女は逃げも隠れもしないつもりだった。


 現れたのは少女だった。

 きっちり着られた制服に、肩まで伸ばされた黒い髪、黒い縁の眼鏡。まるで本から飛び出してきた文学少女といった出で立ちの少女がそこに立っていた。


「こんにちは、早速ですけど投降の予定は?」

「ありませんね。では聞き返させて頂きますが逃走の予定は?」

「無いですね。貴方もそうでしょう?」

「よく分かりましたね。さては………同類でしょうか」

「最低ですね?」

「ええ、とても素晴らしい」


 淡々と会話を繋げる二人。そのやりとりはテロリストの主犯と被害者側の学生という二人の関係性を忘れさせる程に丁寧かつ穏やかなものだった。

 だが違う、それは錯覚に過ぎない。


 合図は無かった。

 強いて言うのならば、その声が始まりだった。


「「異能領域」」


 少女が歩く、〈騙討〉と呼ばれた男が歩く。

 距離が縮まる。緩やかな足取り。

 まるで休日の昼下がりに公園を散歩している様な、そんな穏やかさすら感じさせるというのに。


 ―――展開。


 少女が笑う。男が笑う。


 少女が駆けだす。

 〈騙討〉が右手を動かし、普段通りに異能を行使しようとする。


「――――――!?」


 だが発現しない。

 彼が普段愛用している一つ、純粋な攻撃の手段が発動しない。

 その一瞬の戸惑い、その隙間に彼女は既に懐に潜り込む。

 突き出される拳。異能力では無い、徒手空拳だ。

 だがその一撃は余りにも重い。〈騙討〉は咄嗟に腹部に力を込めて防御を試みるが、失敗に終わる。


 男を襲う強烈な痛み。長らく味わった事の無い、鈍痛が神経に直撃する。

 銃弾を発砲された時も、異能力の火炎を直に受けた時も、多くの戦闘でも感じ得なかった強烈な刺激が〈騙討〉に襲い掛かる。


 そして襲う追撃。しかし瞬時に思考を切り替え、身を捩り回避する。

 あれ程の痛みだったというのに、男がすぐに体勢を整えたのは経験の賜物だ。


(拙い………一先ずは距離を………ッ!)


 異能力者にとって基本中の基本とされている技術。それが身体能力の強化だ。

 優れた異能力者は自身のエネルギーを身体に纏わせ、或いは消費し、或いは構築し身体能力を強化する。これは身体能力強化の異能力者で無くとも出来る、最も基本的な技術の一つだ。


 基本的に異能力者の戦いとは異能力によって決する。

 だが異能力とは多種多様、それこそ宗谷の様に遠距離への攻撃手段を一切持たない異能力者も居る。だからこそ身体能力を強化し、戦うのだ。


 防御にも攻撃にも繋がる身体能力強化、勿論〈騙討〉の練度は学生の域を圧倒的に越している。

 戦闘経験や天性の才、〈騙討〉自身もそれなりの自負がある。


 にもかかわらず、出来ない。

 エネルギーが身体に巡らない。

 ()()()()()使()()()()()


 後方へ回避した男に詰め寄る少女。

 明らかに素人の動きではない。格闘家や、武道家に近しい動き。それでいて型に縛られていない柔軟かつアグレッシブな身のこなしだ。


 見れば分かる。彼女の戦いは、この状況を想定している。

 即ち、異能力が介在しない、純粋な近距離戦闘を想定した動きだ。


 顔面へと伸びる拳を紙一重で回避し、男は反撃を試みる。

 成人男性と少女。体格差は歴然、リーチも圧倒的に男の方が優位。


 だが、躱される。男が少女の腕を掴もうと伸ばした腕は、反対に少女によって掴まれた。

 男の身体が宙に浮く。それが合気道と呼ばれる技術に似通ったものである事は、今まさに投げられている男も容易に想像がついた。

 だが想像できたからと、避けられるものでは無い。


 どこにそんな力があるのだろうか。少女の手によって男の身体が投げ飛ばされた。


「―――ハハ」


 受け身を取り、肉体への着地時の衝撃を緩和する。

 幸いな事に投げ飛ばされる事によって、距離が生まれていた。


(久しぶりの痛み………強化が使えない。こんな感覚は初めてですね)


