Day8 暴徒発生
■◇■
「あ、ああぁっ!」
別に、彼は自分が強者の側だと認識していた訳では無い。
自分よりも強い人間はこの世界にごまんと存在し、自分は良くて中位だと。
学園での成績も悪くは無いし、自身の異能力も戦闘向きだ。進路選択には丁度良かった。
国家所属の異能者になれば少なくとも食うに困る事は無いし、収入も良い。
成り行きと言えば成り行きだが、将来に迷うよりは良い。それ位の気持ちだった。
だが、彼のそれは無根拠な自信であり驕りであった事を思い知らされる。
「あああああああああ!!」
半べそになりながら、彼は森を駆ける。
行先は彼の陣地、一刻も早く助かる為に。助けられる為に。
何が国家所属異能者だ。
何が食には困らないだ。
人は危機に陥ってこそ、本質を垣間見る。
彼は逃げながら気づいてしまった。
無様に涙を流して逃げる自分が、将来命を賭して戦えるのだろうかという事を。
否だ。自分には無理だ、気づいてしまった。
「―――!!」
彼の身体が、沈む。
何かに乗っかられている様な、上方向から力強く押さえつけられている様な、そんな感覚。
そんな状態で走り続けられる筈も無く、彼はバランスを崩して勢いよく地面に倒れ込んだ。
「 」
動け、動け、動け。彼が身体に力を込める………が、動かない。
立ち上がるどころか、指先に至るまで地面から離れようとしてくれない。
これは彼が見た光景と同じ。
逃げ出した光景と同じもの。
「あぁ…今何人目だっけか?」
声が、聞こえる。
倒れ込んでいるが故に、顔は見えない。だが鮮烈に思い出す。
恐怖に顔が歪む。涙と鼻水と唾液がぐしゃぐしゃに彼の顔を濡らす。
もう、何も思えなくなる。
「覚えとけ………■■■■をな」
そこで彼の意識が途切れる。
唯一彼が幸運だったのは、この後の光景を見ずに済んだ事だろう。
■◇■
「道木君!ポイントはすぐそこです!」
「急ぐぞッ!!」
「はい!」
道木は朱音、そして先程の面子を引き連れ連絡があった場所に向かっていた。
連絡を寄越した二人の場所は近く、彼が現在向かっているのは一つ目の発信源だ。
固定通信機、頭領役の特別な通信機を除けば各チームに与えられた通信機の数は僅か四つ。Bチームでは本部と密に連絡を取り合う主要な班の班長にそれを配っていた。
その中の半分に当たる二つの通信機からの危険信号。
最早疑う余地は無く、そして連絡の内にあった言葉からも分かる。
異能犯罪者が、荒日学園に侵入したのだ。
道木は無事で居てくれと願う。しかし望みが薄い事も無意識の内に分かっていた。
相手は犯罪者、それも各地で報告がある事も考えるとある程度の集団だろう。
しかも国立の異能者養成学園に侵入するだけの力を持った集団。
そんな連中が攫った生徒に何もしないなんて事が有り得るだろうか。
(駄目だ、考えるな足が鈍る!今は一刻も早くそこへ!!)
