Day8 光槍激化
■◇■
「頼む…間に合ってくれ………!」
息を切らし、宗谷は走っていた。
彼は自分がBチーム陣地に出向く際、他のメンバーは陣地及びその周辺で待機しておくように命じた。
それは何が起こっているのか分からない空間に仲間を放り込む事を避ける為の命令。そして交渉中に誤って逮捕される事や、その逆を防ぐ為の命令だった。
だが、何が起こっているのかを把握した今では意味が変わる。
今回の団体訓練のルール上、全員が陣地の内部で固まる事は出来ない。
故に陣地上限から外れたメンバーについては陣地の外で隠れる様に知らせてある。
敵はテロリスト。しかもどうやってか荒日学園の内部に潜入できる程の実力を有した集団だ。そう、敵は集団なのだ。
宗谷が持つ通信機は通じなかった。
それはつもり、何かが既に起こってしまっているという事に他ならない。
彼は駆ける。昨夜の痛みがまだ残る身体、だが止まる事は出来ない。
そして―――
「――――――」
彼は言葉を、失った。
そこにあったのは、仲間の倒れる姿。
陣地に待機していたメンバーだけじゃない、陣地の外に居たメンバーの姿もそこにはあった。
だがだれも目を開けていない。彼の仲間で立っている者はただの一人も残ってはいない。
そう、彼の仲間では。
「おや、ようやくメインディッシュですね」
その声は、状況に見合わない落ち着いた声だった。
静かな声だった。
「………お前が、やったのか」
「ええ、勿論。外から内へ、追い込み漁の様に平らげました」
たいして美味しくはありませんでしたが、と男は続けた。
だがそんな言葉は宗谷にとってどうでもいい事だった。ただ活火山の様な怒りが沸き上がり、その憤怒を彼は鋼の精神を以て制御していたのだ。
(勝てない)
宗谷は自身の異能力の都合上、他者の異能領域を観る能力に長けていた。
そうして悟る。自分では、或いはここに居る誰も、この男には敵わないという事を。
異能領域の底が見えない。既に男は宗谷の異能領域、つまり〈理知減測〉の効果範囲内に居る。
だからこそ、理解してしまう。
―――これは、別格だ。
彼が今まで戦ってきた誰よりも恐ろしい存在だ。
強さの事は、正確には分からない。だが、戦えばひとたまりも無いだろう。
「それで、君はどうしますか?」
男が、問う。
「………逃がして、くれるのか?」
「いいえ?ですが、異能を使ってくれるのなら嬉しいですね」
「………」
異能犯罪者。それは超常史において、単に異能を使った犯罪者、という意味では留まらない。
特にA級以上の異能犯罪者は別格と言っても良い程に強力であり、凶悪。
例えば、細切れの殺人鬼〈ドット〉。
例えば、溶かし尽くす物〈メルター〉。
例えば―――
「そうだ、自己紹介をしておきましょう。私には、疚しい事等これっぽちも無いですから。私の名前はシラサギ、と申します。そうですね機関からは―――」
宗谷は思い出していた。
いや、思い出してしまった。
彼は優秀だったが故に、まだ習っていない範囲の事まで鮮明に思い出していた。
それは、世界中あらゆる場所に出現している。
それは、世界中あらゆる場所で活動している。
それは名前を隠す事も無く、淡々と自らを公表して生きている。
それは主役ではないが、全てに関与していると噂される。
故に与えられたランクはS級。
「―――〈騙討〉と呼ばれております」
〈騙討〉。
誰もが知っているというレベルではない。確かに知名度で言えば〈魔王〉や〈ミスター〉といった大規模かつ凶悪な異能力者の方があるだろう。
だが、〈騙討〉は他の異能犯罪者とは認定された理由が大きく異なる。
無論実力は高い。そも実力が無ければA級以上には認定されない。
では何故、彼がS級なのか。他のS級と並ぶ要素とは何なのか。
それこそが、計画力。
現に今、国立異能者養成学園に易々と侵入してみせ、教師にばれる事無く生徒を襲撃している。しかも単独で侵入したのではなく、複数名での侵入。
「ははっ………」
宗谷の口から、乾いた声が漏れ出た。
正しい選択肢、それは逃走する事なのだろう。
それは頭で理解していた。
だが、宗谷は自身の異能領域を展開した。
「素晴らしい。やはり、優秀ですね。逃げずに闘志を燃やす…そこには信念がある。でも良いのですか、今なら逃げられるかも、しれませんよ?」
「生憎、時間稼ぎは大の得意なんだ」
「ふふ、そうですか」
彼が見たのは倒れた仲間だった。
生きているのか、死んでいるのか。ただここで彼が逃げれば………彼等の運命は決まってしまう。
(それは、駄目だ!それだけは、それだけはさせない!!)
