Day8 圧縮減算(加筆2023/10/12)
■◇■
異能領域。
それは一般に異能者が自らの内から外に向けて展開する、特殊な力場の事を指す言葉。
異能者は自らの異能領域内において異能力を発現させ、現実に干渉する。つまる所異能領域とは異能力を発現させられる範囲、或いは距離の様な概念と捉えても良いだろう。
どの様な異能力者であれ、異能力を発現させるには異能領域の展開が不可欠。
故に宗谷智晴もまた、現在フィールドに自身の異能領域を展開している。
異能領域の特性は異能力者個人個人によって異なるが、宗谷智晴で言えば対象人数は無制限、対して射程距離は三十メートルから四十メートルが限界だ。
しかしこれ等の効果は異能領域拡大による効果減少を鑑みた数値である。
〈理知減測〉に直接の形は存在しない。『法則』を生み出すtypeルール故に当然と言えば当然なのだが、これは同時に異能領域内でしか〈理知減測〉は存在しえないという事でもある。
故に〈理知減測〉は異能領域拡大による効果の減少を他の異能力に比べ、よりダイレクトに受けてしまう。極端に言えば異能領域を広げる程に効果が落ちていくのだ。
だからこそ宗谷智晴は自身の限界射程距離を約三十メートルとしている。四十メートルまで延ばせば、発揮できる効果は半分よりも下回るからだ。それ以上では効果すら発揮できないだろう。
宗谷智晴は自身の異能力について理解している。
直接の戦闘能力は無い。そもそも効果的で無い異能もある。〈理知減測〉が効き始めるには、ある程度段階を踏まなければならない。
総じて簡単な異能ではない。単純に先手を取れば勝てるという事でも無く、相手の異能を封じたとしてもその時に勝てるかどうかは分からない。
だからこそ、宗谷智晴は自身の異能力を誰よりも理解している。
〈理知減測〉は宗谷自身のパーソナリティから生まれた異能力であるが故に。
近接戦闘を想定し格闘術を学び、異能領域内の感知能力を磨いた。相手の力量を測り、回避する術を学んだ。異能エネルギーを身体に纏わせ、身体能力強化する技術を伸ばした。
射程距離を効果を保ったまま延ばせるように訓練をした。そうして生まれたのが三十メートルという数値。学園での生活の中で少しずつ伸ばして来た数値だ。
今では三十メートルという距離ならば、異能領域を広げても普段通りの出力を保る事が出来る。今回の訓練においては開幕時点から自身の異能領域を限界まで広げる事で赤座護の戦闘を支援したりもした。
三十メートル。これが〈理知減測〉の出力を保てるギリギリの距離。
では、異能領域を縮小すれば?
拡大では無く、縮小。
異能領域を広げ射程距離を延ばすのでは無く、逆に異能領域を縮小し効果範囲を絞る。
ただ異能領域を縮小するのでは普段と変わらない。異能領域とは異能力者自身の内から外へ向けられるものであり、ただ小さく異能領域を展開するのでは意味が無い。
つまり拡大していた異能領域を、圧縮する。
戦闘開始時点からゆっくりと圧縮された異能領域は宗谷自身を中心としてほんの半径数メートルの広さしかない。普通に宗谷が異能領域を展開するのなら、数秒で展開出来る広さ。
だが異能領域が持つエネルギーは普段の何倍にも満ちている。
〈理知減測〉の異能はあくまでも対象が消費したエネルギーを参考し減算する。その減算する値は消費エネルギーに準拠し、消費した値以上に減算する事は無い。
これらは圧縮した所で変化しない。
だが圧縮された現在、普段の何倍ものエネルギーが満たされている現在、〈理知減測〉自体の出力と強度は確かに上昇し……既に桜海ソラの抵抗力を貫通していた。
「……やっと、効果が出て来たようだ」
圧縮という作業は、異能領域を広げるという作業よりも集中力を有する。
だが解除してから出力を上げる方法は取れなかった。そうすれば桜海ソラにかかっている減算すらも一度解除してしまう事になるからだ。
