Day8 嵐日前夜
今週忙し過ぎて中々書く時間が取れず……おそくなりました。
■◇■
結論から言えば、団体訓練が穏便に進むという事は無かった。
この場合の穏便に、というのは順調に事が運ぶという意味であり。つまる所、団体訓練が正常に行われたのは一日目だけであった。
時は、桜海ソラと宗谷智晴の衝突より二時間後まで遡る。
■◇■
宗谷が正に怒涛の勢いで去って行き、場には桜海さんだけが残されていた。
よし、そろそろ出ても良いかな。
「……あのー」
「……!?誰ですかッ?」
「僕だよ僕!だからその物騒なのしまってくれって!暴発でもしたらたまったもんじゃないから!」
拳にエネルギーを集中させる桜海さん。
気配を隠していたからか、いきなり声をかけたので警戒されてしまったようだ。
「なんだ……貴方でしたか。すみません、気配を全く感じなかったので。……まさか、ずっとそちらに隠れていたのですか?」
「情けないけど……いやいやしょうがないだろ。出て行った所で足を引っ張るだけになるのは目に見えてるしさ、それならもう隠れてた方がましかなって……怒ってる?」
「……はぁ……別に怒っていませんよ。ただ……少し疲れただけです」
「そりゃああれだけエネルギーを消費していたらそうなるよね」
宗谷の異能は単に異能が発動しなくなるのではなく、きっちりエネルギーを消費した上で発動しなくなる異能力。さっきの戦闘もかなりのエネルギーを消費していた筈だ。
「そうですね……ですが、ここで悠長にしている事も出来ません。作戦……あ、もしかして貴方が旗を持って来てくれたという事でしょうか?」
「察しが良いね、そういう事」
僕はごそごそと懐からそれを取り出す。
それは本物の旗鍵。正真正銘、すり替える前に設置されていた本物だ。
「旗……ですか?これが?」
「だよね、僕もそう思う」
旗鍵、と言ってもその形は全く旗ではない。
いや、見方によっては旗の様に見えなくもないっちゃないんだけれど、少なくとも既存の旗らしい旗の形状はしていない。
だってそれは明らかに機械だった。しかも鍵型の細長い金属の円柱の様な機械。見方によっては、と表現したのはこれが旗の軸になる部分に見えるからだ。
「一応見つけた時は布みたいなのが巻かれたたんだけど、持ち運ぶのに不便だから剥がした。本当に巻き付けてあっただけみたいだっし」
なので遠目から見ると普通に旗に見えたのだけれど、近づいてみるとあら不思議、旗っぽい何かが設置されていたのだから最初は疑った。
「旗を既に確保していたのでしたら計画を変更して陣地に戻っても良かったのでは?」
「これ、認証制になっているみたいでさ。誰が使っても良い訳じゃ無いみたいなんだよ。かと言って他のメンバー達は偽物を持って行ったAチームを包囲する為に動いてたし、それに万が一の時は桜海さんに知らせる役目が必要だったし」
まぁこれも本来の作戦通りには進んでいないのだけれど。桜海さんが参加する筈だった作戦の方に軌道を戻すなり情報共有をするなりする役目が必要だったから仕方がない話だ。
「旗を私まで運ぶ役割の貴方が完全に余っていたという事ですね……すみません、苦戦してしまいました」
「急遽考えた作戦だからね、道木だって穴があって当然だよ。寧ろ向こうも包囲作戦で来るなんて思って無かったから」
まさかこんな序盤からたった一人相手にあれだけの戦力を投入するとは思うまい。
「向こうは大人数だったし、桜海さんは悪くないでしょ。というかなんで撃退出来たのか……」
「それでも勝てた戦いだったと思います。……次は油断しません」
あの人数差で勝てた戦いだったって、どんだけ自信があるんだよ……。
実際それだけの実力を持ち合わせているのだから、当然の事なのかもしれないけど。
「……ま、何はともあれここから離れようか。どうやら桜海さんも付かれているみたいだし」
「そう、ですね。……あの、少しだけ肩を貸して頂いてもよろしいでしょうか……?」
「良いよ、ほら」
「ふぅ……ありがとう、ございます」
僕は桜海さんの腕を首に回し、肩を貸す。