既に宗谷は自身の陣地へと戻った。
こんな事がBチームだけで起こっているとは考えにくい。
彼はAチームのリーダーとして戻らなければならない。
単独行動は危険だが、宗谷の実力を信用して送り出したのだ。
走る事数分。
「か、感じました!!近くに反応が三つ………内二つは未確認の反応です!」
「―――俺が先に行く」
「でも!」
「朱音は追い付き次第、埠藤を連れて離脱しろ。これは…リーダーとしての命令だ」
「―――ッ!…はい!」
道木がリーダーとして明確に下した命令。
朱音は分かっている。自分は本来後方で動くべきではない役割だ。こうして前線で敵を探知する、というのは客観的に見て本来の彼女の運用方法ではない。
だからこそ、彼は命令してくれたのだ。
朱音が自身を責めない様に、彼がリーダーとして責任を果たす為に。
だからこそ、彼女も返事をする。せめて自分が彼の邪魔をしない様に。
「―――」
そうして彼等は見つける。
「埠頭!木通!!」
道木の目の前に広がっていたのは、現場だった。
傷を負い、木にもたれかかる少女と地面に伏した少年。
そして―――
「…新しく五人追加。良いな、撒き餌はやはり効果的だ」
「無駄口を叩くな。嬲る事は我等の目的ではない」
「ちっとは楽しんでも良いだろう」
傍に立っていたのは覆面姿の二人の人間。
覆面を着けているが故に人相から年齢を測る事は不可能だが、少なくとも学生ではない。声から判断しても男性に近い低温だ。恐らくは両者共に男性だろう。
片方の覆面は手にナタの如き鋭利な刃物を持ち、もう片方の覆面は手から紫の粘液を垂らしていた。
割れた木肌、所々抉れた地面。そして地を流し倒れる仲間が二人。
「朱音、二人を連れて直ぐに離脱しろ。速く!!」
後方を振り返る事すらせず、彼は叫んだ。
道木は一瞬で理解したのだ。そして悉く彼の予感が最悪の方向に当たり、向かっている事を知る。
故に、その感情は誰に止められるものでも無かった。
「そこを―――退けッ!!糞野郎共がッ!!」
激情に駆られ、彼は走りだす。
「異能力ッッ!!」
引鉄が、引かれる。
展開される異能領域。
光が溢れ、形を成す。
「―――〈光槍〉ッッッ!!!!」
彼がそこへ辿り着くよりも速く、彼の異能力が発現する。
異能により光の槍が彼の手に現れ………投擲する。
彼の異能力〈光槍〉は創造系統現象系の異能力だが、物質系と似たような運用も可能。というより物質系と似たような運用も可能な現象系と言った方が正しい。
本来の使い方は顕現させた光槍を投擲する方なのだ。
槍を武器として持てば近中距離に対応し、投槍として用いる事で遠距離にも対応できる。
槍自体は現象系で生み出した物である為に彼の手の内にある限りは長さすら可変。正に攻防一体の異能力であり、均整のとれたバランス型の異能だ。
放たれた槍は道木の手を離れ、一直線に覆面の者達の元へ。
凄まじい速度で飛翔する槍は、空に軌跡を残しながら進む。
「チィッ!」
「伏せろ」
すぐさま一人が地面に手を押し当てる。
すると粘土の様に持ち上がる地面が、壁を形成し飛翔する槍を間一髪の所で防御した。
「中々骨のありそうな奴だ」
「油断はするなよ。どうやらさっきの奴等とは違うようだ」
「わぁーってるよッと!!」
言葉を言い終えるのが先か、覆面のもう片方の姿が消える。
瞬きすら道木はしていない。にも拘わらず、彼の目には一人しか映っていない。
「バァッ!!」
「―――ッ!」
突如として現れる覆面の男。
振り下ろされるナタが既に道木の腹部を目指して加速している。
「ワンショットだぜぇッ!!」
「糞っ…野郎がァ!」
咄嗟に再度光槍を顕現させる道木。
展開続けていた光槍が高速で再生成されるが、目掛け落ちるナタの方が尚早い。
刃が、直撃する。
「―――ガッッ!!?」
吹き飛ばされる道木修。その威力はこれまで彼が受けたどんな攻撃よりも重い。
そのまま背を気にぶつけ、樹木がお椀の様に凹む。
すぐに体勢を整えるべくめり込んだ木々から脱出するが…そこに覆面の男は居ない。
疑問が沸き上がる。が、すぐに答えは訪れた。
「頑丈だなぁオイッ!」
「―――ッ!?」
死角からの攻撃。横薙ぎに振られたナタは既に彼の腹部直前。
回避は間に合わない。
二度目の直撃。先程と同じ様に、甲高い金属音の様な音が響いた。
「………どういう理屈だ?俺のナタを二度腹に受けた。なのに、立ってる」
二度。一度目ならば偶然もあり得ようが、二度は無い。
少なくとも覆面の男のナタはそれだけの威力を有しており、二度の直撃を受けて軽傷は有り得ない。
「手応えがあった…なのに切れてない。何をした?」
「お前に…答える…訳、無いだろッ!」
故に何かがある。