 熟練の異能力者にとって身体能力強化の技術は無意識に行われるものだ。それこそ息をする行為を同等、何も考えずに出来る事。

 ある段階から異能力者の戦闘は普通の人間が知覚できる速度を突破する。そんな時に一々意識して強化していては間に合わない。

 異能エネルギーによる身体能力強化無しには反応すら出来ない世界、それが強者の世界。


 〈騙討〉も当然そのレベルの異能力者である。

 身体能力強化等、息をするよりも容易い………筈だった。


 彼にとっては初めての経験だった。

 意識しても、力が入らない。突然身体がその機能を失ったかのように。

 異能という行動が、意味を成さない。


 異能が存在しない肉体という初めての感覚。


(先程の彼も異能の行使を制限する能力者でしたが………これはまた別種ですね。力が霧散するのではなく、そもそも出力できない。成程、つまり彼女が………)


 〈理知減測〉の異能を体感した〈騙討〉だからこそ理解出来る事。

 宗谷の異能は発現した異能から前回の使用分のエネルギーを減算する異能だった。つまり異能を行使する事は出来る。行使出来た上で〈理知減測〉は作用するのだ。


 しかし目の前の少女の異能は異なる。

 そもそも異能力が行使できない。

 超常史に生きる人間の九割以上は異能力を有している。無能力者と呼ばれる存在は、超常史において超少数派だ。

 故に、理解出来ない。異能力が肉体の機能として当然に存在しているが故に、異能力が使えないという状況を実感できない。


 しかし〈騙討〉は思い出した。


 そもそも異能特区内の情報も情報統制がなされ特区外に流れる情報は一部のみだ。

 特に学生異能力者の情報は外部に秘匿されている。

 一部の入学前から有名だった異能力者、例えば白木や永宮の様な天帝近衛四家の様な異能力者ならば兎も角として、一般入学した様な異能力者の名前が外部に知られる機会は殆ど存在しない。


 だが例外もある。

 裏のルートにはなるが、異能特区内であれば知る機会も存在する。


 五大異能特区の一つであり、七代研究都市に位置する羅盤学園。その生徒会。

 〈野心王〉によって支配された領域に位置する異色の雅写学園。その七骨。


 そして最も伝統を保有する学園、荒日学園の荒神期生。

 その内の一人に〈騙討〉は思い至る。


 曰く、一見すると普通の少女に見える。

 曰く、読書を好む文学少女である。

 曰く、どこも悪い所は存在しない。

 曰く、荒神期生で最も戦闘狂である。


 曰く、その少女と対面した異能力者は口を揃えてこういう。


 ―――最低である、と。


「丁度腕慣らしをしたかったんですよね、この前は呆気なく終わってしまって消化不良だったんです。貴方は………満足させてくれますよね?」


 異能を制限され、純粋な肉体での戦いを強要される。異能力者にとってこれ程悪い状況があるだろうか。


「………最低ですね」

「良く言われます」


 荒神期生が一人、〈最低少女〉深阪むぐり。

 荒神期生最強の少女、即ち荒日学園最強の学生異能力者である。


(深阪むぐり………噂には聞いていましたが、ここまでの出力とは。異能は………まだ使えませんね。時間制限では無く、範囲制限でしょう。つまり距離を取る事が重要な訳ですが、そうはさせてくれませんよね)