……本当に疲弊しているみたいだ。
歩けない程では無いらしいけれど、普段の歩く姿とは似ても似つかない位にふらついている。
彼女は強い。強い人だ。それは初めて会った時よりも、今の方が理解出来ている。
ただ天使の様に美しいだけではない、天使の如く優しい。
だから責任感が人一倍高い。
だから、僕達は会って一週間程度の彼女の実力を頼りにし過ぎてしまった。
「……ごめん」
「何が、ですか?」
「僕も一緒に戦うべきだった。……見ているだけじゃなくて」
「ですが、それは仕方のない事です。宗谷さんと放出系の異能は相性が悪いですから」
そうだ、その通り。だけれど、一人で戦っていた彼女の姿をこうして見せられて傍観だけで済む筈も無い。少なくとも僕は、そう感じたんだ。
「じゃあ約束しておくよ。もし桜海さんが次にピンチになった時……僕が代わりに戦う」
「……ふふ……では、期待しておきます」
「あ、冗談とかじゃないからね!?僕だってやれば出来るから!」
異能力は相性による差が非常に大きい。
宗谷にだって相性が最悪の異能力者が居る様に、桜海さんにも相性が最悪の異能力者が居るだろう。
そういう時に、僕が戦う。……事だって出来る。
「……じゃあ、期待しておきます……」
「……桜海さん?……寝ちゃったのか」
半分立った状態で眠ってしまうなんて相当体力を消耗したんだろう。
すぅすぅと寝息をたてながら、力が入らなくなった身体がだらんと垂れようとする。
「おっとと……うーん、困ったなぁ」
これは肩を組んで歩いてもらうとか、そういうのはもう不可能だ。
うーむ……と、僕は周囲を意味も無く見渡し……。
「よいしょっと」
内心で言い訳をしながら、桜海さんの背負う。
下心とかありません、しょうがなかったんです。うんこれで良い訳は完璧だね。
不思議と妹の視線を感じた気がするけど気のせい気のせい、と考えて。
傍で聞こえる吐息の音を聞きながら、僕は陣地へと足を進めた。
■◇■
そうして僕は眠る桜海さんを背中に陣地へ戻った。
当然何事かと道木に心配され、朱音さんは「ぇぇぇぇぇぇええけ寝顔ぉぉおおお!!??」と叫びながら倒れた。
彼女も限界だったんだね……。
「で、旗は?」
「あぁここにあるけど、仕様がちょっと複雑でな」
「仕様?普通に鍵じゃなくてか?」
倒れた朱音さんを適当に寝かせ、道木と話す。
日はそろそろ沈みかけているけれど、陣地に入れる人数制限が緩和されることは無い。なので眠る桜海さんを陣地に入れる為に一人交代してもらった。
あれ、ていうかこれ野宿確定だね?
「……成程、登録した人間しか使えないって事か」
「多分特殊任務が終わってないのもこれが原因だと思う」
「アナウンスがあるなら、そういう事だな」
始まりはあった。けれど終わりも同様に何らかの報せがあるかは分からない。無い可能性も十分にある。
ただ一つ言える事は、僕達が本物の旗鍵を入手している以上Aチーム側に本物の旗は無いという事だ。
「どうせ脱獄作戦の時には桜海さんの力が必要になる。なら安全なのは桜海さんに登録してもらう事だな」
「再確認ありがとう」
「どういたしまして」
桜海さんが眠っている以上、それをするのは起きてからになりそうだけどね。
異能者が体力を消耗し気を失った時、いつ起きるかはまちまちといった所だろう。回復するまで眠り続ける訳なので、少しかもしれないし、下手すれば一日以上かもしれない。
「ここまで彼女が疲弊するなんてな……何があったんだ?」
「僕は戦ってないよ」
「知ってるよ!聞きたいのはどんな状況だったのかって事だ」
なるほどね。
「簡潔に言うと完全に桜海さん狙いの包囲陣が作られてた。まぁ一人で捌いてたけど。後ガッチガチで宗谷も出張ってきてた。まぁ何かしてたけど」
「嘘だろ……何で何とかできるんだよ……」
「それな、何で何とかできるんだろう?」
最早人間がどうかを疑う肉体のスペック。
エネルギー量から見ても、学生異能者という幅を大きく超えている。
正直……恐ろしくなる程に、強すぎる。
