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ベツバラ!!  作者: 理想久
第一記 愛染王位日誌
68/82

Day8 透下力学

本日二話目です。まだの方は前話からよろしくお願いします。


 ■◇■


「異能領域展開―――“天撃”ッッ!!」


 明確な開戦の合図は無かった。

 だが既に彼女が攻撃を続行している。


 新たに生み出された四つの“天撃”。先程と異なるのは、込められたエネルギーの量だ。

 衝動的に、そして瞬間的に生み出された先の攻撃とは異なり、異能領域を展開した上での攻撃。例えるならば、それはウォーミングアップに似ている。


 本来、異能力者は自身の異能領域の内部でしか異能力を発動出来ない。外部世界への影響が殆ど存在しない肉体変化系統の場合でも、体内に異能領域が常駐しているからこそ異能を使えるのだ。

 だが、そういう視点において彼女は………桜海ソラは特別と言う他無かった。


 雷球が飛翔する。光速には届かないにしても電気エネルギーに近しい性質を持つ彼女の雷撃は速い。異能力者の強化された身体能力の中でも避ける事は容易ではない。

 だからこそ弦流達はその性質を利用し攻撃に転用したし、宗谷は異能領域の圧縮を用いて使わせないという選択肢を選んだ。それだけ彼女の異能が攻撃力に突出した性能だからだ。


 その威力は言うまでも無い。


 しかし―――


「“落ちろ”」


 四つの雷球その全てが、地面に墜落する。


「―――ッ!」

「ほら、一つも届いてないぜ?もっと撃って来いよ!」

「言われ、無くとも………!」


 再び桜海ソラの周囲に生み出される雷球。その数は八つ、先程の倍の数である。

 込められたエネルギー量が据え置きならば、その合計の威力は単純な倍には収まらない。同時に着弾すれば、威力は数倍にも膨れ上がるだろう。


 強靭な精神力で八つの雷球を全て手動(マニュアル)操作し、完璧にぶつけられる軌道を計算する。桜海ソラの精神力、演算能力が合わさるからこそ出来る芸当だ。

 多くの人間は全く同時に複数の物体を操作出来ない。殆どの異能力者はある程度の軌道を設定しているに過ぎず、それは多くのものを操作する異能力者程操作は簡略化されていく。


 頭の中に軌道を描きながら、桜海ソラは思考する。

 既に彼女の中で目の前の男は敵であり、倒す事に思考の余地は無い。

 では何を思考するのか、それは当然に男の異能力についてだ。


 四つの雷球が男の前方から飛来し、四つの雷球が後方から襲う。

 正に四方八方から襲う雷球。同時に着弾する様に操作されたそれ等を回避という選択肢は不可能。


 だが、落ちる。その尽くが墜落する。


「クッ―――」


 明らかに不自然に墜落する雷球。勿論そんな軌道を彼女は描いていない。

 そも全てを手動で操作しているのだ。そんな軌道を選択する訳が無い。


 だが、先程とは異なり手動で操作したからこそ彼女が感じた感覚があった。


(まるで、上から押された様な―――)


 例えるならば、移動している所を後ろから背中を押されるような感覚。

 力の方向が加えられた様な、そんな感覚だった。


 思考は刹那の時間。だが、それは明確な隙だった。


男が地面を蹴り上げる。瞬間、吹き飛ぶ地面。


(―――ッ!?)