解除すれば〈天撃〉による遠距離からの高火力攻撃が再開される。そうなれば授業の時と同じく、即効性に欠ける宗谷では時間稼ぎにすらならない。寧ろ逮捕されて足を引っ張りかねない。
「これでもうその馬鹿みたいな強化は持続しない。……それでも十分過ぎる強化だろうけどな」
「無理矢理異能領域の強度を上げたんですね。ですがそれは」
「ああ。……だが重要なのは今この時、時間稼ぎをする事だ」
「………」
当然異能エネルギーは無限に存在しない。
エネルギーが底を突けば当然、異能力者は異能を使えない。異能エネルギーは現実に干渉する異能の根源を成すエネルギー。異能力者にとっては生命線だ。
そして宗谷も、桜海ソラも気が付いている。
この圧縮は普段以上に集中力を要し、体力の消耗も激しい。流石に数分で倒れるという事は無いだろうが、長く続けられるものでは無い。
(〈理知減測〉の効果が上昇し、結果的に減算値が上昇した。いえ、本来の値に戻った……というべきでしょうね。一回目の攻撃が参照されているのなら、今の出力の低下も頷けます)
桜海ソラの思考は既に天秤にかけていた。
即ち、戦闘の継続か撤退かである。
言わずもがな、戦闘を継続すればいずれ勝利するのは桜海ソラの方だ。
異能領域の圧縮という策により時間稼ぎには成功しているにしても、体力の消耗は明らかに宗谷の方が早い。いずれは桜海ソラの方が勝利する。
(ですが、継戦してもその後が問題……確実に限界が訪れる。そうなれば増援に私が逮捕される。それは避けないといけない。……難しいですね、向こうでは考えなかった事ばかりです)
元々は桜海ソラが無しで存在していたBチーム。自身が例え逮捕されても道木修や朱音万智といった実力者も居る。すぐに機能不全に陥る事は無いだろう。
自身が限界まで戦闘を継続したとして、その時宗谷の逮捕は為されている。既に逮捕している四人と合わせて結果的に五人が逮捕される形にはなる。
(此方が四人、向こうが五人。……あぁ、濡木さんはまだでした。なら最低四人同士。殆ど互角ですね、本当ならもう少し数で有利を得ておきたい所でしたが……そこは宗谷さんの対応が迅速だったという事ですね)
逮捕モジュールの仕様的に考えれば、直接肉体に攻撃をした三人は逮捕されているが濡木羽は違う。彼女は桜海ソラが戦闘中に倒したAチームメンバーの中で唯一エネルギーの放出によって倒した人間だ。
逮捕モジュールは手に装着されており、敵対チームメンバーの肉体に直接触れ異能エネルギーを通す事で対象を逮捕出来る仕様。濡木羽にはまだ触れていない為、当然逮捕も出来ていない。
(誘導が成功しているのなら、道木さん達が此方に合流してもおかしくない頃合いではありますが……)
包囲から現在までの時間経過を考えれば、そろそろ道木修が合流してもおかしくない頃合いである。
桜海ソラは旗を受け取り自陣まで持ち帰る。
その他のBチームメンバー達の役割は誘導したAチームメンバーを合流した桜海ソラと共に、丁度今桜海ソラが受けている様に多数で制圧する事だった。
だが桜海ソラは逆に包囲を受け、誘導した方面に動けていない。
(それも旗が無事確保出来ているのであれば、の話ですね)
実際には既に旗のすり替えは成功しているのだが、それを桜海ソラに知る術は無い。
しかも本物の旗を持つ人間がすぐ近くの茂みに隠れ潜んでいるのだが、それも今の桜海ソラにとっては知る由も無い事である。
「……さて、どうしましょうか」
「諦めて帰ってくれても良いんだけどな。それか、僕に逮捕されるか」
「そうですね。それも少し考えましたが……やはり無しにしました」
「……考えたのかよ」
桜海ソラもまた自身の特性について把握している。
どうしたら効率良く動けるのか、どうすればより出力を上昇させられるのか。
そして、どこまでが自身の限界なのか。
桜海ソラの見立てでは、〈理知減測〉によって大きく出力を落とした現在の状態でも恐らく宗谷を倒した直後かその少し後には限界が訪れる。