 深阪むぐりが疾駆する。

 異能の制限された状況、異能を主体にして戦う〈騙討〉は肉弾戦を得意としていない。

 最低限身体を動かす事は出来るが、身体強化が当然に出来るあまりに肉体の動かし方に差が出てしまう。

 この状況はパワードスーツを脱いだ、或いは身体に重りを付けて動いている状況に等しい。


 今の〈騙討〉は生身同然。超人的な運動は当然不可能。


 対して深阪むぐりの攻撃動作は非常に洗練されている。

 自身の異能を前提として動き、当然の動きだ。


 流れる様な連撃と、隙間隙間に放たれる重厚な一撃。それらを使い分ける事で緩急を生みだし、感覚を狂わせる。戦う者の動きだった。


 だが〈騙討〉とて受けるばかりでは無い。


「――――――ッ!」


 カウンター。深阪むぐりの攻撃リズムを読み取り、分析し、対応する。

 〈騙討〉の特異な特性を以てして行われる一連の動作は非常に高速であり、戦闘に組み込んだとしても十分な効果を発揮する。

 元より異能の演算に用いる彼の特異性。格闘戦に反映出来ない訳が無い。


「………凄いですね。もう慣れましたか」

「いえ、まだ慣れていません。ただ少し、貴女の事を理解して来ただけですよ」

「十分凄いです。まさかこんなに早いなんて………もしかして、結構強い人ですか?」

「どうでしょう。一応それなりであるかもしれませんね」


 深阪むぐりが笑う。自身の異能に対応され始めているにも関わらず、彼女は笑った。

 彼女に敵意は存在していなかった。宗谷をやられた敵討ちの感情も存在しない。ましてやテロリストを捕まえようという義務感を彼女には存在していない。


 ただ純粋に、ひたすら純粋に戦いという行為を楽しむ。

 荒神期生最強であり最低。純粋無垢な重度戦闘中毒(バトルジャンキー)、それが〈最低少女〉深阪むぐりという人間だった。


「次はどうしますか?実は残り時間は少ないんです、出来るなら………切り札を出して欲しいのですが」

「おや、切り札があるとはどうして?」

「経験………というのもありますが、期待ですね。ほら、強い人って大抵切り札を隠し持っているのが定番ですよね?貴方も持っているのなら、出して欲しいんですが」

「ふむ………」


 〈騙討〉は考える。

 当然、彼がこの戦闘で切り札を切るつまりは全く存在しない。そんな意味は無いからだ。


 彼の今回の作戦での目的は二つだった。

 片方の目的は達成不可能となり、もう片方の目的は半分程度だが達成出来ている。

 この戦闘で消耗しすぎる意味は全く存在しない。


 だが………


「まったく、デザートにしてはカロリーが高いですね」


 幸か不幸か、〈騙討〉の本質は愉快犯。

 そんな彼がこんなに面白そうな状況を逃す訳も無かった。


「一度だけですよ?」

「出来るなら、二度三度と味わいたいのですが」

「本当に最低な人だ、貴女は」


 〈騙討〉は異能出力を上げる。

 ランク4相当から、ランク5相当へと引き上げる。

 制限していた自身への枷を一部解除し、自身のトリガーを引く。


「異能力―――()()


 結論から言えば、両者の戦闘はこの攻撃で終わる。

 〈騙討〉は戦闘を離脱し、深阪むぐりもまたそれを追いかける事はしなかった。

 正確には追いかけられなかった。追撃出来ない理由が生まれたからだ。


「―――〈模倣遊戯〉(てろる)


 深阪むぐりの異能領域と干渉し、両者の異能力が共存する。

 しかし相反する二つの性質が矛盾を引き起こし、世界はその矛盾を許容しない。


 眩い光輝が周囲を覆い、暴風が吹きすさぶ。

 深阪むぐりがそれを爆発であったと気が付いたのは、〈騙討〉が居なくなった後の事だった。


 ◇


「………ふふ、まさかこれ程とは」


 暴風が止んだ後、深阪むぐりは天を仰ぎながら笑っていた。


「追いかけたい所ですが………放っておくことも出来ないですしね」


 〈騙討〉が去った後、残されたのは深阪むぐりと意識を失ったままの宗谷智治。

 正直な所深阪むぐりにとっては現状〈騙討〉の方が宗谷よりも優先したいのだが、流石に自重した。

 宗谷は傷を負っている、このまま放置するのは危険だと判断したからだ。


「まったく、足を引っ張らないで欲しいのですが………ま、仕方ないですね」


 さて、と言いながら深阪むぐりは倒れる宗谷の元へ近寄り背負う。


「夏がもっと楽しみになってきましたね」


 ■◇■

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