宗谷と道木は似ていた。相反している様で、根本で似通っていた。
彼等は共に責任感が強く、そして勇敢で有り、誠実だった。
(―――時間を、稼ぐ)
故に、彼は立ち向かう。
一人の学生異能者として。
未来を担うべき若者の一人として。
「………来いッ!」
「良かった。メインを譲ったかいがあったようです。では、一足先に頂きましょうか」
■◇■
異能力〈光槍〉。
それが道木修の異能力である。
能力はシンプルなもので、エネルギーを槍の様に創り出す事が出来る能力。
だがシンプルであるが故に、道木にはそれが合っていた。
「クッ………!」
作り出す光の槍は長さを自由に変えられる。
そして彼と繋がっている必要が無い為に投擲も可能だ。この場合後から長さを変える事は出来ないが、逆に言えば身体に触れている間はある程度自由に形を変えられる。
道木は自分の事を優秀であるとは思っていない。寧ろその逆だ。
学生異能者。それは超常史が生み出した力ある子供であり、学ぶ者でありならが変える者だ。
異能特区外の一般社会にに学生異能者が注目される事は少ない。やはり世間の目は世界異能機関が発表している異能者番付や、よりエンタメ性の高い迷宮探索者に向けられる。
極端に言えば、世の中の多くの人間は異能犯罪者ですらよく覚えていないかもしれない。
〈魔王〉や〈ミスター〉の様に、世界を巻き込んだ異能犯罪者でも無ければ現在別の場所で戦う宗谷の様に指名手配犯の顔と名前を瞬時に一致させる事は難しいだろう。
だが道木は学生異能者、その一人として思う。
自分は優秀ではない、と。
羅盤学園の生徒会、雅写学園の七骨、そして荒日学園の荒神期生。
彼等に比べ、自身の何たる事かと。
彼等は強い。学園を超えてその噂は飛んでくる。
既に異能業界に彼等は注目されており、大人と比べても見劣りする事は無い。
道木修は卑屈ではない、ただ謙虚であり客観的だった。
優秀では無く、器用貧乏。
自分はただ、何でもをそこそこに出来る人間だったのだと彼は自己評価をする。
実際には彼は十分優秀な人間だとしても、彼の中にある評価はそれだ。
だが、だからこそ。
彼は責任感を一層深く背負っていた。
(まただ…!また消えた!次はどこに………ッ!)
男の姿が消える。決して道木は戦闘中目を離していない、瞬きすら控えている。
まるで画像編集ソフトを使っているかのように、男の姿だけが彼の視界から消えるのだ。
そして、再び現れる時には、既にナタは振り下ろされている。
移動によって残る痕跡が何処にも存在しない。
にもかかわらず男は移動し、ナタを既に振り下ろしている。
故に防御が、間に合わない。
「ガッ―――ッッ!!?」
「ツーヒット………!」
二度目の腹部への直撃。バキバキと、骨の軋む音が聞こえる。
だが、痛みに悶絶している暇は無い。
次いで振り下ろされるナタ。それを道木は転がる事で回避した。
「チッ………しぶといな」
最初は楽しそうにしていた男も、攻撃に転じない道木とのワンパターンな戦いに飽きて来たのか苛立ちを隠そうともしていない。
(分から…ない。何だ、何なんだ………!?残り一回…一回だ、何か……何かを見逃している!)
