Day8 大乱闘化
■◇■
特別任務達成から一時間弱。
既に連絡網を通してBチーム全員に特別任務達成の報告が伝わった頃。
興奮冷めやらぬBチーム陣地、周辺。
数名のBチームメンバーが会話しつつ周囲を監視している最中だった。
「おい………アレ………!!」
「何で、こんな直前にアイツが来てんだよ!?」
「ど、どうする?」
周囲を警戒していた内の一人が、遠く離れたある場所を指さす。
そこに居た人物を見て、同じく警戒に当たっていた者達が動揺する。
それも当然だ。まだ特別任務の達成から一時間弱しか経過していない。そもそも、彼等が聞いていた結果の情報からすればその人物が此処に居る訳が無いのだ。
だが目の前にある情報は、確かにそれを証明していた。故に、動揺もする。
仮にもクラスメイトだ。見間違える筈も無く、そして異能の効果が及ぶには遠すぎる。
やがて、その人物は歩みを止める。
そして叫ぶ。
「―――話がある。道木を呼んでくれ!」
彼の名前は宗谷智晴。
つい昨日、桜海ソラと戦闘を行ったばかりのAチームリーダー。
「………俺達でやるか?」
「報告が先だろ!」
「そもそも宗谷が一人で来る訳無い。これは罠だ」
「だけど、姿は見えないし………」
迷う三名。それも当然だ。
普通の戦場で出くわせば、まず戦闘行動に入っていた。その為の三人行動だ。
だが、此処は陣地の目の前。此処を通せば、すぐ後ろにあるのは彼等の心臓部。
桜海ソラはまだ本調子では無く、道木は宗谷とかなり相性が悪い。そうでなくとも残りの面子は非戦闘員であり宗谷との勝敗は火を見るよりも明らかだ。
そうなれば、すぐに脱獄させられてしまうだろう。折角逮捕者の人数で勝ったにも関わらず、だ。
主力である桜海ソラや道木修、朱音万智も逮捕されてしまいBチームは詰む。
それだけの一手。
Aチームも心臓である宗谷をたった一人で敵陣に送り出す筈も無い。
だが本当に、一人なら。これは絶好の機会だ。
だからこそ、判断に迷う。
罠なのか、真実なのか。
そうして彼等が取った選択は―――。
「………道木を呼ぶ」
「………了解」
◇
Bチーム陣地前。
「まさか、本当に来てくれるとはな」
「お前が話があるって言ったんじゃねえか」
「ああ、だが………お前も僕もリーダーだ。罠だとは考えなかったのか?」
宗谷の場所は呼びかけた場所から変わらず、道木が朱音ともう一人を連れてやって来た形だった。
この場に居るのはAチーム一名、Bチームが六名。数で言えば、Bチームが圧倒している。
「考えたよ、勿論。つーか桜海さんにも止められた、罠だってな」
「………でも来てくれた」
「しょうがないだろ。罠だとしても、結局こいつらじゃ厳しいだろうからな」
それに………と道木は続けた。
「お前は、こんなやり方で状況をひっくり返そうとする奴じゃない」
「僕だって卑怯な手は使うぞ?」
「分かる。今は敵だが、友達だからな」
結局、道木も朱音もそれが最大の理由だった。
彼等はもう長く宗谷と共に学び鍛えた仲間であり友達。桜海ソラとの違いは、そこだった。
宗谷智治は誠実な人間であり、慎重な人間だ。
それは彼の異能力にも表れている。もし彼がもっとずる賢い性格ならば、〈理知減測〉はその様な異能として彼に発現していた筈だろう。
「すまん」
「良いよ、特別だ。………で、話ってのは?」
「ああ。話の前に一つ確認させてくれ」
宗谷が頭を上げると、そのまま話を始めた。
「Aチームに、伊里堂が居るのは知っているな?」
「ああ晃司か。それがどうした?」
「………伊里堂が昨晩消えた」
「なっ………!」
伊里堂晃司。それが昨晩行方を眩ませた生徒の名前だった。
彼もまたクラスメイトの一人、当然道木達も彼の事は知っている。多少不真面目な部分はあるが、それでも急に団体訓練から姿を消す様な人間ではない。
「その反応では、お前等に逮捕された訳では無いんだな」
寧ろ、その方が良かったと言わんばかりに宗谷は顔を歪ませる。
「どういう意味だ、それは」
「言葉の通りだ。昨晩伊里堂は急に消えたんだ。トイレに行くと言ったっきり、」
「晃司の姿は誰も見てないのか?」