「あ、そういえば聞いておきた事があったんだった」
「……まぁ、大体分かるよ。朱音の異能の話だろ?」
「やっぱり察しが良い奴は話が早くて良いね」
頭が良い奴ってこういう所で好かれるんだろうな。
そういう意味では玉記もそっちのタイプかも。言いたい事を先に察知して行動しているタイプ。
「桜海さんが拙い状況にあった事位朱音さんの異能があれば分かっただろ。探知に時間はかかるかもしれないけど、誰も来ないってのは流石に遅い。何かあったんだよね?」
「……これはまだ朱音と、俺しか知らない。朱音自身も連続使用による負担だって言ってる」
「つまり?」
「効果が無かった、というか音が返って来なかったんだそうだ。理由は不明だが……」
そう言って道木はぶっ倒れている朱音さんの方を向いた。
道木は朱音さんの護衛という役割もこなしている。なので道木が陣地を離れる時は、本当の本当に必要になった時だ。
今回も道木がこっちに来れなかったのは、桜海さんを信じての事なんだろう。
「もしかすると宗谷の異能領域の影響かもしれない。今は分からないけど、桜海さんと戦闘中の宗谷はかなり広範囲まで〈理知減測〉を広げていたらしい。反応が返って来なかったっていうのも宗谷の異能領域に上書きされたからとか」
「その可能性も十分ある。幾ら連続使用で負担がかかるって言っても反応なしっていうのは変だ」
上手く感じ取れなかった、ではなく感じられなかった。
これは確かに妙な話だ。普通連続使用によって体調に支障が生まれていたのなら、前者になるだろう。
「ま、逆に言えば普通に調子が悪かったっていう可能性もあるんだろ?」
「まぁな。だが、心配しておくに越した事は無い筈だ。一応頭の片隅にでも置いておいて欲しい」
「了解リーダー」
結局、この後は大した事も起きずに日も暮れていった。
桜海さんが目覚めなかった為に行動が遅れたというのもあるが、変に動く事で鍵に関するアナウンスを流さない様にする為でもあった。
万が一鍵に関するアナウンスがあったとしたら、向こうに余計な情報を渡す事に繋がる。
杞憂かもしれないが、どうせ一日目は慣れない訓練でチームメンバー全員が疲弊しているからと道木もそれぞれに休息を取る様に指示を出していた。
そして、日も沈み、団体訓練の初日は静かに終わっていった。
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「なぁ、宗谷が今陣地で倒れてるって話聞いたか?」
「らしいねー。桜海さんってやっぱり強すぎなんだよーバランス崩壊じゃん」
「でもよぉ、宗谷が結局一人で桜海の相手してたんだろ?なら今度は宗谷に任せちまえば良いじゃん?」
「馬鹿だねーあんた。宗谷くんがあんな状態になるまで戦ったんだよー?一対一ってのがやっぱ無謀なんだよー、レイドボスだよレイドボス」
三人組の男女が話している。
彼等はAチームのメンバーであり、現在は陣地周辺を見回りしている所であった。
「ってさむ……まだ夜は冷えるな……お、仮設トイレってこの辺だったよな?俺ちょっと行って来ていいか?」
「えー……早く帰って来てよね?」
「悪い悪い。じゃぱっぱと行ってくるわ!」
一人の男子生徒が二人から離れて仮設トイレへと向かう。
団体訓練中における食事は陣地内に存在するが、それ以外は陣地外で済まさなければならない。
睡眠は必然野宿になるが、排泄行為はその辺で済ます訳にもいかない。
よってフィールドにはどちらのチームでも使用できる仮設トイレが設置されており、催した際にはいつでも使用できるようになっている。
当然仮設トイレを使用するにはリスクが伴うが、その辺の裁量は生徒個人個人に任されているという感じだ。学園側も一々干渉するというのもおかしな話であると感じているのだろう。
「ふぃ~」
男子生徒が用を足し終え、仮設トイレの扉を開ける。
その瞬間、涼やかな風が吹き彼の服の隙間に入り込んだ。
「……ん?」
そして、それが彼の意識が感じた最後の感覚であった。
■◇■
「な、何で……!?」