 訓練場は人工的に整備された森だが、その基盤となったのは自然の森だ。

 故に地面は均等な土だけで構成されておらず、小石等の物質も含まれている。


 それらが吹き飛び、空を舞う。

 

 だがそれだけならば、何の脅威にも成り得ない。

 異能力者の肉体に自然落下してくる小石等、問題にはならない。ましてや今の桜海ソラは戦闘態勢を整え、肉体にはエネルギーが充ちているのだ。


 だが、そんな事は男だって把握している筈。

 ならば、と桜海ソラは意味を思考する。して、しまう。


「“落ちろ”」

(―――拙い)


 思考する、その過程において桜海ソラはミスを犯してしまった。

 空にまった小石や朽木と言った森の残骸を、彼女は見上げた。何が起きるのか、待ってしまった。

 その時間はほんの一瞬だ。思考時間は一秒にも満たない。半ば条件反射のようなもの。


 当然だ。目の前の敵が、異能を用いて態々撒き上がった物達。

 それが攻撃で有り、何かしらが起こると考え咄嗟に対応しようとするのは普通の反応だ。


 結論から言えば、両方だった。


 彼女が自身の選択ミスに気が付いた時には既に男は動き出しており………攻撃もまた始まっていた。


 宙に撒き上がった小石達が―――加速する。

 さながら小規模の流星群の様に、中空から地上の地上の桜海ソラの地点を目指して一直線に。明らかに自然落下の速度を超えた、超常なる現象。即ち異能。


 あの程度の小石が自然落下してくる位で彼女は傷つかない。高さも重さも速度も足りない。

 だが、そこに速度を補えば?


 奇しくもそれは道木の異能力と似ていた。

 道木の異能である〈光槍〉に質量は殆ど存在しない。だがそれを高速で投擲する事によって威力を生み出している。道木が異能を槍の形で射出する事が多いのは、威力もそうだが速度が上がるからだ。


 極端な話、速度とは威力だ。

 歩く人間にぶつかっても大した被害は無いが、走る自動車にぶつかれば大事故となる。高速で噴出した水は石を穿ち、金属を切断する。

 

 桜海ソラも同じような攻撃手段を保有しているからこそ、加速した小石達の危険性を理解した。


「“天―――」

「遅いな」


 しかしその逡巡こそが、男の狙いだった。

 撒き上がった土砂と自分を天秤にとらせ、迷いを生み出す。そこからの異能による土砂の攻撃と、自らが対象に近づいての攻撃。


 桜海ソラが異能によって落下してくる小石を迎撃しようとしたその時には、既に男は彼女の懐にまで入り込んでいた。

 

 武器は持っていなかった。

 握り込まれた拳がただ既にそこに置かれていて、次の瞬間には拳が見えなくなった。

 彼女が自分が殴られた事に気が付いたのは、その一瞬後の話だ。


 訪れる衝撃、鈍痛。身体能力強化の恩恵を受けた、重たい一撃。


「ガハッ―――!!!」


 衝撃のままに、彼女の身体は後方へと投げ出される。

 そして空中で何とか姿勢を整え、痛む腹部を擦りながらに彼女が立った。


「はは、やるなぁ」

「………貴方、何者ですか」


 一度の攻防を終え、血が上っていた桜海ソラの頭が冷静になりつつあった。

 今での目の前に居る男への感情は変化していない。以前、彼女の目的は男という敵の排除だ。


 だが、このままでは埒が明かないのも事実。


「お前は考えた事があるか?」

「は………?」

()()()()()の気持ちをだよ」

「――――――」


 桜海ソラからの質問には答えず、男は話し出した。


「異能社会は強者だけが生き残る。そこには当然、弱者が存在するよな?だったら当然、弱者の気持ちって奴は考える必要がある」


 超常史。それは異能力によって変わった世界。

 異能という要素によって、明確な強者が産まれた時代と言い換える事も出来よう。


「俺はなぁ末っ子だったんだ………兄弟が居たんだ。そこそこでかい家で、そこそこ金持ちだった。―――だが、俺の扱いは酷いもんだった。兄貴達はいつも褒められてよー、俺は駄目な奴だった。弱者だった」