「だから消えた、と表現したんだ。一緒に居た奴は、何も気付かなかったと言ってる。だからもしかしたら………と確認したかったんだが………」
そもそも宗谷も彼がBチームに逮捕されたとは考えていなかった。一縷の望み、という奴だったのだろう。だがやはりBチームでも伊里堂の行方を知っている者は居なかった。
「そこで、確認したい。そっちでも誰か、何でも良いんだ、おかしな事や違和感は無かったか?」
「………そんな、俺達の方では特に………」
その時、今まで沈黙を保っていた朱音が発言する。
「あのぅ、わ、私少し気になってたんですけど………」
「何でもいい。教えて欲しい」
「は、はい」
そうして道木の後方で待機していた朱音は道木と宗谷の傍までやって来る。
「気になっていた事があるんです。昨日私達が旗鍵をすり替えた事は知っていますよね?」
「………らしいな。起きてから聞いたよ」
「その後、包囲してこっちが二人逮捕したのも聞いていますか?」
「ああ。してやられたな」
宗谷は桜海ソラの戦闘の後、その疲労からか暫く意識を失っていた。故に様々な出来事を事後報告で聞いている。司令としての役割に徹した道木と、桜海ソラを抑える為に動かざるを得なかった宗谷との差が此処に産まれた形だ。
そんな宗谷の言葉に朱音は顔を曇らせる。
「その時、一人本来のタイミングよりも早く、そっちに回り込んで行った人が居たんです」
「そうなのか」
「………そしてその人はその後作戦に参加しませんでした」
そうして、普段の気の弱そうな表情から一転。何かを決意した様に、嫌な予感を払拭しようとするかの様に、朱音はその言葉を繰り出した。
すぅ、と息を吸い、そして。
「単刀直入に聞きます。居なくなったのは蘇芳君です。彼は、そちらで逮捕されていますか?」
「―――おい、まさか、朱音!」
一瞬の、本の一瞬の時間。或いはそこに時間なんて無かったのかもしれない。
だが回答を待ちわびるその時間が、その場に居た全員にとって、引き伸ばされように実在していた。
そして、宗谷が口を開く。
「いや、居ない。僕達の方で蘇芳は逮捕していない」
「―――!!」
それは、考えられる限り朱音が一番求めていなかった言葉だった。先程の宗谷が『逮捕されている』という言葉を望んだ様に。今度は朱音も望んだのだ。
だが、違った。そうして望まれぬ共通点が生まれてしまった。
「それは本当なのか!?お前が聞いていない訳じゃ無いんだろうな!?」
「僕は起きた後、全ての報告を聞いた。その中の一つに、朱音がさっき言った作戦の結果も含まれていた。そもそも………逮捕する、というのは此方に有利な結果だ。僕に黙っている理由が無い」
「………やっぱり、ですか」
「何か、気づいていたのか」
宗谷が問う。朱音の顔には、明らかな焦りが存在していた。
「………昨日、私の異能〈音叉感応〉が使えない時間があったんです」
本来なら、自身の不調を敵である宗谷に報告するのは悪手だ。だが、それでも話した。
道木もまた彼女の発言を止めようとはしなかった。必要だと感じたからだ。
「私の異能は、異能の性質上異能エネルギーを探知する事は知っていますよね?」
「ああ。何度も見ているからな」
「………昨日不調になる直前、伊里堂君の反応が消えたんです。私はそれを、逮捕されて何かの理由で気を失ったからだと考えていました。気を失うとエネルギーの外部への発散は極めて少なくなりますから」
異能領域は異能力者の体内に常に展開されている。しかし体外に漏れ出る異能エネルギーは意識下と無意識下では明確な差が存在するのだ。
異能は精神の在り方。故に意識下と無意識下で明確に差が存在するのは当然と言えよう。
「ですが、違和感もあったんです。まるで何か別のものが覆い被さったみたいな………そんな消え方。今振り返って考えてみると、まるでそれをきっかけにして異能が使い難くなったみたいなそんなタイミング………」
〈音叉感応〉が探知するのは異能領域とそこから発されるエネルギーの大小、そして波長だ。朱音はそうして異能によって感じ取った特徴を記憶する事で、ある程度の個体識別も行える。