道木の自己評価は、彼の性格に反して低い。
だが、彼は優秀である。
そして、気づく。
何て事は無い。簡単で単純な違和感を。
(何で、連続で攻撃して来ないんだ…?さっきもだ、俺が回避した時に消えて攻撃すれば良かったのに。しなかった)
短い会話だが、道木は覆面の男の性格をある程度理解出来た。
男の性格は典型的な単純思考、そして荒っぽい性格だ。真っ先に攻撃を仕掛けて来た事と言い、攻撃性の高い性格である事は間違いない。
ではそんな人間が、そして常に防御不可能な死角からの一撃を与えらえる人間が回避行動直後という絶好の隙を見逃すだろうか。
(それが、条件なんだ。それが理由なんだ。使用制限時間?それか………)
体勢を整え、道木は振り返る。
彼の身に残された回数は一回。予想以上の威力に彼の防御も削られていた。
(いや、おかしい)
目の前に立つ覆面の男。手にはナタ、何度も攻撃を受けたナタだ。
だが、そのナタは何ら特殊な物には見えない。寧ろ………
(………錆びている?)
確かにそれはナタだ。だが、本来のナタが持つべき鋭利さはそこには宿っていない。
寧ろ赤錆まではいかないにしても、刃が零れている様にすら見える。
それはこの戦闘が原因の様には見えない。
そしてもう一点。
「―――!」
「オラァッ!」
覆面の男が襲う。ナタを振り、道木の首を切り裂こうと狙ってくる。
回避行動を取る。彼自身の切り札はまだ使えない。故に直撃を受ける事は出来ない。
その時、道木は見た。
それは、もう一人の姿。
「―――異能領域、展開…!」
「なッ―――!?」
集められるエネルギーが、彼の左手に光の槍を形成する。
それは長く、細く、鋭い槍。いや、槍と呼ぶよりも寧ろ矢と呼ぶ方が相応しい形状。
〈光槍〉に物理的な重さは殆ど存在しない。だが高密度のエネルギーで作られた〈光槍〉はぶつかれば物理的に影響を与えるし、彼自身の認識によって微妙に性能も変化する。
故に矢という形状。それは投擲槍よりも、狙撃に優れた形状である。
「―――“光矢”!」
彼は引鉄を引く。そうする事で彼の認識力はより強まる。
狙うはもう一人。陰に隠れた、もう片方。
「ガ―――ッ!」
矢が、もう一人の覆面の男の方へと突き刺さる。
その瞬間、ナタを持つ男が動揺するのを道木は見逃さなかった。
走る。一直線に、もう一人の男の元へ。
「糞餓鬼がぁっ!」
「〈光槍〉!」
貫かれた肩を抑えながら、覆面の男が手に持ったフラスコの様なものから紫の粘液を飛ばす。
だがそんなものよりも、道木の異能の方が遥に速い。
再度生み出された光槍は粘液を弾き飛ばし、そのまま直進する。
衝突。今度は男の脇腹をかすめ肉を抉った。
流れ出る血、そして追い打ちをかけるかの様に振り下ろされる光槍。
道木の光槍はその手を離れれば操作出来ない。だが、異能の性質から彼の手を離れたとしてもすぐに消える訳では無い。そこには数秒のラグがある。
故に、もう一度持てる。
「待っ―――!!??」
勿論待たない。再び手に収まった光槍の形状は既に変化し、槍よりも寧ろ鈍器の如き形へ。
そして道木は、それを躊躇なく振り下ろした。
沈黙。気を失った覆面の男が気にもたれかかる様に倒れた。
◇
「いつ、気が付いた…」
道木の背後から、声が掛けられる。
ナタを持った男は一層苛立った様子で、既に最初の余裕は消えていた。
「お前が消えないタイミングがあった。最初は使用制限時間だと考えた。だけどそれだと、お前の攻撃は威力が高すぎる」
「………」
「だから疑った。『姿を消して移動する』、そして『威力の高いナタ』………異能力は一人の異能力者に一つしか存在しない。そして丁度…いつの間にか姿が消えた奴が居た」
男は沈黙していた。
時間を稼ぐべく、更に道木は続けた。
「最初は朱音達を追ったのかと思った。でも薄っすら見えたんだ」
「だから態々異能領域を展開し直したのか………!」
「見えない奴を認識するなら、これが一番速い」
通常、戦闘中に一度展開した異能領域を閉じる行為はかなりのリスク伴う行為。
宗谷のしていた様に、異能領域を展開する行為は一瞬で出来る事では無い。必ず展開し直すには時間を要するからだ。