これは異能力者同士の戦い。
真の手札は仲間にすら明かさない。
(…分からない。透明化?いや、透明化は実体迄は消せない。それだと距離の説明がつかない)
鈍痛が腹に発生している中、道木は思考を加速していた。
透明化の異能力者は彼の友人にも一人居る。彼女の場合はあくまでも姿を隠すだけで実体はそこにある。当然だ、透明化とは肉体を透明にしているという能力なのだから。
そうなると距離の説明が出来ない。一撃目を受けた際、道木と覆面の男との間には距離があった。
確かに異能力者の強化された身体能力であれば、然程大きな影響はない程度の距離。だがそこに距離がある以上、必ず時間的なラグが産まれる筈だ。
透明化の異能ならば、実体があるのならば、これは説明できない。
だが同時に道木は知っている。二年と少し、彼も荒日学園で学んで来た事だ。
異能力は基本的に何でもあり、それが彼が学生の中で学んだ法則の内の一つ。
人の数だけ異能力は存在し、故に想像の数だけ異能の可能性は増える。
(第一、何故透明化を解いて攻撃した?透明化なら、透明のまま俺にナタを当てれば良かった筈だ。そうしない理由…そうできない理由がアイツにあった)
仮に透明のまま姿を隠したまま覆面の男が道木に同じ攻撃をしていれば、間違いなく初撃で道木は重傷を負っていただろう。奥の手も間に合わなかった筈だ。
いくら異能力者でも人間の肉体だ。金属の刃を腹部で受ければ流血もする。それが同じ異能力者の膂力で振るわれたのであれば尚更だ。
だが男はそうしなかった。そうできなかった。
(幽霊の様になる異能…?違うな、これだとまだ距離の説明が出来ない)
道木が腹を擦り、確認する。
(耐えられるのは良くて二撃。…それまでに攻撃の手段を暴く!)
異能領域の賦活。光槍の再形成。
道木の戦闘が始まった。
■◇■
『桜海さん。詳細は分からない。だけど今、何かが確実に起こってる』
『悪いけど時間が無い。俺達はもう行く』
『君はまだ体調が万全じゃない。それに何が起こっているのか、確認できた訳じゃ無い』
『だからこそ、君は此処で待っていて欲しい。休んでいて欲しい』
『最悪の場合………君に負担をかけてしまうだろうから』
桜海は陣地の椅子に座りながら、道木の言葉を反芻していた。
最悪の場合。それは、その何かによって誰も帰って来られなくなる場合。
故にこそ、最大の戦力である桜海ソラを温存しておくというのは分かる理屈だ。
「…………」
誰も居ない陣地に一人、彼女は静かに。
(既に本調子の八割程は回復している。…後の事を考えると…道木さんの言う通りにしていた方が賢明なのでしょうね)
昨日酷使した肉体。肉体自体のダメージは未だ癒えてはいないにしても、失ったエネルギーは殆ど回復している。
彼女の異能の大部分はエネルギーの放出であり、彼女にとってのエネルギーは銃における残弾数に等しい。
故に、戦える。
だが………
(既に活性化が進んでいる…次アレを使えば………もう)
まだ彼女には誰にも言えていない事がある。
誰も彼女を責められはしない。たった一週間かそこらの付き合いで、たった少しの間の付き合いなのだから。
(私の、我儘ですよね)
自分を納得させるべく、彼女は心の中で声を紡ぐ。
―――そうだ、そうなのだ。
―――例え一時、頼られたとしても。
―――結局、私は………
そこまで彼女が思考した、その時。
「――――――ッ!!??」
彼女の感知に、それが引っかかった。
(莫大な…エネルギー量。にも関わらず限りなく漏出を抑えている…!?どうして今まで気が付かなかった!?)
彼女の感知能力は朱音のそれとは性質が異なる。
朱音の異能は音波探知に近しい性質だが、彼女の感知能力はもっと原始的なそれと表現する方が正しい。
言わば、危機察知能力。
彼女自身の特性に由来する、彼女の能力。
(どうする?道木さん達が向かった方角では無い…つまりこの反応は別口という事…。Aチームの陣地とも異なる………これは、何の反応?)
道木があれ程焦っていたのだ。宗谷のチーム、Aチームも似たような状況である事は想像に難くない。
寧ろ現在は二人とも何者かと交戦中と考えた方が無難だ。
(………)
彼女はこの一週間で冷静にクラスメイトの戦闘能力を測っていた。その結果は既に判明している。
恐らくこのクラスでは彼女、道木、宗谷がスリートップ。中でも火力に関しては彼女がダントツだ。
決断。それは天秤にかける行為だ。
(こんな時、兄さんなら、お父さんなら……)
思い出すのは家族の顔。
そして、彼女は俯いていた顔を上げ駆け出した。
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