 男は自分の過去を振り返りながら、心底悲しそうに話しを続けた。


「何でだ?おかしいよな、弱者は優しくされるべきだろ。劣った奴こそ大事にすんのが社会の役割だろ?特別扱いすんのが社会の役割だろうが!!」


 次第に言葉に怒りが滲み、最後には怒号へと変わる。

 そんな自分に男は気が付いたのか、ふぅと呼吸をし再び話出す。


「何で俺は優しく(特別に)されない?何で俺は優秀(強者)じゃない?こんな社会(世界)は間違ってる。そう思うだろ?だから、考えたんだ。どうやったら皆俺に優しくしてくれるんだってよ。そんで思いついたんだ………社会(世界)を根本から変えた方が良いって」


 それは、告白だった。

 男が此処に居る意味そのものであり、男が辿り着いた結論の一つだった。


「なぁ、()()()()()のお前なら分かるだろ?」

「何を、言って――――――」

「俺達はもっと優しくされて然るべきだろうが、俺達はもっと優秀(強者)になれるだろうが、こんな社会をぶっ壊して作り直せばいいんだよ。理想の社会の為に動けば良いんだよ!そして俺は新しい世界で支配する側になるんだ!!」


 それは明らかな矛盾だった。


 弱者としての特別や優遇を求めるにも関わらず、その一方で強者として他社を蹴落とす事を望んでいる。弱者としての建前を述べながら、強者として支配したいという願望を隠しもしない。

 しかし本人はそれは当然だと思っている。何も矛盾であると思っていない。


 最早彼の目に映っているのは、理想の姿となった自分だけ。


「だから、(弱者)達仲良く出来るだろ?そんでぶっ壊そう、俺達についてこい」


 男の目には、強者となった自分の姿しか見えないのだ。


 故に彼の異能は生まれたのだろう。

 

「………狂っている」

「狂ってんのは社会の方だ。で、ここまで話を聞いたんだ………当然お前も賛同してくれただろ?」


 男は笑う。先程迄の自分の所業などこれっぽちも頭にないのか、それとも本当にそう思っているだけなのか。戦闘開始時の発言すらも、もう頭にないのかもしれない。


 桜海ソラは思い出す。それは自分の記憶、その最奥。


 だが、迷う必要も無い。


「お断りです」

「………一応理由を聴いといてやる」

「簡単です。貴方は私を落ちこぼれだと表現しましたが、それは違う。私は普通です、優秀でも落ちこぼれでもない。普通の人間です。それに………」


 昨日の自分の発言と重なる部分がある事は承知しながらも、彼女は宣言する。


 ―――この言葉は、自分を求めるこの男にとっては最悪のものだろう。

 ―――恐らく決別の言葉よりも意味を持つだろう。

 ―――そして、今度は本気の戦闘が始まる。


 覚悟は決まっていた。予め決めていた。どんな事があろうとも、どう生きるのかを決めていた。


「兄なら、必ず立ち向かいます」


 彼女の心に澱みは無い。


「―――それを言うって事はぶっ壊しても文句ねぇって事だな?」

「こちらこそ、本気を出させて頂きます」


 男は静かな怒りを燃やし、桜海ソラは静かな決意を燃やす。


「―――異能力」

「異能力ぁぁぁぁぁッ!!」

 

 そして―――今再び、両者の異能が顕現する。


「“天撃”ッッ!!」

「〈透下力学〉ッ!!」


 ◇


 稲浪透日(いななみ とうか)それが男の名前。

 そして稲浪の異能力こそ創造系統現象系〈透下力学〉である。


 その能力は『物体への下方向へのベクトル追加・変更』。

 