だが弱点として、距離が離れる程に精度は落ち、そして微弱な異能領域の反応までは拾えない点だ。
今回の消え方はどちらかと言えば、意識を失ったが故の消失では無く、何か別のものが邪魔したが故に反応が微弱化した雰囲気に近いと朱音は言っているのだ。
そしてそれは、余りにも良すぎるタイミングで起こっている。
「間違いない。今この戦場には何かが起こっている。僕達が、或いは先生方すらも預かり知らない何かが」
「………みたいだな。クソ、自分が不甲斐ないぜ。お前に言われるまで何も気づいて居なかった自分が………!」
「で、ですがどうするんですか?団体訓練中は外部と連絡が取れません。通信機はチーム内だけでしか使えないですし………」
団体訓練中は外部との交信が遮断されている。これはルールブックにも記載されている内容だ。
そして異能で外部との連絡を取ろうにも、テレパシーの異能力者は圧倒的に絶対数が少なく、道木達のクラスには存在していない。
陸の孤島、という言葉程では無いにしても彼等は外部から断絶された状態にあった。
「先生達も気が付いていないという事は、その何かは巧妙に姿を隠しているって事だ」
「成程、だから伊里堂と蘇芳は狙われたんだな」
「ど、どういう事でしょうか………」
何かを納得する道木と宗谷。司令の立場にあるだけあり、彼等の推測能力は高い。
「先生方も広大な敷地の全てを見れる訳じゃ無い。杠先生は確かに優秀な人だが、それでも全てを同時にとなると不可能だろう。だからこの訓練は監視カメラ等も用いて状況を観察している筈だ」
「そうすると、当然穴もある。例えばプライバシーに関わるトイレとか、主戦場から離れた場所なんかは監視の穴になるだろうって事だろ」
「だから、あの二人は丁度良かった………いや、そこに潜んでいた?」
朱音も馬鹿ではない。寧ろ優秀だ。今も二人の説明で全てを理解し推理する。
「そこまでは分からない。だが怪異では無いとすると可能性は………」
「人、だな」
「自然そうなる」
だが、人であったとしても謎が残るのは事実だった。
団体訓練の訓練場は外部から遮断されている。それは物理的な意味でも、ある種異能的な意味でもだ。
複数の監視の目をかいくぐり、そして内部において暗躍する何か。
仮定でしかない。だが、今起こっている事がそれらを裏付けていく。
「提案がある」
宗谷が言う。
「原因が判明する迄、或いは安全が確保される迄、一時休戦としないか?幸い今日は二日目の朝だ。団体訓練の最終期限迄は二日程残されている。それに、現状はどちらのチームにとっても危険だ。せめて何かの対策を練った方が良い」
「同意だな。既に二人も行方不明者がでてる。これ以上被害を広げない為にも、一端団体訓練の事は忘れるべきだ」
Aチームのリーダーである宗谷とBチームのリーダーである道木。恐らく宗谷は最初からこうなる事を想定してこの場所に臨んだのだろう。でなければいくらリーダーといえど、休戦の判断を単独で下せる筈が無い。
そして、二人が同意し手を取る―――その、時だった。
ジリリリリリリリ!!
「っ―――!」
頭領役が持つ全体通信可能の通信機が鳴り響く。
発信元は、Bチーム陣地。
「………何だ?」
通信機を受け取り、道木が応答する。
だが通信機の奥から聞こえてくるのは、息を切らした怒号にも似た声。
『ほ、報告!!て、敵だ!Aチームじゃない!………何かが!!』
「―――!落ち着け!何が起こっているんだ!?」
『襲撃を受けた………!数は、分からない!でもやられた………!今逃げて―――!』
ブツンッ。通信機の奥で何かが倒れる音と共に、通信が途切れる。
冷汗が、その場に居る者達の額に伝う。
「い、今の通信は………!?」
「分からない………だが………」
そこでジリリリリリリリッ!と、再び通信機が鳴る。
道木が急いで通信機を取ると―――
『た、助けて下さい!!』
「葉宮!?何が起こっているんだ!?」
『今見えたんです!!あれは………!』
「あれ………!?」
そうして、
『………テロリストだ!!』
最後の二日目が、始まる。
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