〈理知減測〉は減算する異能力。消費しているエネルギー自体は通常通りなのだから。
「ええ、ですがやっぱり道木さん達に悪いですし……それに……」
「それに、何だ?」
一呼吸分おいて、そして当然の様に。
「兄さんなら逃げるという選択肢は無いと思ったので」
にこりと頬を緩め、笑う。
天使の如き少女の微笑は、それだけで多くの人間を虜にする程の魔性を秘めていた。
「意外だ、兄妹が居たんだな」
「意外ですか?まぁ態々言いふらしても居ないので、知らないとは思いますが」
「イメージに合わないっていうのは失礼かもだけど……桜海さんが普通に兄と妹っていう関係で居る所が想像出来なくてね」
「イメージって……」
宗谷の中の、いや既にクラスの中での桜海ソラへのイメージは一週間の時が過ぎて固まりつつある。一週間も過ぎれば、否が応でも定まるというものだ。
彼等の中にある桜海ソラのイメージ。
例えば『転校生』に始まり『天使の如き少女』、『強力な異能力者』そして『変わり者』。
外見や行動、そして立場から抱かれたイメージ達。
宗谷に言わせれば、桜海ソラが所謂普通の人間と同じように兄という存在が居るというのはイメージと異なっていたという事である。
「私にも兄位居ますよ。……普通の、かどうかは分かりませんが」
「だけど良い兄さんなんだろ?誇りに思ってなきゃ、さっきの言葉は出ない。だろ?」
そして宗谷は手の中にある鉄棒を硬く握りしめる。
それが合図。
「もう……雑談はこれ位にしましょう」
「あぁ、だがお陰で良い時間だった。別に皮肉じゃない、お陰で君の事がよく知れた」
「なら続きをしましょうか。お互いの限界が訪れるまで」
「それも結構魅力的な提案だけどな。……お迎えがやっと来たって事さ」
その言葉を言い終えるが先か、宗谷がその場に突然しゃがみ込み……瞬間、宗谷の後方から突如として鉄骨が現れる。
「――――ッ」
勢いよく飛来する鉄骨は、そのまま宗谷の頭上を飛び越えて桜海ソラの元へ。真っすぐに、勢いを落とす事無く、重厚感のある音を幻聴させて飛来する。
咄嗟の出来事。宗谷と桜海ソラの間にあった距離は宗谷の異能領域圏内、即ちほんの数メートルしか離れていない。にもかかわらず、後方から突如飛来した鉄骨。
身体能力の向上に伴い、動体視力もまた向上しているとはいえ余りにも近距離からの強襲。
大きく上体を動かし、鉄骨を避ける桜海ソラ。しかしその時、これ迄一度も逸らさなかった視線を、宗谷の一挙手一投足を見逃さなかった視線を、逸らしてしまう。
それが切っ掛けであり、大いなる隙。
既にそこに宗谷智晴の姿は存在しない。
まるで透明人間にでもなったかの様に、その場から宗谷智晴だけが忽然と姿を眩ませていた。
「――最初から、時間切れ狙いじゃなかった、という事ですか」
宗谷の狙いは時間稼ぎだ。だがそれは仲間を逃がす為という意味以上に、自身を助ける増援が来るまでの時間稼ぎであった。
戦闘による決着しか見ていなかった桜海ソラ、対し宗谷智晴は最初から決着をつける気など無かった。
「リベンジマッチという言葉は意識を戦闘に向けさせる為……今の鉄骨は……成程、その為の準備時間だったのですね……これは、中々」
終わりだけを見れば、三人を逮捕する事に成功しAチームメンバーを撤退へと追い込んだ桜海ソラの完勝と言えるだろう。まず包囲された時点から生き残っているだけでも、彼女は称賛されるべきだ。
しかし、宗谷は桜海ソラと見ている部分が異なっていた。
それが悪い訳も無い。宗谷には宗谷の桜海ソラには桜海ソラの視点がある。
だが、だからこそ。
「……まぁ逮捕されなった事ですし、良しとしましょう」
こうして戦闘は終わる。
宗谷の異能領域が離れ、感覚が元に戻るのを感じ、チカラを解除した。
襲ってくる疲労感、暫くは動けないだろう。もう少し遅ければ、どうなっていたか。
「リベンジマッチは貴方の勝ちですね、宗谷さん」
恐らく彼が去って行ったであろう方向を見ながら呟いた。
■◇■