 物体に下方向のベクトルを追加する事で重力を強化したり、運動する物体に対しては変更を行う事で無理やりに墜落させる事も出来る。

 異能の効果は下方向に限定されるが、これは稲浪のパーソナルに由来するものだ。


 自分が特別になりたい。自分が優遇されたい。

 ならば他者を自分より下に落とせば良い。


 そんな歪んだ論理によって生み出された異能。

 だが本人はこの歪みを認識していない。至極当然の当たり前の事であると本気で認識している。

 だからこそ、下方向限定のベクトル操作という異能を発現させたのだ。


「“落ちろ”」


 自身の異能領域内に入った物体に対して稲浪の異能は作用する。

 稲浪が認識さえすれば効果の範囲内であり、下方向ベクトルを操作出来る。


 稲浪は飛来する雷球の尽くを撃墜、もとい墜落させながら駆ける。

 自身の進路上、そして周囲にある木々を圧し潰しながら速度を緩める事無く駆けている。

 それは同じく駆ける桜海ソラを追い詰める為であり、彼女を捕らえる為であり、彼女を屈服させる為だ。

 完膚なきまでに心を折り、自らの計画と、自らの信奉する者に役立てる為だ。


「―――“天裁”」


 だが、桜海ソラも追われるばかりではない。


 新たに生み出された銛の如き雷。長く、鋭く、それは捕鯨に用いられるソレにも似ていた。

 それこそは“天撃”の更に発展、“天裁”。

 天の一撃ならぬ、天の裁きを形として攻撃に用いる技。

 

 射出される二本の銛が木々の合間を抜けながら稲浪の元へと飛翔する。

 先程の“天撃”による攻撃に比べ、数は落ちるがその分威力は上昇している。生物を貫けば内部から内臓を焼く………彼女が宗谷との試合で使わなかったのは、殺傷能力が高すぎる故だった。


 〈透下力学〉は強力な異能である。だが異能である。

 異能領域同士の干渉も受ければ、強力な異能に対しては減衰も起きる。

 “天撃”のエネルギー量では〈透下力学〉の干渉を跳ね除けるのは困難。故にこそ桜海ソラは奥の手の一つである“天裁”を用いた。


 両者の距離はそれ程離れていない。


 数秒の内に“天裁”が稲浪の元へ辿り着く。

 だが、届かない。銛は稲浪の肉体を貫く寸前に地面に突き刺さった。

 先程とは異なり、その場で墜落したのでは無い。段々と角度を下げ、目の前で墜落したのだ。

 その様子を桜海ソラは見る事が出来ない。だが手動操作された“天裁”の感覚で理解する。


(やはり………まだ足りない!)


 現在の桜海ソラの異能領域の強度はランク4相当。

 だが稲浪透日の〈透下力学〉はランク5に達している。


 ランク5、それは世界異能機関の定めるランク制度において事実上の最高ランク。

 異能のランクはあくまで世界異能機関が定めたものである為に、このランクが出力にそのまま直結している訳では無い。だが、異能領域の強度に限定すれば間違いなく桜海ソラは稲浪透日に負けている。


 異能領域の強度とは、異能の強度。

 幾ら桜海ソラのエネルギー総量が莫大なものであるとはいえ、限界もある。

 そしてそれこそが稲浪の狙いである事は、薄々感づいていた。


 “天裁”による攻撃、継続的な身体強化、異能の手動操作による精神の摩耗。それらは戦闘時間が長引くほどに重く彼女にのしかかって来る。

 更に言えば彼女の体調は万全ではない。昨日の今日、未だに消費したエネルギーは完全ではないのだ。


 故に―――


 桜海ソラは足を止め、振り返る。

 数秒もしないうちに眼前の木々が圧壊し、荒々しい雰囲気の男………稲浪透日の姿が現れた。


「追いかけっこは終わり、で良いのか」


 そこは団体訓練場の端。後少し進めば団体訓練場を囲む塀にぶつかる。

 木々が少なく、ある程度開けた場所であり、最早逃げも隠れも出来ない場所だ。


「結構粘ったみたいだが………諦めたみたいだな。それが賢い選択だ」

「誰が諦めると言いましたか」

「………あぁ?」


 そしてこの場所は、()()()()()()()()()()()()()()()()であった。


「言いましたよね、兄なら………きっと逃げない、立ち向かう」

「………………」

「だから、私も立ち向かう」


 こうなった時、あの宣言をした時、彼女の覚悟は既に決まっていた。


 故に彼女は使う。


「異能領域」


 彼女の本質、その全てを。


「―――臨界」


 ■◇■


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