故に道木は一直線に、細く長く、その人物だけを把握する為に異能領域を展開した。
「多分、お前の移動はアイツの視界内じゃないと成立しないんだろ?だから俺が体勢を崩した時、お前が壁になって移動出来なかったんだ」
故に最初、直線状の時は移動し、その後の攻防においては何度か移動出来なかった。
木々や他ならない男自身が目隠しになる事で、死角に潜り込む事を阻害していた。
「だから、何だって言うんだ?アイツの手助けなんざ、はなから邪魔だっただけだ!!それにてめえももうふらふらじゃねぇか!!」
『視点の先に移動させる異能』と『威力の高いナタの異能』。
その二つが合わさる事で、彼等は死角からの高威力の一撃必殺を行ってきたのだろう。
「………そうか、だから気が付かなかったんだ」
そしてこの異能は勿論有用だ。
一人分断された人間を背後から襲うなんて事には、特に。
「そうだな、ぶっちゃけもう一回でも喰らったら骨がバキバキに折れる。もう身体も上手く動かないしな」
「じゃあとっとと諦めろや!」
「だけどな。俺はリーダーなんだ」
忘れかけていた怒りが、噴火するように沸き上がる。
「皆が、こんな俺を選んだ。選んでくれたんだ。ならこんな事されてよ―――」
異能領域が、彼の怒りに呼応する。
「………仲間の仇を、俺が取らない訳にはいかねぇだろうが!!!」
「このクソガキがぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」
そうして、彼は切る。
不確定要素だった不可視の移動は既に無い。
故に、時間稼ぎの為では無く、彼自身が倒す為に異能を使う。
「―――“光騎士”ッ!!」
光が、彼の身体を覆う。を手に、輝きを放つ騎士が降臨する。
あたかも神話における騎士の如く。
それこそは誰にも見せた事の無い、道木修という異能力者の切り札。
彼の器用貧乏の行きついた技であり、彼の決戦形態。
「―――ッア!!」
「クッ―――!?」
〈光槍〉で全身を覆い、絶え間のないエネルギー供給によって強度を維持し続ける。
強度を維持しながら身体を動かす為には、常に意識を割き形状を変化させ続けなければならない。
莫大なエネルギー消費、そして集中による精神の摩耗。道木がこの技を編み出してから、実戦で使った事が無いのはこの形態が僅か三分程度しか保てないからだ。
しかも相手の攻撃によって更に制限時間は短くなる。
だが、それでいい。
相手の攻撃手段は割れている。
そして道木は、ここで決めるという覚悟をしている。
「あああああああああああああああああああああ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
槍とナタが激突する。
異能によって重みを増したナタ、先程まで彼の身体を壊し続けたナタ。
だが今は―――
バキン、と。金属の割れる音が聞こえた。
道木の持つ槍は異能による産物。そして全身を覆う“光騎士”状態の時、槍は常に修復され続ける。
ならばその音は、彼の武器が壊れる音ではない。
「あ、ああああああああああああああ!!!??」
ナタが、折れる。
槍がナタを折り、ナタは砕け散る。
そして、道木は躊躇する事は無い。
「俺が、こんな、ガキにぃぃぃぃぃぃぃぃいいいぃぃ!!??」
振り下ろされた槍。それは彼のナタを砕きながら抉り進み、遂に男の身体へと辿り着く。
衝突し、男の身体が後方へ勢いよく吹き飛ばされる。
奇しくも一人目と同じ様に、彼の身体は樹木にぶつかり………崩れ落ちた。
■◇■
〇覆面の男たちの異能について
粘液を垂らした覆面の男
事前にマーキングしたものを視線の先に転移させる能力。短距離しか転移させられない。
また転移させられる距離や重量にも制限が存在する。
転移系の異能には何らかの制限が存在する事が殆どであり、この異能も例に漏れない。
ただし転移系の異能力は貴重である為、重宝される。
ナタを持った覆面の男
手に持った物の重量を変化させる能力。
自分自身も重さを感じる為、とんでもない重さに設定は出来ない。
転移系の異能と組み合わせる事で、超重量のナタを敵対者にぶつけやすくなる。




